お姉ちゃんばかり見すぎ

 旧フグラルブ王国領・王都廃墟郊外



「あのアホみたいに強大な浄化能力は……ウチの姉さまか。全くこらえ性の無い小娘ね」


 胸の前で腕を組み踏ん反り返る小柄のメイドは少女のような容姿をしている。

 それもそのはず、彼女はまだ未成年であり世間一般では『少女』なのだ。ただしそれは外見だけ。中身は長い年月を生きた魔女だ。


 この大陸において彼女の歴史は数百年前から存在する。

 現存する古い文献でも5百年前に二つ名が記されている。『刻印の魔女』と。


「少しは耳を塞ぐことを学べばいいのに……ああして全てに耳を傾けるからいつもいつも頭の処理が追い付かないのよ」


《どういうことですか?》


「貴女の姉さまは馬鹿じゃないって言ってるのよ」


 しいて言えばあり得ないほどのお人好しで不器用なのだ。だから進んで貧乏くじを引く。

 どこぞの魔女も不器用だが、それに輪をかけて不器用なのがあのドラゴンスレイヤーだ。


「お師匠様からお馬鹿な弟子に1つ助言しておいてあげる」


《なんですか?》


「もし貴女の姉さまとちゃんと会話がしたいなら、これから少し時間をおいてからすれば良いわよ」


《でもねえさまは》


「ええ。普通なら会話なんて成立しない。でも変でしょう? あの子は馬鹿じゃないのよ」


《……よくわかりません》


「そうね。ならこう考えなさい。いつも貴女の背後で音楽家が数えられないくらいに楽器を鳴らしている光景を」


《……きぜつしそうです》


「でしょうね。でもそれが貴女のお姉様の通常よ。日々の生活なの」


《いつものこと、ですか?》


「ええ。そうよ」


 クスリと笑い現存する最古の魔女は両手を広げた。

 満天の星空に向かい声高らかに宣言するかのように。


「だから彼女はいつも他人の会話など気にしない。気にしていられない。唯一意識を向けて聞こうとするのはあの猿の言葉ぐらいよ。それだって答えようと思っている間に暴力的な言葉に襲われ続けて良く分からなくなる。感受性の高すぎる『聖女』の力の弊害なのよ!」


《……ししょう》


「何かしら?」


《そのせいじょってししょうが》


「さ~て。ちょこっとロボを叩き起こして確認しましょう。そうしましょう」


 ブンブンと腕を回して小柄なメイドは蹲るロボに向かい足を進めた。

 心底呆れるような弟子のため息など全力で無視してだ。




 旧フグラルブ王国領・王都廃墟



 踊るだけ踊ってノイエが動きを止めた。

 観客は僕とリグだけだ。焚火に薪をくべながらずっと見ていた。ただ余りにも奇麗な物を見ていたせいか、こうロマンチックな空気が流れ……リグが僕に抱き着いて物凄く甘えている。

 これはこれでとても可愛い。


「アルグスタ様!」

「はい?」


 はて? 今僕を呼んだのはノイエさんでしょうか? 珍しく略称じゃないね。うん。


「お姉ちゃんばかりと一緒は寂しい。私もギュッてして欲しい」

「……」


 表情はいつも通りの無ではあるが、口調がとても流暢である。こんなノイエは間違いないっ!


「誰かノイエの振りをしているな!」


 この僕が外見だけで騙されると思ったのか? ふざけるな!


「ノイエがそんなに流暢に喋ったりしない!」

「流暢?」


 何故かノイエが首を傾げる。


「私はいつも通りです」

「いやいやノイエさん。君はもっとこう片言だからね。『アルグ様、ごはん』的な」

「はい。ご飯は食べたい」

「……」

「お腹が空いたからご飯が食べたい」

「ポーラが戻って来るまで待ちなさい。って一緒に出て行ったよね? どこに行ったの?」


 義姉の保護者であるポーラが居ません。要介護者を放置してどこに行った? 本格的に一度お説教が必要だな。問題は僕がどれほどポーラに対して厳しくなれるかだ。

 うん。無理だな。ちょっとでも涙を浮かべたら僕は負ける。


 そうなると誰がノイエの姉たちに頼むべきか?


 リグやファシーやセシリーンはダメだな。人を叱るタイプじゃない。

 レニーラやシュシュもダメだ。一緒にふざけるタイプだ。

 カミーラは……最終手段だな。再起不能にされるかもしれない。

 ホリーは候補として残しておこう。問題は暴走した場合のみだ。

 そうなるとやはりグローディアか先生だな。あの2人はちゃんと叱れそうだ。ただグローディアには借りを作りたくないのでここは先生一択か。


「リグ」

「……ん?」


 今、寝てたろう?


