お嬢様は人じゃないんです

「おふっ……おおふっ……」


 床の上で全身をビクビクと震わせているエウリンカを、レニーラとシュシュは何とも言えない目で見つめていた。


 最初は抵抗していた。激しく抵抗していた。腕や足を失った状態で必死に体を捻って抵抗していた。けれど全力でレニーラが実験していたら様子が変わった。

 何と言うか男性には決して見せてはいけない感じに変化したのだ。


「シュシュ?」

「だぞ~」


 数歩下がって2人は床に転がる存在を見つめる。

 危ない。色んな意味で大変に危険だ。同性なのに興奮する。


「これは続行かな?」

「ん~。大丈夫~かな~?」


 見ている限りエウリンカの様子はおかしい。

 触れてはいけない彼女の何かに触れてしまったのかもしれない。


「忘れてたわ」

「なに? セシリーン?」


 ポンと手を叩いた歌姫に、舞姫と呼ばれるレニーラはクルっとターンを決めて体を向けた。


「エウリンカは一時期気が触れていたホリーに捕まって実験体にされていたみたいなのよね」

「「……」」


 2人は自然と納得した。

 聞いた話だとあれは酷かったらしい。


 被害者たちは今もホリーを恐れ、内容を聞けば口を閉ざして頬を赤くする。

 どんな恐ろしいことが繰り広げられたのかは知らないが、エウリンカの様子を見れば明らかだろう。


「ホリーって頭が良いわりにはたまに馬鹿だよね~」

「だぞ~」


 互いに頷き合ってレニーラとシュシュはエウリンカをに目を向け直した。

 激しい誘惑から脱したのか、呼吸を荒くした彼女は必死に何かに抗っていた。


「……もう許して欲しい」

「うん」

「む~り~だぞ~」

「……」


 満面の笑みを向けられた。

 まさかの拒絶にエウリンカは言葉を失う。


 笑う2人は両手を突き出すように構え、その手の指をワラワラと動かす。


「でわ~明日なる旦那君の為に~」

「だぞ~」

「やめっ……止めて~!」


 木霊した悲鳴に軽く耳から意識を離したセシリーンは偶然それに気づく。

 部屋の隅に集められている魔女の部品……その目が動いている音を拾ったのだ。


《アイル……》


 呆れてしまうが、それが魔女と呼ばれる者の本質なのだろう。

 魔女とは好奇心の塊であり、探求心に溢れる存在なのだ。

 だからだろう。悲惨な姿になったと言われる今でも彼女の探求心は色あせていない。


《あら?》


 それに気のせいか集まっている魔女の部品が急激に変化している音がする。

 普通ならあり得ないことだが……恐ろしい速度で骨が固まっていく音がするのだ。


《彼に会いたくて……なんてことじゃないわよね?》


 あの魔女ならあり得るかもしれない。自分の心のままに立ち振る舞えない女性だからだ。


「それか彼が心配で頑張っているのかしら?」


 呟きクスクスとセシリーンは笑う。

 もしそうなら本当にこの魔女は可愛らしい。




 ブロイドワン帝国・旧フグラルブ王国領



「兄さん。お嬢様はどうしたんですか?」

「ごめんちょっと待って」


 どうにか這って戻って来た僕に対してロボが詰め寄って来る。

 ホリーはまだ隠れている。余韻に浸りながら後始末をしているだけだ。


 最近のホリーさんは僕の急所を把握しているのでしょうか?

『抵抗って何ですか?』と言いたくなるほどあっさりと搾られるのですが……決して僕が弱いとかじゃない。ホリーが変なんだ。


「……ホリーとしてきたんだ」

「待とうかリグ。僕の抵抗の後は見えるよね?」

「知らない」


 ロボと一緒にこっちに来ていたリグがプイっと顔を逸らして戻っていく。

 行先は焚火の準備をしていた場所だ。ゆるりと煙が昇っている。


 一方的に搾取された結果、南の空に存在していた太陽がだいぶ西へと動いていた。

 もう数時間もすればこの辺りは真っ暗だろう。その前に食事と寝床の確保が必要か?


「ん~。外でするのも悪くないわ」


 背後から恐ろしい声が!


