ツッコミが居ない!

 王都内・鎮魂祭会場の端



「ねあはは~!」


 鎮魂祭の資材置き場として使われていた空き地に、昭和の悪役のような笑い声を上げる存在が居る。小柄なメイド……ポーラだ。

 大型の筒を空に向け、その傍で全力で笑っている。


 普段の少女ならこんなことはしない。中身が違うのだ。


 ポーラの体を支配している刻印の魔女イーマの仕業だ。

 だから笑う。笑い続ける。もう悪役の見本ですと言いたげに笑う。


 何故なら彼女は戦隊物をこよなく愛した時期がある女だ。

 特に初期の作品は良い。主人公たちが全員男だ。それだけで妄想が大爆発した。

 時代が進むにつれて女性が加わるのは宜しくない。どうして勝手に恋愛フラグを立てている? そのフラグは視聴者の物だと憤慨して戦隊物から卒業した。


 ただ身に着けた知識は残っている。だからこそ笑う。悪役のように笑う。たった1人で。


「……ちょっと涙が出て来た」


 ツッコミ役が居ない事実に寂しさを覚え、魔女は涙を拭うと渾身の作品に目を向けた。

 花火だ。ここ最近時間を費やし製作した逸品だ。


 問題は火薬の作り方が分からなかった。『硫黄とあれよね。糞尿をあれしてあれすると出来るのを混ぜて……』とうろ覚えの知識で昔実験したことがあった。

 が、失敗で終わった。悲しいことに大失敗だった。


 イラっとしたから魔法で大地に大きな花火を咲かせた。結果として国が2つほど滅んだ。

 あの頃はまだ若かった。やんちゃだった。別大陸の話だから自分の悪名にはなっていない。だからセーフだ。


 今回も火薬は作れなかった。あれはもう作らないと心に誓った。だから今回は全て魔法で代用することにした。完璧だ。完璧すぎて打ち上げるのに抵抗を覚える。


 どうして一発しか作らなかったのだろう?


 この子を打ち上げればもう代わりは居ない。別れたくない。離れたくない。

 別れを想像すると、愛おしさと切なさと心苦しさが込み上がって来る。


「でももうお別れなの」


 スリスリと天を向く筒を撫でて、魔女はギュッと抱きしめる。


「忘れない。決してアナタのことは忘れないから」


 涙を落とし今一度空を見る。


 濃い青が茜の空を西へと追いやっている。もう少しで夜の闇がこの国を覆う。

 祭りの始まりには丁度良いだろう。


 一度目を閉じて舞台を捕らえている魔法のレンズで袖を見る。

 問題児たちが準備を終えて話していた。これ以上待たせると集中力が切れるかもしれない。


「なら始めましょうか?」


 クスリと笑い魔女は筒から離れた。

 歩いてゆっくりと振り返り、そしてパンと胸の前で両手を合わせる。


「ツッコミが居ない!」


 しゃがんで地面に両の掌を押し付け魔力を放つ。

 筒が発光し中身を空へと打ち上げた。ちゃんとヒュ~っという音を響かせて。




 ドーンっと空中で大輪の花が咲く。七色の光を灯して。




 王都内鎮魂祭会場・舞台観客席



「……」


 空に咲いた花にほぼ全員が騒いでいる。


 花火だね。それも打ち上げ花火だ。

 この世界に火薬らしき物は無いはずなのに……あの馬鹿賢者は何で代用したんだ? 問題は高額じゃないよね? あの一発でドラゴン数匹分とかなら許すが、数百匹分とか言ったら流石にキレるぞ?


