ちょっと退きなさいよ。この肉塊
ブロイドワン帝国・帝都ブロイドワン
「あの~。ちょっと、イイデスカ?」
「何かしら? 使者様」
高級そうな椅子に腰かけた魔女が手にしていた本を机の上に置く。
作られたかのような女性の顔は、仮面のようにさえ見える。
前の上司も無表情だったが、『まだあっちの方が人間味があったな~』とミシュは思った。
「本国の方から連絡が来たんです」
「あら? 遅刻している言い訳でも?」
「それです」
『あはは』と笑いながらミシュは勝手に部屋の中に入る。
帝都に居る間は好き勝手にしていても良いと言われているが、街の様子が恐ろしすぎて自然と帝宮の方へと足が向く。人の行き来は無いのに気配だけは存在するのだ。
試しに酒場らしき建物を覗いて見たが、ギュウギュウに人間が詰まっていた。もう無理矢理放り込んで積み重ねたような感じでだ。
恐怖でしかない。この帝都に無事な場所はもう無い。
今すぐにでも帰りたいのに……ミシュは半笑いで巻物を取り出すとそれを女帝と名乗る魔女に差し出した。
「これです。じゃあ自分は未知なる何かを探しに!」
サッと部屋の出入り口まで移動し、ミシュはその場から姿を消した。
慌ただしい人間に視線を向けていた魔女は、手にした巻物をゆっくりと開いた。
『ちょっと道を間違って帝都に到着するのが6日程度遅れるかもしれない。別にそっちはずっと前から手ぐすね引いて待ち構えているのだから、今更数日延びても文句なんて言わないでしょう? それとも少し遅れることで自分たちが負けてしまうかもと焦っているのかしら? だったら抵抗や抗争なんて最初から考えず、穴でも掘って埋まってなさい。そっちに着いたら墓標ぐらい立ててあげるから。
ああ埋まっていたらどこに居るのか分からないわね。頭だけ出しててくれる? そうしたらひと通り笑ってから墓標を立ててあげる。
まあ残り少ない自由を噛みしめて恐怖に震えながら待ってなさい。面白おかしく殺してあげるから』
一度読み、もう一度読んでから……魔女は表情を変えずに巻物を掴んで2つに割る。
そのまま勢いに乗って巻物を粉々にして床に叩きつけた。
「良いわ……分かったわ」
クツクツと喉の奥で魔女は笑う。
「待ってあげるわ。だから十全に準備してからやって来なさい」
ゆっくりと立ち上がり魔女は移動する。窓を開いてベランダに出た。
そこには手足を縛られた女性が転がっていた。
「可哀想に……もう少し生きることが決まったわ」
まだ生きているか手を伸ばして確認する。
無理矢理顎を掴んで顔を向けさせれば、絶望で窪んだ眼が弱々しく動いた。
「しぶといのね? 流石は王の血が流れているということかしら?」
払うように掴んでいた顎から手を離し、魔女は相手に冷たい目を向けた。
「もう少し頑張って生きなさい。リリアンナ王女」
クツクツと笑い魔女は相手を見つめる。
「あの馬鹿夫婦が来るまで生きていなさい」
片膝を着いて魔女は相手の腹に手をやる。
忌々しいことにその皮と肉の先に存在する“鍵”は取り出すことが出来ない。血が通うことで鍵は存在していることが出来るのだ。だからこそ生かしておくしかない。
「あの2人が来たらこの鍵を使って貴女の国がひた隠しにして来た魔道具を使ってあげる」
「……あれは……使っては」
「知らないわ」
弱々しく紡がれた言葉を魔女は一蹴する。
「私が望むのは復讐なのよ。そして次は人間の死」
立ち上がり魔女は大きく両腕を広げる。
「人間なんてくだらない生き物は全て死に絶えれば良いのよ」
「……そう」
息も絶え絶えで王女と呼ばれた人物は笑う。齢は30代の中頃か……みすぼらしい格好と汚れまみれの褐色の肌が余計に彼女を老けて見せている。
「私は貴女のような人を見たことがあるわ」
「……」
苦痛に顔を歪め彼女は口を動かす。
「彼も不可能に挑み狂ってしまった。貴女もかしら?」
「黙れ人間。また体の内側から激痛を味わいたいの?」
冷ややかな魔女の声に彼女は屈しない。その苦痛に歪む顔に笑みを浮かべた。
「なら殺しなさい。そうすれば貴女の夢が一つ消えるわ」
「……」
殺意だけを乗せた視線で魔女は相手を見る。けれど彼女は怯まない。
