何処で習ったそのノリを?
「ねえ? セシリーン? ホリーは何がしたいの?」
「知らないし、私の目には何も映らないから」
「……今だけは正直羨ましいわ」
しゃがみ込み床に転がる人の何かをグチャグチャとかき混ぜるホリーの姿に、グローディアは顔色を悪くする。
耐えられない。我慢ではない。限界まで吐いた物がもう回復したのかまた喉を駆け上がってこようとしている。
見えないセシリーンとて顔色は良くない。見えはしないが生々しい音が聞こえて来る。両手で耳を塞いでも聞こえてくるのだ。
魔女……と呼ぶには色々と語弊が生じかねない存在を、ホリーが覚めた表情で弄っていた。
「目は外を見ていたいでしょうから、そう考えると頭も集めておいた方が良いわね。これは耳かしら? 聞いても口が無いから返事は無理ね。なら耳と思って目玉の近くに置いておきましょう。それとこれは脳みそかしら? これもあれば考えることも出来るでしょう?」
外に居る彼の為に、ホリーは常に最善を尽くす。
傍から見れば狂気的な殺人者が破壊した遺体を弄んでいるようにしか見えないが、彼女は計算高い殺人鬼だ。
故に冷静に今後を見据えて死体を弄ぶようにしか見えない行為をする。
「それにしてもシュシュとレニーラが死んでいるとか聞いてないんだけど? エウリンカは……まあ別に良いけど」
「ごめんなさい」
今にも吐きそうな表情でセシリーンは謝罪する。
「死んでるだけだし、外傷も少ないから3日もすれば生き返ると思うけど」
2人の死体……シュシュとレニーラの耳や鼻から溢れ出ていた中身は強制的にすべて押し戻した。もしかすれば3日と掛からず動き出すかもしれない。
「問題はこの魔女ね。たぶん間に合わないわ」
部品部品の回復は早い。ただ全体的に組み上がるのが遅いのだ。
「足なんて無くても良いのに」
「必要だと思うけど?」
「最悪上半身だけ復活していれば十分よ。固定砲台として使えれば良いんだから」
『うぷっ』と込み上がって来た物を口で押さえセシリーンは唾を飲む。
床に転がり震え上がっているグローディアはちょっとダメそうだ。
「セシリーン」
「何かしら? 王女様」
「もし私がここで力尽きたら後を任せるから」
「我慢して」
「無理よ」
「……私ももう限界なの!」
「頑張りなさい。妊娠したらこれくらいのことはいつものことだと聞くわ」
「この体で悪阻ってあるのかしら?」
苦しむ2人は半開きにした口から生温かな息を吐き続ける。
もう限界だ。そろそろ中身が出てしまう。
「これで良いわね。後はリグが戻ってきたらやらせましょう」
パンパンと手を叩くホリーの声に2人は安堵した。
もうこれで生々しい地獄は、
「うぷっ」
直視したグローディアは一気に駆け上がって来た物を掌で押さえ、全力でその場から逃げ出した。
王女として育ったせめてもの抵抗だ。人前で戻すことなど絶対にしたくない。
駆けて行くグローディアの様子からセシリーンは何となく嫌な予感がして軽く舌打ちをする。
脳内で反射する音を図として描き、魔眼の中枢の様子を自分で想像する。
反響が間違っていなければ、壁際にあり得ない何かが出来上がっていた。
「ホリー?」
「なに? それと舌打ちするなら前もって言ってくれる?」
「ごめんなさい」
反射的にしてしまったセシリーンの舌打ちで、ホリーの耳はキィーンと耳鳴り状態になっていた。
歌姫が故意でした訳でないと理解し、ホリーは腕組をする。
「それで何かしら?」
「その……その辺りに何かおかしな物体が」
「ええ。ちょっとイラっとしたから立て掛けて観察していたのよ」
「もし間違っていなければ、それはアイルローゼの足?」
「ええ。そうよ」
頭も胴体も腕も差し置いて復元していたのが魔女の両足だった。
それをホリーは冷ややかな目で見つめる。
確かに細くて長い気がする。傷は……現時点では色々と酷い状態であるが、普段の彼女の物であれば傷1つ無いと形容される素晴らしいものである。
自分の物と比べれば細すぎる気もするが、だがこの足は美しいらしい。認めたくないが、愛しい彼がそう言って褒めたたえているのだ。
