わたくしでは遠く及びませんね

 王都内・鎮魂祭会場



『王都の近くにドラゴンは居ませんね』と自前のレーダーを完備しているセシリーンが僕の隣で断言した。ドラゴンの心音は独特で近くに居れば絶対に聞き逃さないとか。ただ王都のあっちの方に……とナチュラルに指さそうとする歌姫様を全力で制する。

 それはたぶんとある高貴な人の心音なので大きな騒ぎにしたくない。


 今日の為にノイエはちゃんと仕事をした。完遂した。

 ただ先ほど見かけたルッテの様子からして、『彼とデートがしたいから!』とか騒いで無理矢理にドラゴンを駆逐したのかもしれない。デートの為に狩られるドラゴンって……。


 まあそれにモミジさんが居るしな。彼女は絶対に踊りはなより彼のあれだんご派だ。日が沈めば2人っきりでベッドの上で踊り狂うに違いない。

 頑張れアーネス君。君以上の辛さを僕は知っている。


「少し不思議な感じがします」

「何が?」


 別方向に思考を飛ばしていたが、隣からの声に現実に帰還した。


「普段はあの場所に立つ身でしたので」


 舞台ではなく客席に居るセシリーンは何処か座り心地が悪そうに見える。

 本来はノイエの為に準備した座席だが、ノイエは舞台上の演者となっているので、本番が続く限りはこっちに戻れない。


「それにこの席は高いのでしょう?」

「気にしない。気にしない。あの舞台にかかる全ての金銭的な負担を賄うドラグナイト家としては、この席でも安いぐらいだと思います」


 最終的な金額を後日見るのが怖いです。あの馬鹿賢者が暗躍しまくったから……ところでポーラは何処に消えた?

 今日は朝からこの会場で目撃されていたらしいが、僕の前に姿を現していない。

 あれか? 馬鹿が体を動かして何か悪さをしているのか?


「セシリーン。ウチの妹さんが何処に居るか分かる?」

「はい」


 メイドさんから飲み物を受け取っていたセシリーンは、こちらに顔を向けると柔らかく笑う。


「先ほどからあっちこっちを移動してます」

「何しているんだか」

「さあ? ただ彼女の心音は少し速く……興奮している感じに聞こえますね」

「悪さしなきゃいいけど」


 ポーラが相手なら不安は無い。が、馬鹿が出ているなら不安しかない。本当に困った存在だ。


「ふう。それにしても今日はいい天気ですね」


 紅茶を飲んでセシリーンが顔を上げる。


「昨日からの風の動きから、今日は少し曇るかと思っていたのですが?」

「ああ。この国には天候を操る祝福持ちが居るのよ」

「そうでしたね」


 クスリと笑い彼女は自然と顔を巡らせる。


 僕らから少し離れた場所……王家用に作られた貴賓席に居る熊の傍らに顔色を悪くさせた二代目メイド長が居た。あの人は立場が変わっても貧乏くじを引く宿命らしい。


 あれ? 今日はエクレアが居ないな……流石に連れて来れなかったか?