「貴女のそれは本当に貴女の意志なのかしら?」
「何だと?」
「言ったでしょう? 私は見たと……」
大きく息を吸い込み彼女は苦痛に涙する。けれどその口を止めない。
「私が見た人は最後に言ってた。『狂わされた』と。貴女も何かに、げふっ!」
魔女の爪先が女性の腹に突き刺さる。
血液交じりの涎を零す相手の髪を掴んで魔女は、無理矢理彼女の顔を上げさせた。
「私が誰かに操られていると言いたいの? ふざけるな! 私は自分の意志で復讐をする。そしてこの大陸に死を撒き散らすんだ」
「……そう。そう思っていなさい」
「っ!」
ギリッと奥歯を噛んで魔女は相手を投げ捨てた。
「残り少ない時間を過ごしなさい。そして時が来たら死になさい」
宣言し魔女は部屋へと戻って行った。
「ん~。会話相手の口が見えないのが致命的だよね~」
木に登り望遠鏡を手にしたミシュは、その場から逃げ出した。
王都に住むメイド服を着た凶悪ババアに叩き込まれた読唇術がこんな場所で役に立つのだから、人生何が起こるか分からない。
あの魔女の部屋に行った時にベランダに人の気配を感じて偵察してみれば……どうやらこんな狂った場所でも少しは自分の仕事があるらしい。
「嫌になるね~。こんな場所でもすることが変わらないとか……本当に」
軽く欠伸をしながらミシュは場所を移す。
もしかすれば帝都中に何かしらの魔法が解かされている可能性もあるが、それでも一つの場所に留まることをミシュは経験から嫌った。
ブロイドワン帝国・旧フグラルブ王国領
「まあ良い。それでリグがホムンクルスだと言うのか、ロボよ」
「そう言うてますがな」
こんな時だけツッコミを入れるな。
「で、何でリグがホムンクルスなの?」
「兄さん。それを自分が質問しているんですが?」
「知らん」
全力回答だ。だから呆れるなロボよ。この流れに慣れろ!
「リグは知ってる?」
「知らない」
「ですか~」
こうなると頼るのは1人だ。
「おねーちゃ~ん」
「呼んだかしらアルグちゃん! ご飯してからする? お風呂してからする? それとも両方してからまだまだする?」
「落ち着こうかお姉ちゃん」
駆け寄って来たホリーのテンションがおかしい。
何故か僕の懐にペンを戻して……スクロールは使用したのか無くなっているっぽい。あれは取り寄せた異世界によって残ったり消えたりするから面倒臭い。規格を統一して欲しいものだ。
「それで何かしらアルグちゃん? ちょっと退きなさいよ。この肉塊」
「嫌だ。隣に座れば良い。精神病患者」
「「あん?」」
珍しい組み合わせの喧嘩が勃発した。
今日のリグは攻撃的だな。その犯人はどうやら僕らしいけど。
「僕の為に喧嘩をしないで!」
ヒロインチックなことを言って喧嘩を制する。
ホリーお姉ちゃんには僕の隣に座って貰った。だってお姉ちゃんは優しいお姉ちゃんだから、弟のお願いは嫌がりながらも喜んで聞いてくれる存在なのだ。
「もうアルグちゃんは甘え上手なんだから」
お願いしたらあっさりとデレてくれるホリーはチョロインのはずなのだ。ただ少し踏み込み過ぎると沼と化すので恐ろしい。
その沼は粘度が薄く一気に僕を飲み込んでしまう。挙句に底なしだ。
「で、ホリー」
「な~に? する?」
「どうどう」
1回したらまだそっちに引っ張られているお姉ちゃんは扱い注意だ。
「実はリグがホムンクルスらしいんだけど……何で?」
「でしょうね」
「はい?」
知ってたの? いつの間に?
「聞いたのよ。あの刻印の魔女から」
それなら納得だ。って本当にいつの間に?
~あとがき~
ホリーが書いた手紙は魔女の元へ。相変わらず全力で喧嘩を売っていますね~w
で、帝国軍師編で存在が明るみになっていた鍵が登場です。その名はリリアンナ王女。
…あれ~? その名前ってあれ~? 帝国編が長くなる理由がこの辺です。
で、もう一方の長くなる理由…姉たちの体の謎です。そして魔道具の隠し場所です。
全部リグが関わってる帝国編だな~
(C) 2021 甲斐八雲
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