「どう切り刻めばこの足って二度とこの形に戻らないようになるのかしら?」
「……ホリー。私たちはホムンクルスと言う偽物の体だから、何をしても戻るらしいわよ」
「やはり本体の方を……セシリーン。私は他人に触れられるのが嫌いなのだけど?」
過去最速と呼んでも良いほどの動きで、セシリーンはホリーの腰にしがみ付いた。
「約束したわよね? 我慢もする。協力もするから!」
「……ええ。分かっているわ。約束したものね」
「今の間は何? ねえ?」
「安心なさい。セシリーン」
とても穏やかに笑いホリーは自分の腰に抱き着くセシリーンの頬を撫でる。
「私は約束を守る女だから」
「……」
これほど信用できない言葉をセシリーンは初めて聞いた気がした。
ブロイドワン帝国・旧フグラルブ王国領
「ほへ~」
長い階段を地下へと向かい進んで行く。
矢印の指示に従い歩くこと1時間くらいか? 廃墟の間を通り過ぎまくって最終的には地下へと続く階段を降って行った。
あんなにぽっかりと口を開いた地下階段が無傷なのはおかしい。ロボに説明を求めたら『それはお嬢様が居るからです。先に言うたでしょ? 生体認証で確認してますから』と。
どうも納得がいかない。何よりどうして全裸で居る必要があるのか?
「ポーラ」
「はい」
「ちょっと君の中の問題児に全裸である必要性を問うてくれるかな?」
「わかりました」
歩きながら若干上目遣いでポーラが進む。
日が沈み完全に寒気が押し寄せて来た状況でリグがずっと寒そうにしている。
ただ下着姿のノイエは顔色一つ変えない。動じていないと言うよりも何も感じていない様子だ。
「にいさま」
「ほい」
「なんでぜんらなの? ときかれました」
「おい」
やはりか。何か変だと思ったんだよ。
「ロボさんよ」
「何でしょう?」
「何故リグが全裸にならなければならない」
「そりゃ~創造主様が言いました。『感度が悪い時は服を脱げばいいのよ』と。ですから全裸が正しい恰好なんです」
間違いを力説して来たよ!
「ポーラさん?」
「いってないといってます」
「ロボ?」
「言いました。自分の記憶媒体にははっきりと刻まれています」
「判定……敗者、諸悪の根源!」
ハリセンを取り出して構えたら、ポーラが自ら進んで頭を差し出してくる。
こうされると叩くのが嫌になるのはどうしてだろう?
「ポーラじゃなくて諸悪の根源たる悪魔を叩きたいのです。よってチェンジ!」
「……ことわるそうです」
「何でだよ! 出て来いやっ!」
「たたきたいならそっちのおよめさんをたたけだそうです」
リグを抱えるノイエかトコトコとやって来た頭を差し出してくる。
どうしてウチの姉妹は自ら進んでハリセンに叩かれに来るのだろうか?
「ノイエさん?」
「さあ来い」
「何処で習ったそのノリを?」
クルンクルンとアホ毛を回すお嫁さんを軽く叩いておく。
何故か嬉しそうにするから困るのです。
「話を戻そう。とりあえずリグよ」
「なに?」
「服を着ても大丈夫らしいから着なさい」
「……嫌だ」
「はい?」
「服は好きじゃない」
この裸族は裸族か!
「ポーラ」
「はい」
「今からノイエとリグに服を着せます。手伝いなさい」
「はい」
格闘すること数十分……落ち着いて考えると、リグに服を着せても下着姿と大差無いのは何故だろう?
代わりにノイエがちゃんとした格好になったから良しとしようか。
「もう」
「怒る意味が分からない」
不機嫌そうなリグが僕に近づくと腕を掴んできた。
「どうかした?」
「ん……何となく」
「はいはい」
だったら腕を掴むな。手を掴め。
僕から彼女の手を掴み一緒に歩き出す。
「って、壁やん! ロボ!」
階段が終わり踊り場から通路を進んで角度を曲がったら壁でした。
~あとがき~
魔眼の中に戻ったホリーはアイルローゼを弄びます。
何よりどうにかしたいのは彼女の足です。ボロボロのグシャグシャにしたいご様子です。
魔道具を求める主人公たちは…真っすぐ向かえよ。結構本気で!
(C) 2021 甲斐八雲
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