「外に出る前の先生ってどんな感じだった?」

「奇麗な内臓だった」


 どうして君はそんな小動物の様な表情で僕を見つめるの? 今の返事は絶対に君のミスだよね? 内臓が奇麗だったって何よ? 先生まだそんな状態なの?


「そろそろ先生の生足とか見たいんだけどね」

「足が見たいの?」


 リグさんや。確かにそれは生足だけど、何と言うか長さと言うか何と言うかこうバランス的な観点から実に足道は奥が深いのだよ。

 決してその褐色の生足が悪い訳じゃない。ただ幼さを感じてしまうのだ。


「ぐっ」


 強い力で頭をグイっと回された。

 犯人はノイエだ。彼女が僕の頬に手を当ててグイっと回したのだ。


「アルグスタ様。お姉ちゃんばかり見すぎ」

「ふぁい」

「足が見たいのなら私の足を見て」


 スカートを手繰り上げてノイエが両足と下着を晒す。

 言葉が流暢になっても行動は変わらない。君は恥じらいを持ちなさい。でも僕の前でならそのままでも構いません。


「見て」

「見えません」

「むう」


 拗ねるのはおかしくない? 僕の視界には君の下着しか映っていませんよ?

 どう頑張ってもこの状態だと足は見えないからね。もう少し離れようか?


「アルグスタ様はいつもお姉ちゃんの足ばかり」

「総合的に見たらノイエの圧勝だよ?」

「……嬉しい。大好き」


 抱き着いて来たノイエの口調がいつもと違うのでどうも調子が狂う。


「ノイエばかり見るな」

「リグさんリグさん。わき腹を抓らないで」

「ふんっ」


 分かっています。地下室での行為の後なのでリグの愛情が高まりすぎているのです。だから普段のリグとは違ってノイエに嫉妬するのでしょう。これはこれで珍しい。


「ごめんなさい。リグお姉ちゃん」

「「……はい?」」


 僕とリグがほぼ同時に脳死した。違う。余りの違和感に一時停止した。


「ノイエ」

「はい」

「このお姉ちゃんの名前は?」

「リグお姉ちゃん」

「……」


 呼ばれたリグが狼狽えている。


 えっとこれはもしかして死亡フラグか? このまま中に戻ったらリグはお亡くなりか?

 あの姉たちの嫉妬深さは凄いらしい。特に嫉妬の塊であるホリーが知ったらバラバラのひき肉確定だ。


「ノイエさん」

「なに?」

「青い人の名前は?」

「青い……誰?」

「胸の大きな優しいお姉ちゃんの名前は?」

「ホリーお姉ちゃん」

「「……」」


 ほぼ同時に僕とリグが顔を見合わせた。

 ならば連続で質問だ。


「歌の人は?」

「セシリーンお姉ちゃん」

「踊りの人は?」

「レニーラお姉ちゃん」

「黄色のフワフワは?」

「シュシュお姉ちゃん」

「僕と同じ色をした……胸が平らな人は?」

「グローディアお姉ちゃん」

「赤い髪の人は?」

「誰?」

「えっと武器を振り回す」

「カミーラお姉ちゃん」

「髪が長い足の奇麗な」

「アイルローゼお姉ちゃん」

「なら猫は?」

「ファシーお姉ちゃん」


 全問正解だと? どうしたノイエ? 本当にノイエなのか?


「リグリグリグさん。お医者さん的に解説してよ」

「無理! 意味が分からない!」


 お医者さんが匙を投げたよ!




「……グローディア」

「……セシリーン」


 床に座っていた2人は向き合い抱き合った。


 初の快挙だ。これは間違いなく快挙だ。

 何故ならばあの妹が自分たちの名前を呼んだのだから!


「私もう死んでも良い」

「ダメよグローディア。気をしっかり持って!」


 ただし決して裏切りは許さない。2人の関係は現在その状態だ。

 何故ならばこの場には3人分の死体が転がっている。ビクビクと痙攣している2人の死体は良い。たぶん死後硬直の類だ。

 そして一番厄介な死体が蠢いている。またべちょんべちょんと動いているのだ。


「「うっ」」


 喜びよりも吐き気が勝り、2人はほぼ同時に口元を押さえた。




~あとがき~


 ノイエが流暢に語っています。

 刻印さんと2人の時よりもとても流暢でございます。


 ノイエさんは日々日ごろちゃんと姉たちの名前を呼んでいます。

 覚えていないわけじゃないんです。ちゃんと覚えてます。だって姉ですしね。

 そして呼んでいるのです。ただし色々とあって口から出てないだけですけどね。


 で、刻印さんの解説によるとしばらくはノイエとの会話が成立するとか…どんな仕掛け?




(C) 2021 甲斐八雲

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