出しなさい。全部。一滴残らず

 ブロイドワン帝国・旧フグラルブ王国領



「……あの子がたくさん肉を焼いていた割には、全部消えているからおかしいと思ったのよ」

「おう。勝手にやってる」


 片手に焼かれた骨付き肉。もう片手はワイン瓶。

 完全にリラックスしている食人鬼オーガを見つめ、ポーラの姿を借りた刻印の魔女は深いため息を吐いた。


「あのリスは食べてないでしょうね?」

「あん? 何か震えてあっちの方に逃げて行ったぞ」


 それは震えもする。自分以上に大きな肉をひょいひょいと食べていくのだ。いつ自分が食われるか心配になるのは当然だ。


「それにアタシに文句を言うな。これを投げて来たのはお前の所の白い娘だ」


 分かっている。次から次へと焼いては、それをノイエは投げてオーガに渡していたのだ。姿を完全に隠しているというのに正確に位置を把握してだ。


 時折あれの能力の凄さを垣間見ては、魔女は心底驚かされる。本当に見てて飽きない。


「全く……ウチの姉さんは餌付けが好きなのかしらね?」

「知るか。何よりアタシじゃなければ肉の一撃で死んでるしな」


 人を殺害するほどの速度で肉を投げる……まあ彼女なら理解できなくても分かる気がした。

 たぶん面倒臭かったのだ。手渡しに行くのが。


「何より時間を考えなさい。お昼からワインって」

「構わないだろう? こんな物は水だよ」

「そう言うなら良いけどね」


 手近な石に腰かけ魔女はそっと空を見上げる。

 青く澄んだ空はとても奇麗だ。

 