 王都内貴族区・王弟屋敷



「エクレア~。お婆ちゃんと一緒に今日は仲良くしていましょうね~」

「……お主と言う者は」

「だってだって私も舞姫の舞台を見たかったんです~」


 非公式の孫を抱いた前王妃ラインリアに、夫である人物は深いため息を吐いた。


 王弟屋敷からでは舞台を見ることはできない。

 会場の方角から伝え流れて来る人々の話し声が精いっぱいだ。


「だがこれで少しは落ち着いて欲しい物だな」

「そうですね」


 癇癪を起した子供のような振る舞いを捨て、ラインリアは背筋を伸ばし王妃だった頃のように立ち振る舞う。


「これからは子供たちがこの国を治めていくのですね」

「ああ。いずれは孫たちがそれを継いでいくこととなる」

「あっという間に私たちは老人ですね」

「そうだな」


 ただ『呪い』を受けて以降、ラインリアは年々若返っているようにも見える。その肌艶などは20代を思わせるほどに瑞々しい。


「ねえウイルモット」

「何だ?」


 孫を抱く最愛の存在に前王は優しい目を向ける。

 自分が先に死ぬであろうことは理解している。だからこそこうして最愛の女性をずっと見ていたくなるのだ。


「ちょっとだけエクレアと一緒に舞台を見に行って来ても、」

「スィークが舞台周辺に屋敷の者たちを全て動員して見張っているらしいぞ?」

「あの性悪が~!」


 憤慨する彼女にウイルモットは苦笑する。けれど愛しているからこそ笑ってしまうのだ。




 王都内・鎮魂祭会場舞台近く



 舞台間近に新設されたオープンカフェでスィークは1人座っていた。

 座っているのが1人であって彼女の周りには常に複数の弟子たちが居るが。


「あの馬鹿娘がやって来る可能性もあります。見張りは厳重に」

「「はい」」


 恭しく首を垂れるのは街娘姿に変装したメイドたちだ。


 今日の警護は近衛団長麾下の密偵衆が受け持っている。が、それでもスィークは屋敷に居るメイドの大半をこの場所に配した。

 王国一の問題児が1枚噛んだ鎮魂祭だ。無事に終わるわけがない。そう踏んでの行動だ。


「先生。他国の密偵が多数目撃されていますが?」

「放置しなさい。危険分子は近衛団長の部下たちが対応するでしょう」

「畏まりました」


 自分の右腕代わりにしている義理の娘にスィークは目を向ける。

 相手は恥ずかしくない程度に手の込んだドレスを身に纏っていた。ハルムント家の正妻としては合格だ。


「ラーゼ」

「はい。先生」

「貴女はそろそろイールアムの元へ」

「まだ時間は、」

「ラーゼ」


 静かに口を開く義理の母親にラーゼは自然と背筋を伸ばした。


「公の場ではハルムント家の正妻としての立場を優先なさい。夫であるイールアムを1人客席に置いている状況はおかしいでしょう?」

「はい」


 そっと腰かけていた椅子から立ち上がり、手放せなくなった杖を突く。


「会場では静かに周りの馬鹿貴族たちを観察するのです。誰が敵になりうるか……それを確りと判断なさい」

「はい。先生」


 そっと手を伸ばしスィークは彼女の髪飾りの位置を正した。


「イールアムと仲良く。本日は無礼講となっていますが、羽目は外しすぎないように」

「はい」


 何故かわずかに頬を赤くし、ラーゼは師である人物から僅かに視線を外した。


「ですが子は必要です。もう少し励みなさい」

「畏まりました」


 挨拶をし、立ち去る相手にスィークは僅かに口元を緩めた。

 自分も老いたものだと痛感したのだ。


 昔であれば仮初で得た家名のことなど気にもしなかったはずだ。だが今は気になる。

 自分の死後が気になって不安になってしまう。執着や愛着がある地位では無かったが。


 何より自分が死ねば途切れるはずだった血筋が残るとも知った。

 あの英雄が自分の親戚であるなど……決して口外は出来ない。墓の下まで持って行く必要がある。


《このままノイエは家族の居ない者として……》


 思いスィークは頭を振った。

 確かにノイエは孤児として扱われている。その過去は変わらないだろう。

 けれど彼女ほど『家族』に恵まれた者は居ないのかもしれない。何より彼女の夫は家族の為ならこの大陸中を敵に回す勢いだ。


《色々と足らないノイエですが、女としての幸せだけなら……わたくしでは遠く及びませんね》


 あれほど深く愛されている存在をスィークは知らない。

 だからこそノイエとの関係は気にしないこととする。自分が手や口を出す必要など無いからだ。




 鎮魂祭会場・舞台袖



「お姉ちゃん」

「何かしらノイエ」

「胸がキツイ」

「我慢なさい」

「はい」


 最初は踊り手としての出番を与えられているノイエが、自分の衣装に対して不満が止まらない。

 厳密に言うと『潰れろ!』とばかりに胸を潰され衣装を纏っている。結果として息苦しいのだ。


「あはは~。ノイエ我慢だよ~」

「はい」


 対するレニーラも普段の彼女とはかけ離れた衣装を纏っていた。

 肌の面積が少ない露出を最小限まで抑えた物だ。


「頑張れノイエ」

「はい」


 踊りて2人の慰め合いを進行を丸投げされているホリーは深く息を吐いて見守った。

 今になってこの組み合わせに恐怖を覚えたのだ。もう色々と遅いが。


「ノイエ。レニーラ」

「ほい?」

「はい」


 だからホリーは一度手綱を引き絞ることにした。


「失敗とかしたらアルグちゃんが恥をかくのよ? 分かってる?」

「はい」

「大丈夫。任せなさい」

「どうだか……」


 やはり不安しかない。けれどもう舞台は始まる。始まってしまうのだ。


「で、最初はどうするの?」


 レニーラの問いにホリーは深い息を吐いた。


「あの魔女が言うにはね」

「ふむ」




 ヒュ~っとユニバンス王都にその音が響いた。

 ついで激しい爆発音。


 この大陸で初めて『打ち上げ花火』が披露された瞬間だった。




~あとがき~


 それぞれの家族がそれぞれの場所で。

 この物語のメインテーマは『家族愛』ですから! とたまに思い出しては焦る作者ですw


 ようやく舞台が幕開けします。

 初手は大陸初の打ち上げ花火からです。


 さて…歌と踊りをどう文章で表現しよう…




(C) 2021 甲斐八雲

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る