私は順番を守れる女なので

 王城内・アルグスタ執務室



「納得いかないです~。あれはズルいです~」

「あらあらうふふ」


 チビ姫がセシリーンの足に抱き着いて不満を垂れている。いい気なものだ。


「おにーちゃんに手を引かれたら明日の舞台は成立しないです~」

「そうですね」

「それを知っててイジメたです?」

「王妃様が私たちの為に頑張ってくれるノイエ様の夫をイジメるからです」


 バタバタと足を振るってチビ姫が拗ねる。


「イジメてないです~。お姉ちゃんとしてお灸を据えようとしたです~。最近のおにーちゃんはやりすぎです~」

「でも旦那様に言い過ぎです」

「む~です~」


 あそこまで甘えるチビ姫も凄いな。


 と言うか手を離せノイエ。ポーラも足に抱き着くな。

 僕は剣の扱いが下手だから、ちょっとした事故であの馬鹿姫を脳天から真っすぐ二つに割くだけだ。


 背後から抱き着いているノイエのおかげで一歩としてチビ姫に接近できない。床から生えた巨木を思わせるほど重さだ。全然動かない。


「おにーちゃんは貴族を全員せん滅する気です~? 流石にそれをされたら国が回らなくなるです~」


 チラリとこっちを見てチビ姫がセシリーンの太ももに頬を擦り付ける。


「馬鹿な貴族が多いのは認めるです~。でも皆殺しをすればこの国が終わるです~。だから少しずつ馬鹿の芽を摘んで数を減らす必要があるです~」

「王妃様は色々と考えているんですね」

「です~」


 足に抱き着きながら踏ん反り返ったチビ姫が芸術的な角度で床へと落ちる。

 今日の下着はピンクらしいが色など関係ない。今から全て血の色に染まるのだ。


「離せノイエ! 後生だ!」

「ダメ」

「何故?」

「……」


 返事は無い。振り返ったら首を傾げたノイエのアホ毛が奇麗な『?』に。


「ノイエその手を離すんだ。問題ない」

「はい」

「はいじゃないです~!」


 緩まったノイエの腕が馬鹿の絶叫でまた強まった。


 チッ! あと少しだったのに!


「ノイエお姉ちゃん! その腕を離したらダメです!」

「どうして?」

「私がとっても困る、いやぁ~!」


 またノイエが腕を離そうとしてチビ姫が吠えた。

 離せノイエ。僕はあのチビを斬らねば気が済まない。


「旦那様も本気で怒っているみたいだし、しばらくは仕方ないと思います」

「おにーちゃんは気が短い、にゃ~!」


 ノイエがまた手を離そうとして……何気に遊んでいませんか? お嫁さん?


「む」


 ビクッとノイエが体を震わせて硬直した。

 あの~ノイエさん? ちょっと僕の体の内側から鈍い痛みがね……力を抜いて! なんか折れる!


「むむむ」


 ビクビクピクとノイエが体を震わせる。

 と、何もなかったかのようにギュッと抱き着いて来た。


「ノイエさん?」

「なに?」


 それは僕の言葉です。


「何かあったの?」

「……猫」

「はい?」

「ファが元気」

「そうっすか~」


 どうやらノイエの中でファシーが暴れて要るっぽい。

 ケーキをたらふく食べて満足げに戻って行ったが、それで中の人たちにでも怒られたか?


 今度はノイエがスリスリと僕の背中に頬を擦り付けて来る。


「アルグ様」

「はい」

「お腹空いた」


 空腹で甘えだしたお嫁さんが可愛いから帰ろうと思います。


 チビ姫の罰は今夜ゆっくりと考えよ。

 ケーキ無しとかでは生温い。より厳しい罰をあの馬鹿者にお見舞いするのだ。


「という訳でセシリーン帰るよ」

「はい」


 チビ姫を引き剥がすとセシリーンは立ち上がる。すかさずポーラが彼女の隣に立って手を持ち案内を開始した。

 流石ポーラだ。介護士としても生きて行けそうな献身ぶりだ。


「明日に備えて今夜はゆっくり休もうね」




 ユニバンス王国・王都郊外ドラグナイト邸



「僕がお城で何と言ったか覚えてますか?」

「ゆっくり休もうですね」

「正解です」


 ですがノイエさんはピーンと伸びてベッドの上で冷凍マグロの真似をしています。

 本番最後の練習と言うことで、本日のノイエは発声練習をした。

『あ~』の一音だけで延々と声を出し続け、腹筋を押さえて動かなくなった。

 僕は彼女の頑張りを見続けていたよ。


 で、弟子に苦行を課したお師匠様は、柔らかな笑みを浮かべで自分の太ももを叩いている。

 どうやら僕に膝枕をしてくれるっぽい。信じて良いのか?


