落ち着け僕よ。追い詰められすぎだ
「ん~」
フワフワとした歩き方で黄色い存在がノイエの魔眼内を移動する。シュシュだ。
今日のシュシュは機嫌が良い。彼との一夜を思い出しては、クスクス笑っている。
機嫌が良いから普段通らない道を行く。何故か拘束されて刺殺されている仲間たちが床に転がっているが気にしない。深部だと比較的によくある話だ。
ただ殺し方に癖が見て取れる。良く知る死体の作り方だ。
ただ疑問も生じる。『変だな~』と思ったのは、たぶん死体を作ったのであろう幼馴染が、拘束した女性をそのまま放置にしていることだ。
異性が相手なら幼馴染は容赦などしないが、同性だったら違った意味で容赦しない。けれど転がっている死体はどれもこれも無事だ。貞操的な意味合いで。
だが異性に対する幼馴染は徹底的に縛って潰す。搾る。その死体は見るも無残な物になる。
床に転がっている死体は四肢も頭部も残っている。どれも奇麗に刺殺された死体だ。
これならしばらく放置しておけば息を吹き返す。
「あ~れ~?」
フワフワとした足を止めた。
慌てて振り返った幼馴染が放とうとした魔法を止める。
「シュシュか」
「ん~」
幼馴染……ミャンの言葉に軽く頷き、シュシュは足を動かした。
接近して確認すれば間違いない。ノイエの実の姉だ。
生きているのか死んでいるのか分からない存在が、眠るように横たわっていた。
「何で~居る~の~?」
「召喚の魔女に押し付けられた」
「ん~」
そう言うことらしい。だからシュシュはあっさり納得した。
あの化け物は人外の魔法を振り回す存在だ。こんなことも起こる。
「寝てる~の~?」
「どうだろう。ただ預かってから一度も起きていない」
「そっか~」
相手がノイエの姉ならば色々と話をしてみたかった。
けれど彼女は眠ったままで身動き一つしていない。
「で~。どうして~服を~脱がして~いるの~?」
「私たちと違って回復しないのよ。だからこうして床ずれが出来ないように動かしては確認しているの」
「そっか~」
だから全裸なのだ。傷1つ無いのは幼馴染がちゃんと面倒を見ている証拠だ。
「それで~ミャン~。どうして~ミャンも~」
「皆まで言わないでシュシュ!」
「ん~?」
「毎日大切に面倒を見ているの!」
「はい~」
「……ご褒美って必要よね?」
「うわ~」
上半身半裸の幼馴染が何をしていたのかは知らない。ただご褒美は必要だと思う。
スッとノイエの姉の傍らに座ったシュシュは……軽く手を伸ばしてそれを確認する。
立派だ。ノイエよりも大きな立派な物が存在していた。
「何かズルいぞ~!」
耐えられない激情にシュシュは相手に抱き着くと、その2つある立派な存在で自分の顔を挟む。大変に素晴らしい。
「シュシュも最近……そんなことをするのね……」
言いようの無い感情を抱きながら、ミャンは幼馴染の様子をしばらく眺めていた。
「ん~」
フワフワは止まらない。
途中寄り道をしたが、シュシュは移動を再開した。
最近中枢に巣くっている歌姫が言うには、現在向かっている方から変な物音がするらしい。
誰かが良くないことを企んでいるのなら、シュシュはそれを封じて確保し……カミーラなりジャルスなりにお願いをして物理的に後悔して貰う手伝いをしなければいけない。
潰れた死体を封印魔法で包んで深部に捨ててくるのもそれはそれで大変面倒臭い。
何もなければ……そう思っていたシュシュは諦めた。
目の前に死体が転がっていた。
と言うか死体か? 死体なのか? いつも見る度に死体のような存在に思えるから判断に困る。
「エウ~リンカ~? 死ん~でる~?」
床に転がっていたのはエウリンカだ。稀代の変態だ。
それが必死に床を這い何から逃れようとしていた感じに見える体勢で転がっていた。
突き出された腕が色々な意味で生々しい。
軽く爪先で相手の頭を蹴ってみると……微かに変態が動いた。
「生き~てた~」
ピクピクとエウリンカが反応した。
「も~。面倒~だぞ~」
仕方なく傍らに膝を着いて相手に手を伸ばす。
「はうっ!」
大きな声を発してエウリンカが全身を震わせた。
掴んで起き上がらそうとしたら、それを拒絶する動きを見せて……彼女は震えだした。
「どうか~したのか~だぞ~?」
床に伏してまた苦しみだす相手にシュシュは顔を寄せる。
微かに声が聞こえた気がした。
「に、げろ……」
「ん~?」
「ホリーから、にげっ!」
声が止まった。
コロコロと声を発していた部分が床を転がった。
視線を巡らせれば、髪を動かす化け物が居た。ホリーだ。