「考え事か?」

「ええ。ちょっと困っているの」

「どうした」


 口にした肉を引き千切り、咀嚼しながらワインで流し込む。

 弟子の“姉”と違い祝福など持っていない人物であるから、純粋に胃袋が大きく底なしなのだろう。


 気晴らしに馬鹿なことを考えても仕方ないので、魔女は口を開く。


「どうやら厄介な玩具が改造されてるっぽいの」

「するとどうなる?」

「ちょっとばかり困ったことになるわね」

「そうか。そりゃ楽しみだ」


 笑って肉を骨ごと齧り出すオーガに魔女は呆れた。

 本当に戦闘狂なのだ。その割には……まあ良い。


「後で貴女の武器をどうにかしてあげる」

「これじゃあダメか?」


 ブンッと右手を振るうとオーガの手の中に金棒が生じた。

 右手首に巻いた異世界の魔道具に収納されている物を取り出したのだ。


 もちろんその魔道具は魔女が昔作った物だ。あの頃は立派な杖を持ち歩くのがマイブームで、ただ杖って邪魔になるから収納できるようにと作った物だ。

 便利だが一つの物しか収納できないという弱点もある。


「それはただの鉄よ」

「十分だろう?」

「それ以上に硬い鉄が出てきたら?」

「……力でねじ伏せる」


 金棒を握ったままでオーガは右腕を掲げ力こぶを作り出す。

 ムキッと膨れ上がった上腕二頭筋は大変に素晴らしい物だった。


「貴女が男だったら吸いつきたくなる筋肉よね。本当に」

「はんっ! 筋肉に憧れるなんて変なチビだな」


 笑い彼女はワインを煽る。


「なあチビよ」

「何かしら?」

「アタシは何をすればいいんだ」


 ポツリと呟き……トリスシアはその目を小柄な少女に向ける。

 説明では、メイドの姿をした少女はあの夫婦の義理の妹らしい。何故娘にしなかったのかは分からないがそういうことだと言っていた。


 ただ少女の割には底が見えない。言いようの無い恐ろしさすらトリスシアは感じている。

 本能的には近くに置いておきたくない類の化け物だと告げて来ていた。


 だから逆らわない。大人しく従っても居る。

 けれど不安になって来る。自分が『弱くなってしまったのじゃないか?』と。


「暴れれば良いのよ」

「いつものようにか?」

「ええ」


 クスリと笑い魔女は相手を見つめる。

 まるでオーガの胸の内を見透かしているかのようにだ。


「それが嫌なら別のことをすれば良い」

「別のこと?」

「そうね……」


 相手の問いにそっと自分の胸に手を当てる。


「この子を守れば良い」

「はんっ! アタシよりも強い存在をか?」

「ええそうよ」


 断言した。だからこそトリスシアは相手の言葉が気になった。

 続きを求めるようにジッと見つめると、少女は柔らかな笑みを浮かべた。


「たぶん貴女は自分の力の本質を理解していない」

「力の本質?」

「そう。攻撃よりも守りに徹した時ほど発揮される本性……かしらね」


 両膝を抱くように座り、魔女はその目で相手を見つめた。


「貴女の本性は何かを背負った時ほど強く発揮されるの」

「何だい? それは?」

「そうね……私が居た“世界”だとそんな存在をこう呼ぶの。『守護神』ってね」

「何だい? それは?」

「いつか分かるわよ」


 知らない言葉にトリスシアは肩を竦める。

 けれど少女はクスクスと笑うのみだった。




 危うく幸せ死にするところだった。

 谷間に埋もれて死ぬのは、ある意味男として誇っても良いのかもしれない。

 仮に世の男性諸君の恨みを買いエンマ大王の前に引きずられて行こうが、胸を張って言ってやる。『最高の死に方でしたが何か?』と。


 ただリグを相手に死んでしまうのは僕の精神に反する。

 死ぬのであればノイエに抱かれて死ぬことが一番であるが……問題はノイエの後で死なないと、彼女は死ぬまで悲しみそうだ。結果僕は今死ねないのだ。


 それに気づいて両手で鷲掴みにして谷間から脱出した。

 ホリーが怖い目で睨んできたし、リグが頬を赤くしていたけれど僕は無事に生還したのだ。


「さてと」


 左右にリグとホリーを置いてロボと向き合う。


 これ以上胸について色々しているとホリーが宝玉を使って出てきかねない。

 あっちは回復に時間が掛かるから今回は使いたくない。何よりリグをここで出してしまったのって結構致命的なんだよね。あと5日程……帝都に居る魔女に待って貰おう。

 お願いすれば聞いてくれるさ。別に行かないとは言ってない。うん。それで押し通そう。


「ホリーお姉ちゃん。リグとけん制し合ってないでそろそろ本題」

「……そうね」


 僕の背後で何やら動いていた何かが大人しくなった。

 髪の毛でリグを殺そうとしないの。全く……この姉は。


「ロボで良いのよね?」

「……好きに呼んでください」


 何故その名に納得いかない雰囲気を出している? 良い名前じゃないか?


「何個か聞きたいことがあるのだけど良いかしら?」

「自分に答えられるなら……姉さんはお嬢さんの知り合いみたいですしね」

「ええ。なら遠慮なく。この場所に残っている魔道具を全部出して欲しいのだけど?」


 それは質問では無い気がします。


「出来たら武器が嬉しいわ。大規模の攻撃魔法が使える物なら最高ね。あるんでしょう? 出しなさい。全部」


 今にも飛び掛かりそうな勢いのホリーを制する。

 落ち着け姉よ。鎧のせいで滑って胸を掴んで制するのが難しいんだ。


「姉さん姉さん。なに物騒なことを言うてます?」

「あるんでしょう?」

「そりゃありますけども」


 あるんだ。


「そんな危険な物がその辺に置かれているわけないでしょう? それに大半は攻めて来た帝国軍が持って行きましたし」

「それは分かってる。必要なのは今ここにある未使用の武器よ」

「だからそんな危険な物は厳重に隠してます」

「出しなさい。全部。一滴残らず」


 ホリーさん。何故に『滴』なのかを述べよ。

 僕が抱き着いて制しているからって変なスイッチ入りかけているだろう? 君はこれが終わったら直帰なさい。魔力切れで帝都で使えないとか許さないからね。


「って、止めて」

「はい?」


 突然ホリーが嫌がり出した。


「そこのエウリンカを遠ざけておいてシュシュ! 今は邪魔されたくないの。少しはエウリンカも根性見せなさいよね」


 プンスカ怒ってホリーが僕らの視線に気づいた様子だ。


「ごめんなさい。おぞましい物が近づいて来たから少し焦ったのよ」

「おぞましい?」

「ええ。術式の魔女とか言う人体標本を身に纏ったエウリンカよ」


 ごめん。その説明だけでは僕は何も理解できません。




~あとがき~


 離れた場所で隠れているのに、光学迷彩を使って隠れているのに…ノイエさんには通じません。『なんで大きい人が居るんだろう?』と疑問に思いつつも焼いたお肉を投げつけます。


 実はトリスシアは守備に優れた性質の持ち主です。

 足手まといが居ればいるほど根性を見せるタイプなのです。


 で、ホリーがロボを恐喝し始めましたw




(C) 2021 甲斐八雲

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る