ピカピカに磨いて来るわ!
ユニバンス王国・北西部自治領(旧アルーツ王国)
「確かに受け取った」
「どうもっす~」
相変わらずな小柄の騎士の態度に自治領領主キシャーラは苦笑した。
「フグラルブ王国が存在していた場所を教えろとは……シュニット王は何を考えている?」
「あっそれを言い出したのは、ウチの元上司ですね」
「アルグスタ殿が?」
「ほい」
へらへら~と半笑いをしている相手に、キシャーラは深いため息を吐いた。
目の前に居る騎士が持参した帝国の地図を手にし、それを確認する。
ユニバンス王国が所有している帝国の地図は数年前の物だ。それも大雑把な帝国の版図を描いた物であった。
『最新の詳しい物を貸し与えることは出来なかったのだろう』と納得し、彼は何も書かれていない部分にペンで丸をした。
「この部分で間違いないが、あの場所はもう廃墟のはずだぞ?」
「ですか。でも陛下からの依頼なので行かなくちゃいけないんですよ。面倒でも」
「……そうか」
こんな人材がのさばっている本国は、ある種平和なのだろう。
「何しに行くのか聞いても?」
「はい。とある魔道具を置いてくるように命じられました」
「魔道具と?」
「はい。『ポイっと投げてくれば良い』と言われているので、そうしようかと」
「……そうか」
『本当に大丈夫か? 本国は?』と不安になるが、キシャーラとしては預かっている自治領の当地で忙しい。ぶっちゃけ馬鹿騒ぎに付き合っていられるほど暇でもない。
「頑張れ」
「頑張りたくないんですけどね」
「……そうか」
深く深くため息を吐いて、キシャーラはシッシッと犬でも追い払うように手を振った。
「空が青いね~」
「それがお前の最後の言葉で良いんだな?」
「うむ。出来れば野郎どもに囲まれて死にたかった」
丸焼き用の鉄串に縛られている馬鹿を見つめ、オーガであるトリスシアは薪の準備を進める。
何処の世に男性用の風呂を覗いて捕まる女が居る? 不思議なことに目の前に居た。
前にも同じことをしていたから念のためにと張っていたら、風呂場から男共の悲鳴が上がったので投げ縄を放って捕まえた。
存在自体が面倒臭いのでトリスシアは焼いて始末することにした。
「さあ死ね」
「本気で火をつけた~!」
火打石を擦り一発で火を付けたトリスシアに縛られた馬鹿……ミシュが悲鳴を上げた。
「焼け死ぬ~!」
「焼けて死ね」
「本気か~!」
「ああ。良い感じで焼けたら食ってやるさ」
「この人食いが~!」
「ああ。
「シャレにならな~い!」
悲鳴を上げて必死にミシュは逃れようと努力した。
「ふっ……私の秘儀を使うことになるとは」
「服と鎧を脱いで逃げ出すのが秘儀なのか?」
「そうだとも!」
下着姿で踏ん反り返る馬鹿に対し、トリスシアは掴んでいたワインの瓶をグイっと煽った。
「これはユニバンス王国を裏で支配する化け物が、教育の一環で弟子に教える秘儀なのだ。これを教わってから何故か修行を諦める者が続出するのだ!」
「下着姿を晒して踏ん反り返れるお前のような太い肝を持っていないんだろう?」
「何おう? そういうお前も半裸じゃん」
「はんっ! 女は胸と股間を隠していれば十分なんだよ」
それですらトリスシアとしてはだいぶ成長したことをミシュは知らない。
グイッとワインを煽りトリスシアは、ふと馬鹿を見た。
気づけばこの小さいのはいつも1人だ。命じられれば部下を使っているようにも見えるが、基本1人で行動している。
「お前はいつも1人だな?」
口を開いて質問したのはちょっとした気まぐれだった。
酔っているわけでもないのにトリスシアは自分の質問に自分自身が一番驚いて居た。
「ん? 1人の方が気楽だからね~」
届けられた服と鎧を身に纏いながらミシュは欠伸交じりで答えた。
「1人で動き回っている方が気楽だよ。何かあれば逃げれば良い。私の足なら確実に逃げられるから現上司は私を死地へと派遣するしね~。その内死ぬと思うよ。本当に」
自分のことなのに笑ってそう言える存在に、トリスシアは珍獣でも見るかのような目を向けた。
「お前は死にたいのか?」
「あん? 私は大勢の男たちに囲まれて楽しく生きるのが夢なんですけど?」