彼女の長い髪が刃と化してエウリンカの首をはねたのだ。
「久しぶりね……シュシュ?」
「ん~」
ワラワラと髪の毛を動かしているホリーは、大半良くないことをしている。つまり今だ。
「緊急回避だっ」
「逃がさないわよ!」
スルスルと相手の髪がシュシュの四肢を拘束し首にも巻かれた。
逃げられない。そして喉を押さえられて声も出せない。
エウリンカという餌に食らいついた自分の失態だ。そうシュシュは胸の内で後悔する。
「ねえシュシュ?」
「もごっ?」
ニタリとホリーが残忍な笑みを浮かべて笑う。
「私が静かにしている間に何度彼との逢瀬を楽しんだのかしら?」
「もご~!」
1回だと全力で主張した。したけれど相手の耳には届いてない。その理由にホリーは残忍な笑みを浮かべたままで……器用に髪を動かしシュシュを立ち上がらせると、壁へと追いやったのだ。
ドンと背中を壁に打ち付けシュシュはまた呼吸を詰まらせる。
ホリーは本気だ。
「まあ良いの。私は寛大な心を持つ彼の妻だから」
「むが~。もみれ~」
『妻はノイエ』の言葉などを無視して、ホリーは楽し気に自分の胸元に手を入れる。
引き抜かれたのは禍々しい形をした何かだ。この場所でそんな道具を作り出せるのは『魔剣工房』と呼ばれたエウリンカぐらいだ。
「もめん~」
「ええ。これは魔剣よ」
魔剣と呼ぶ禍々しい存在をペロリと舐めて、ホリーは残忍な笑みを浮かべる。
「大丈夫よシュシュ。これはそんなに恐ろしい物じゃない」
「ん~?」
「ただね」
嗤うホリーは手にした魔剣に魔力を流す。
蠢くように魔剣が生来の姿へと変化していく。それは余りにも滑稽で禍々しい形をした短剣だった。
短剣なのか? 短剣というよりあれは……、
「もっが~!」
気づいたシュシュは顔を真っ赤にして激しく抵抗する。
ホリーの髪は本当に強靭で切れない。故に逃れることはできない。
嗤うホリーがシュシュの服に手をかける。いつも通りのメイド服だ。街娘に見える服装のホリーがメイドに襲い掛かる恰好が成立していた。
「大丈夫。これまだ試作品で……」
クスクスと笑うホリーの濁り切った目が一切笑っていない。
「アルグちゃんのを題材に作ったから」
「もっっっがぁぁぁ~!」
『正解だった』と絶叫し……シュシュは酸欠になって目を回す。
少しきつく感じていた首周りの髪の毛が、彼女の首を締め上げたのだ。
途切れそうな意識の中で、シュシュはそれを聞いた。
『これの凄い所は……二股に分かれるの』
何にどう使うのかは聞きたくない。聞けない。
気絶寸前のシュシュが願ったのは……自分の何かが壊れてしまわなければ良いといったことだけだった。
馬車にはリグとポーラが……湯だった状態で横たわっている。
大浴場で遊んでいたらしく完全にのぼせたのだと言う。何をしているのやら。
僕の膝を枕にしているリグとポーラの頭を撫でながら思案する。
ノイエがあの叔母様の血筋だ。絶対に会ってはならない。会わせてもならない。何より知られてはならない。
「厄介すぎるんだけど……本当に」
ため息しか出て来ない。
そろそろ本格的にホリーお姉ちゃんの召喚が必要になって来た。
落ち着け僕よ。追い詰められすぎだ。
もう少し何かを回復したい。あのホリーを呼ぶのだぞ? 今の戦力で戦えるのか? 具体的に言うと残弾数が常に足らない気がする。あと倍ぐらい増やしたい。よく意味は分からないけれどそんな感じだ。
リグを撫でている手を動かし軽く彼女の首元に触れる。
ずっとお風呂で遊んでいたからかとてもホカホカだ。
「大丈夫なのか? これって?」
とりあえず帰宅したら2人を水風呂に叩き込んで……ん? 何か城壁の向こう側が慌ただしいぞ? 何かあったのかな?
馬車を止めて尋ねれば、何でもノイエが仕事を放棄して姿を隠したとか。
何をしているのでしょうか? ウチの可愛いお嫁さんは? 本当に?
~あとがき~
フワフワなシュシュさんは今日も魔眼の中をパトロールです。
深部は治安が悪い時があります。安易に近づいてはいけません。
特に危険なのはジャルスや〇〇です。〇〇は出番があるのだろうか? 謎です。
ただ…中枢に居る人たちなら返り討ちに出来るから不思議です。
ミャンはいつも通りです。据え膳食わぬは女の恥なのです。とても美味しく頂いています。
ホリーはいつも通りです。思いの外楽しい道具が出来たから、ただいま試作品を振り回してます。
ノイエはどうやら捕まったままのようです…
(C) 2021 甲斐八雲
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