「旦那様」

「はい?」


 隣に居るセシリーンの声に視線を向ける。

 彼女は耳を押さえて……今にも死にそうな顔をしていた。


「ごめんなさい。先に逝きます」

「逝くなって!」

「耳が……頭の中が」

「確りしろ~!」


 どうやら花火はセシリーン殺しでしかなかったらしい。

 彼女を抱き寄せ介抱していると、ずっと静かな曲を奏でていた楽団の音が止んだ。



 そして……舞台上に彼女が姿を現した。




 王都内貴族区・王弟屋敷



「何かしら?」


 非公式の孫を抱きながら少しでも舞台を見ようとベランダに出たラインリアは、途中で邪魔している屋敷の屋根をどう吹き飛ばしてやろうかと考えていた。


 すると上空にそれが見えた。

 大きな音と大きな七色の花の跡に……薄汚い街娘のような格好をした女性の姿が浮かび上がったのだ。


「あら? 流石アルグスタね。本当に無茶をするんだから」


 クスクスと笑いラインリアは、急いで屋敷の中へと戻る。


 折角の『舞台』が見れるのだ。だったら愛しい人と一緒に見たい。そう思ったのだ。




 鎮魂祭会場・舞台



『説明するから。合図があるまでは好きに踊って』


 それがホリーからの指示だった。


『貴女は今から貧乏貴族の娘よ。貧しく苦しい生活の中でも笑顔を忘れずに元気に生きる娘よ。それを舞台の上で演じて来なさい』


 説明がザックリとしすぎていて、普通の踊り子ならば『それだけですか?』と絶望する内容だ。

 だが舞姫は違う。『ほ~い』と軽く頷いて舞台の上へと飛び出して行った。

 好きに踊って良いと言われているのだ。その言葉だけでレニーラとしては十分だった。


 最初はゆっくりと小さな動きから始まった。


 窮屈な動きは娘の不自由さを垣間見せる。

 藻掻き足掻くが上手にいかない。頑張って一向に楽にならない。それでも娘は耐えて耐えて耐え続けて……少しずつ動きを大きくしていく。


 どんなに苦しくても必死に生きる娘の表情は変わらずに笑顔だ。

 この子は絶望のどん底でも笑い続けるだろうと思わせる笑みだ。



 天性の身体的バネ。天才的な表現力。弛まない努力……その3つを持つレニーラが他者の追随を許さなかったのが豊か過ぎる表情だ。

 舞姫は表情だけで他者を圧倒できるのだ。




「お姉ちゃん」


 舞台袖から見るノイエは視線を逸らせずにいた。


 見たかったモノが目の前にある。

 望み続けたお姉ちゃんの全力の舞いだ。踊りだ。


「お姉ちゃん」


 凄く楽しそうだ。『楽しい』という気持ちだけが溢れて来る。

 それが濁流となりノイエは全身で姉の気持ちを浴び続けていた。


 自然とノイエはギュッと両手を固く握る。


 凄い。本当に凄い。けど……


「私も」


 あれほどのモノを見せる姉に対して抱く“感情”は……負けたくないだ。


「負けない」




 音の代わり。曲と曲との間で一度レニーラは舞台裏へと入る。


 ホリーの姉が手早く衣装を掴んで引き裂く。

 上に着ていた物が退き、下から新しい衣装が姿を現す。

 早や着替えの為にコリーが準備した重ね着衣装だ。


 急ぎ衣装を確認して居る最中、ホリーは舞姫に汗拭き用の布を投げた。


「次は自由よ。息抜きに屋敷を抜け出した貴女は自由に踊る。以上よ」

「ほい」


 演者に指示を出しホリーも移動する。楽団に次の曲を指示するのだ。

 今日のレニーラは……否、舞姫は絶好調だ。本番当日に調子をピッタリと合わせて来たのだろう。


「ただのお調子者では無かったのね」


 クスリと笑いホリーは舞台裏を移動する。

 これでこっちがミスでもしようものなら、きっとノイエが消えるその日まで舞姫から文句を言われそうだ。


「ふざけないでよね。私を誰だと思っ居るの?」


 暗い……それでいて楽し気な笑みを浮かべるホリーは、軽く上唇を舐めた。


「私も本気を見せてあげる」


 頭の中に盤を広げ、ホリーは自身の頭脳をフル回転させた。




 舞台では絶対的な存在がその場を支配していた。


 圧倒的だ。誰もがその者から目を離せない。

 息をするのも忘れ、それこそ呼吸のタイミングですら舞台上の踊り子に支配されているかと思うほどに、皆が同じまで息をする。

 呼気は音となり、楽団とは違う曲を作り出す。


 アルグスタに支えられながら舞台に耳を向けるセシリーンは、周りの音に自然と微笑む。


 分かる。初めて彼女と共演しあの日と違い……レニーラは格段に成長していた。

 自分の手では届かない遥か彼方に彼女が行ってしまった気すらする。


《こんなにも遠い存在になるなんて》


 普段魔眼の中で気まぐれに披露している踊りとは違い“舞姫”としての踊りだ。格が違う。


《悔しい……これが悔しいなのね》


 胸の奥がギュッして搔き毟りたくなる。

 悔しい。本当に悔しいのだ。




~あとがき~


 暗躍を愛する刻印さんは1人で花火の準備をしていました。

 その正体は魔法で作り上げた魔道具ですけどね。かなりの高額ですw


 オープニングを告げる合図と王都中の視線を空に集める目的があります。

 何故ならば、楽しい物はみんなで共有した方が良いに決まっているからです。


 レニーラは間違いなく天才です。

 その天才に…2人の存在が嫉妬します。ノイエとセシリーンの2人が。


 悔しいじゃないですか? 少なくとも2人は悔しいんです




(C) 2021 甲斐八雲

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