「旦那様?」

「はいはい」


 仕方なく従い彼女の太ももに頭を預ける。

 絶景ではある。フルオープンしているセシリーンの胸が丸見えだ。


 そんな恰好をしていて何もしないとか考えられない。何かしますよね?


「ノイエはどう?」

「ええ。ギリギリ間に合いました」

「そうなの?」

「ええ」


 目を閉じたままでセシリーンは手を伸ばす。迷うことなくノイエの背を撫でた。


「ちゃんとした声が出せるようになればノイエは歌えるから」

「本当に?」

「明日その耳で聞いて判断してください」

「そうするよ」


 納得は行かないがセシリーンが無責任なことを言うとは思えない。


「ただ唯一の不安があるとしたら」

「あるの?」

「はい」


 笑顔でこの人は……。


「それは?」

「ノイエが歌詞を覚えきれるかどうかという、旦那様?」


 驚愕の僕にセシリーンの声は冷静だ。

 逆に問いたい。それってノイエにしたら致命的なのでは?


「どうするの?」

「だから私が居ます」

「つまり?」

「私が歌詞をノイエに伝え続けます。ただ細かい部分をノイエがちゃんと発音できるのか不安がありますが」

「……」


 何かが色々と音を立てて僕の中で崩壊したよ?


 ガバッと起き上がり隣に居るノイエを見る。

 奇麗にピーンと背筋を伸ばして突っ伏しているノイエは多分寝ているはずだ。たぶんだが。


「起きなさいノイエ」

「Zzz……」

「寝たふりは禁止です」

「寝てる」

「起きてるよね?」


 クルっと回ってノイエが仰向けになった。


「なに?」

「歌詞を覚えて」

「……アルグ様」

「何かな?」

「出来ないことはある」


 言い切ったよこの娘さん。


「出来ないでは無いのです。やるのです」

「無理」

「どうしても?」

「はい」

「お願い」

「……」


 プクゥ~と頬を膨らませてノイエが拗ねる。


「無理」

「ノイエ?」

「お姉ちゃん」


 救いを求めてノイエがセシリーンに抱き着く。


「アルグスタ様。ノイエをイジメないでください」

「イジメじゃないんだけどな」


 死活問題なのです。明日は成功させなければいけないのです。


「セシリーン。どうにかならないの?」

「どうにかします。だからアルグスタ様は焦らず構えててください」

「……分かったよ」


 全面的に信じるしかないらしい。諦めて信頼しましょう。


「もう早く明日になれば良いのに」


 と言うかさっさと舞台を済ませたい。

 鎮魂祭が終われば温泉旅行に出かけてしばらくのんびりする。そう決めた。


 帝国に行って皇帝の葬儀に参加する?

 知らんな。そんなイベントなどナレーションベースで処理して欲しいぐらいだ。何なら明日の鎮魂祭もナレーションで良い。


 ゴロッと横になったらノイエが抱き着いて来て、僕の体の向きを変える。

 また頭がセシリーンの太ももを枕にする。


「ん~!」

「まだ拗ねてるの?」

「む~!」


 拗ねているというより怒っている様子のノイエが僕の胸をポカポカと叩く。


「はいはい。ごめんなさい」

「ダメ」

「はい?」

「ちゃんと謝る」


 ノイエの怒りが本物らしい。


 起き上がり謝ろうとしたが、セシリーンの手がそれを妨げる。

 肩に手を置かれたら起きれません。


「アルグ様」

「起き上がれないだけです。ごめんなさい。ノイエ」

「……許さない」


 ふわりと抱き着いてノイエがギュッとして来た。


「だからする」

「ノイエさん?」

「……ここがざわざわする」


 起き上がったノイエが自分の胸の上に手を置いた。


「緊張しているんですよ。旦那様」

「はい?」


 セシリーンの声に僕はノイエを見た。

 女の子座りをしているノイエはいつもと変わらないように見える。


「緊張しているのよ。いつもと同じように見えたとしても」

「そうなんだ」


 そっと手を伸ばしノイエを捕まえると抱き寄せた。

 逆らうことなくノイエは僕に体を預ける。


「する?」

「……はい」


 甘えるようにノイエが抱き着いて来た。

 本当にウチのお嫁さんは可愛すぎて困ります。


「という訳でセシリーンさん?」

「大丈夫です。私は順番を守れる女なので」

「あっそう」


 する気なのね。もう好きにして。

 明日の為に体力温存しておきたかったが……諦めよう。色々と。




~あとがき~


 チビ姫の仕返しは後日壮絶に。

 ちなみにノイエがビクビクしていたのはファシーが中で大暴れしていたからです。


 ようやくノイエの準備が間に合いました。

 ですが最大の問題…歌詞については頑張れセシリーンです。


 緊張しているノイエは大好きな人に甘えます




(C) 2021 甲斐八雲

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