 慌てて振り返ればノイエの姿をしたホリーが背伸びをしていた。全くのノーダメージだ。むしろ僕から元気を吸い取っているような気配すらする。


「アルグちゃん」

「ふぁいっ!」

「なに怯えているのよ」


 怯えてなどいない。ちょっと蛇に睨まれた蛙の気分を味わっているだけだ。

 つまり怯えではない。ただの絶望だ。


 近づいて来たホリーが僕の腰の袋を漁る。

 止めてそれには貴重な魔道具が収まっているの。


「これね」

「いやん」

「なんて声を出しているのよ」


 呆れた様子でホリーが僕から大切な筒を奪った。

 巻物だ。スクロールだ。


「これに書けば帝都に居る部下に文字を送れるのね?」

「……ですね」


 ミシュに対してメッセージを送れる最後の1つだ。貴重だ。

 にも拘らずホリーは僕の懐からペンを奪い取った。

 移動用に得た万年筆だ。とても高価でハンドメイドの一品ものだ。


「んふ~。アルグちゃんの代わりにあの自称魔女に到着が遅れる旨を伝えてあげるわ」

「……全力でお願いします」

「了解」


 機嫌を良くしてホリーが焚火の方へと歩いて行く。何故か怒れるリグがこっちに来た。


「いつまで寝てるの」

「……起きます」


 胸を下から支えるように腕を組むリグに睨まれ、僕は静かに立ち上がる。

 普段怒らない人が怒ると何でこんなに怖いんだろう?


 パンパンと砂を払って焚火の方に行こうとしたら、リグに手を掴まれてその場でストップした。


「ここで良い」

「何が?」

「……ロボの話を聞いてあげて」


 忘れてた。と言うか待ってくれるロボはある種あの悪魔の傍仕えをしていたんだろうな。

 ツッコまずに野放しにしているという言い方も出来るが。


「で、ロボよ。鑑定結果は?」

「はい。お嬢様は人じゃないんです」

「そんなまさかっ!」


 リグが人じゃないだと? つまりおっぱい星のおっぱい星人か? そうなんだな?


「おっぱいか!」

「……」

「おふっ!」


 間を取ってからのリグのパンチが僕の脇腹に食い込んだ。


「君までそれを言うの?」

「冗談って言葉を思い出そうね」

「……ふ~ん」


 笑いで機嫌を回復するのは無理っぽい。ならば実力行使です。

 脇の痛みを我慢して、まずはリグの背後に回って……身長差から抱きしめるとリグの首に腕を回す感じになってしまう。


「座らない?」

「……分かった」


 間の抜けた時間に耐えられず、リグを背中から抱きしめつつ砂の上に座った。


「で、リグが人じゃないってどういうこと?」


 そんな唐突もない言葉を僕が信じるとでも思うのか? この感触は作り物じゃないぞ? ポヨンポヨンでバインバインでピッチピチなんだぞ? 分かるか?


「……捏ねないで欲しい」


 恥じらう様子からして偽者に見えないだろう? こんな愛くるしいんだぞ?

 僕らが落ち着くまで待ったロボが、ちょこんと正座するように座った。器用な奴だな。


「お嬢様はホムンクルスです」

「ほほう」


 つまりあれか? このリグがピチピチの死体だって言うのか?


「これのどこが死体だと言う! 胸なんてこんなにハリと艶が!」

「うなぁ~!」


 ブラを外したらリグの胸が勢い良くこぼれた。

 この胸が腐るとでもいうのか!


「あ~兄さん。よう聞いてください。まずお嬢様の胸を戻して……結構本気でお嬢様が怒ってます」

「大丈夫。リグは僕の可愛いお嫁さんのひとっ」


 全力で太ももを抓られた。余りの激痛に目の前に星が散ったよ。


「……ねえ? 良いかな?」

「はい」


 僕の腕から逃れて立ち上がったリグが、ブラを直しながらとても冷ややかな目を向けて来る。


「最近ちょっとやり過ぎだと思うんだ。ボクは君のことが好きだから悪い気はしないけど、でも限界だって存在するんだよ」

「……ごめんなさい!」

「分かってくれれば良いんだ」


 胸元を直してリグがまた座る。

『ん』と何かを促して来るので、背後からリグを抱きしめると僕に体を預けて弛緩した。


「で、ロボよ。結局リグって何なの?」

「……」


 お~いロボ。疲れた様子でこっちを見るな。


「兄さん。創造主様より忙しない時間を過ごしてますな」

「褒めるなよ。照れるだろ?」

「……創造主様が居たら喜びそうな御仁ですわ」


 止めろよ本気で。僕があれと同種の馬鹿だとか言うのか?




~あとがき~


 この主人公に誰かシリアスを教えてください。

 自然と脱線しやがって…書く身になれよ!


 そんな訳でようやくリグがホムンクルスだと判明しました。

 と言うか、外に出る姉たちは大半がホムンクルスなんですけどね。


 ただ若干1名、違う人が居ました。覚えてますか?




(C) 2021 甲斐八雲

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