「……ならどうして死地に向かう?」
「ん~」
着替えを終えたミシュは、ヘラヘラと笑う。
「私だったら生きて帰れるからかな?」
「なに?」
訝しむオーガにユニバンス王国で現役最強の暗殺者が呟く。
「1人なら逃げられる。でも足手まといが居れば逃げられない。それだけのことだよ」
「……そうか」
鼻で笑いトリスシアは封を切っていないワイン瓶を掴むとそれを放り投げる。
飛んでくる瓶を掴みミシュは流れる動作でコルク部分を咥えて封を切った。
「返さないからね~」
「ああ。くれてやるよ」
笑いトリスシアは手にしている瓶を軽く掲げた。
「アタシと同じ馬鹿者に乾杯だ」
「あは~。これはいい酒だね~」
軽く煽ってミシュも瓶を掲げた。
「馬鹿は長生きしてやらないとね~」
告げてミシュはその場から離れた。
ユニバンス王国・王都郊外ドラグナイト邸
「朝だ」
「はい」
「……ノイエはまずドラゴン退治からね」
「はい」
僕の首に抱き着いてノイエがキスしてくれた。
後はいつも通り全裸のままお風呂に向かい食事をしてから出勤となる。
僕はサラッと日課の魔法語の書き取りをしてからノイエの後に、
「あら旦那様? 私をお風呂に案内してくれないの?」
「……」
魔法語の書き取りを終えて立ち上がったら、セシリーンが僕に手を伸ばしてくる。
こらこら歌姫さん。僕らの関係がグレーなことを理解していますか?
「セシリーン?」
「分かっているわよ。ただいつもの小さな子が居ないの」
「ポーラが?」
そう言われると朝からポーラの姿を見ていない。どこに行った?
「僕がその姿の貴女を連れてお風呂に向かうのは……」
一応拭ってあるから使用後的な感じは見て取れない。
見えないよね? ミネルバさんなら見抜くか?
「服を着れば誤魔化せるかな?」
「あら? 旦那様が私に下着を履かせてくれるのぉ!」
「あら? 旦那様に何をさせようとしているのかしら? この歌姫は?」
ゆらりとセシリーンの背後にホリーの姿が。
彼女の右手がセシリーンの首を後ろから掴んで……止めて~! ここはノイエの中じゃないから!
「お姉ちゃん!」
「何かしらアルグちゃん?」
「朝の挨拶をしてないよね!」
バッと両腕を広げ『さあおいで』とばかりに笑顔を向ける。
ホリーの表情が見る見る輝きだして、恥じらう乙女の様にドスンと全力でぶつかって来た。
あら不思議? ハグするはずがベッドに押し倒されているとはどんなマジック?
「もう朝から私としたいだなんて。アルグちゃんも好き者なのだからぁ!」
「もう。朝から死体を作ることになるのは嫌なのだけど? ホリー?」
今度はゆらりとホリーの背後にセシリーンが。
彼女の手がホリーの首を後ろから……もう止めて~! 僕で争わないで~!
苦しんでいる隙にホリーのマウントから抜け出し、僕は立ち上がるとまずセシリーンを抱きしめる。ついでホリーも引き寄せる。
「2人とも喧嘩はしないでね。大好きな人たちが傷つくところを見たくない」
「まあ」
「もう」
セシリーンとホリーが顔を赤くして僕に抱き着いて来る。
気づけば僕ってば完全にヒロインポジションだよね? 自分でもビックリだ。
「ホリーお姉ちゃん。お願いがあるの」
「何かしらアルグちゃん?」
「セシリーンをお風呂に。お姉ちゃんも入浴して奇麗になって欲しいんだ」
「まあ! アルグちゃんったら!」
ギュッと抱き着いて来た。
ああ。この大きな肉まんの感触はノイエが相手でも味わえない。
「任せなさい! この役立たずを連れてお風呂に行くわ! ピカピカに磨いて来るわ! 待っててね!」
「あ~! でも裸のままで行かれると!」
「もう厄介ね!」
ササッとセシリーンに下着と寝間着を着せて、ホリーが歌姫を連れてお風呂場へと向かっていった。
~あとがき~
こっそりと仕事をしているミシュさんですが…行く先々で何しているんだか?
ただ彼女は1人で仕事をすることが多いです。だってそっちの方が楽ですから。本当に。
ドラグナイト邸は…通常運転です。
ただ朝からポーラの姿が? 彼女は何処に?
(C) 2021 甲斐八雲
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます