ならば戦争です。何か?

 ユニバンス王国・王城内控室



「パーンっとラインリア様がわたくしの頬を叩いたのですよ」

「お袋が?」

「ええ。らしくないでしょう?」


 クスクスと笑うスィークは、少し前まで自分の家族をどう殺したのか解説したばかりだ。それなのに笑える精神をハーフレンは『何だかな~』と思ってしまう。

 それはさて置き、あの普段ほわんほわんとしているあの母親がスィークの頬を叩いたことには驚いた。聞いて想像するが……上手く出来ない。それほど意外なのだ。


「そして泣きながらわたくしの頬を叩いたラインリア様は、こう命じました。『貴女の仕事はまだ終わっていません。まだ掃除は終わっていません。私が良いと言うまで掃除をしなさい。し続けなさい』と。おかげで周りから『引退しろ』と言われるのですが、引くに引けません。困ったものです」


 口では『困った』と言いながらスィークも終始笑顔だ。その笑みが本音なのだろう。


 年々若返っているとメイドたちが口々に噂する母親は、普段虚弱だが決して弱くない。

 朝吐血をしていたと思ったら、昼には屋敷を抜け出し王城に出向いていたりもする。夕方になるばエクレアを抱こうとしてフレアと争っていることもある。

 決して簡単には死なない。たぶん死なない。


「あのお袋は、下手をしたら俺より長生きするぞ?」

「それは困りました。わたくしは死ぬまで現役で居なければいけません。まあ流石にそろそろ警護人からは引退しようと思っていますが」

「メイドは続けるのか?」

「ええ。メイドはわたくしの天職ですので」


 嫌味もなく言い切る存在にハーフレンは深く息を吐いた。

 まあ良い。この化け物も簡単には死なないだろう。死ぬまでメイドをすれば良い。


「フレアもとんだ二代目だな」

「ええ。ですが二代目などは初代の偉業を残す存在であれば良いのです」

「……三代目は?」


 つい好奇心からハーフレンは質問していた。


「ポーラに継がせたいものですね。あれならばわたくしの偉業を塗り替え更なるメイド道を築くと信じております」

「アルグが全力で阻止しようとするだろうな」

「ならば戦争です。何か?」

「今、俺の中の気持ちが全て……アイツへの同情に変わったよ」


 メイド1人の為に戦争を辞さないメイド長と、たぶんそれを受け入れるであろうアルグスタ。

 ユニバンスは歴史上類を見ない理由……メイド争奪戦により、近い将来滅びるかもしれない。


「さてハーフレン?」

「何だ?」


 最悪の事態を想定し、どっちの味方に付くべきかを考えていたハーフレンは気持ちを入れ替えた。

 目の前の存在はあのメイド長だ。このユニバンス内で上位に入る人として最強の部類の存在だ。


 そんな化け物が明確なる怒気を放ち……ハーフレンを見ていた。


「こちらは手札を晒しました。ならば次はそちらが晒す番でしょう?」

「何のことだ?」


 一応惚ける。が、意味はなさない。怒気が殺気へと変化した。


「重ねて問いましょう。ハーフレン? 何を隠しているのですか?」


 ゾクゾクと背筋に冷たい物を感じ、ハーフレンは自分の胸の前で両の拳をぶつけた。


「お前に言えないことだよ! この化け物がっ!」




 ユニバンス王国・王都貴族区内王弟屋敷



「スィークがまだ現役を続けているのは、リアの指示もあるのだろう。まあ大半はあれが好奇心の塊で暴れるのが大好きだという問題もあるのだがな」


 苦笑し……ウイルモットは頭を振る。


 自身の息子であるシュニットやハーフレンには期待もあるが同情もある。

 この国を維持するために重ねて来た無理の代償を押し付けてしまったのだ。本来なら自らが解消すべき問題ではあるが、自ら種を蒔いてしまった都合……身動きが取れない。

 貴族たちへの不義理は全て王家への反感になる。だからせめて自分の代ではなく息子たちの代で片付くように手配はして来た。それでも問題は多い。


「済まないな2人とも」


 突然の前王の言葉に長い話を聞き終え息を抜いていた2人は、慌てて前王を見る。


「儂が半端をしたせいでハーフレンは仕事ばかりだ。夫婦仲良く過ごす日も少なく……大変申し訳なく思っている」

「「……」」


 車椅子のひじ掛けに手を突き頭を下げる前王に……リチーナとフレアは自然と目を合わせた。


「あの……お義父様」


『正室は貴女 !私はメイド!』と視線で強く主張して来るフレアの眼力に負けリチーナが口を開いた。


「正直私たちは……ハーフレン様が忙しくて救われているのです」

「救われていると?」

「はい」


 顔を真っ赤にするリチーナは、恥じらうように視線を床に向ける。

 フレアは顔には出ていないが、耳が真っ赤だ。


「あの人はその……夜の方が強くて……私だと一晩で腰砕けになってしまって……」

「私はまだエクレアの授乳もありますし……」


 ほとほと困った様子で2人はため息を吐いた。


「そうかそうか……あれは儂に似てしまったか」


 カラカラと笑いウイルモットは努めて明るく振る舞う。

 本当に良く出来た嫁を得たとウイルモットは思っていたが、2人の言葉は本音であった。


「シュニットは立場もあってあの齢で老人のような振る舞いで不安だったが、お前たちならばどちらかがこの国を継ぐ者を産むであろうな」

「「……頑張ります」」


 声を揃えて2人は肩を落とす。

 だがウイルモットは笑う。今は笑っていたい気分なのだ。


「プレッシャーを掛ける訳ではないが、2人には多くの子を得て欲しいのだよ。さすればリアはきっと子を可愛がり笑っていてくれるだろう」


 失ってしまった家族を取り戻すことはできない。けれど新しく家族を得ることはできる。

 子が孫を作る限り、家族はずっと増えて広がっていくのだ。


「頑張れ。2人とも」

「「……はい」」


 肩を落として応じる2人にウイルモットは気づいていなかった。




 ユニバンス王国・王城内尖塔



「私は私を生んでくれた家族を、一緒に育った家族を失ってしまった。そしてスィークには自分の家族を殺す業を背負わせてしまった。本当に馬鹿でダメで……」


 ギュッと膝を抱いて泣くラインリアは、そっと自分の背中に人の温もりを感じた。ゆっくり顔を上げれば……視界に入ったのは、上から下へと存在する白銀の線だった。


 顔を巡らせれば……そこには義理の娘が居た。

 いつものように奇麗に整った顔は人形のように無表情だが、それでもフワフワとひと房飛び出ている髪を揺らして彼女はラインリアの背に手を置いて居た。


「ノイエ?」

「大丈夫。1人じゃない」

「……そうね」


 家族は失ってしまった。けれど夫が居て、息子が2人居て、その妻たちが居て、孫も出来て……何より問題ばかり起こして楽しそうにしている義理の息子夫婦も居る。

 笑うことには困らない。本当に楽しく過ごせる家族が傍に居てくれる。


「もう平気?」

「ええ」

「なら」


 ノイエはそのまま逃げだそうとした。が失敗した。

 最強のドラゴンスレイヤーが、目にも止まらない速度で窓から出て行こうとしたあのドラゴンスレイヤーが、背後から羽交い絞めにされて拘束された姿をミネルバは目撃した。


「離して」

「断るわ!」


 全力で体を動かしたことで全身が軋み吐血しながらも、ラインリアは笑顔で愛らしい義理の娘を抱き寄せる。滑々の染み1つ無い相手の頬に自分の頬を擦り付け……ラインリアは満面の笑みを浮かべて笑う。


「離して」

「ダメよ。義母さんは今、とっても悲しいの」

「笑ってる」

「笑ってても悲しいの」

「笑えるなら平気」

「ダメよ。ノイエが離れたら母さん死んじゃう」

「……」


『むぅ』と唸ってノイエは抵抗を諦めた。そうなれば残りはラインリアのターンだ。

 抱いて、頬擦りをして、匂いと感触を堪能して……一連の動作をしてからまた最初に戻って、見る見るノイエの元気が失っていく様子まで観察したミネルバはハタと気付いた。


 ドラゴンスレイヤーがここに居ると言うことは、誰がドラゴン退治をしているのか?


 ミネルバは慌てて2人に駆け寄り、ノイエの脱出に手を貸す。


「邪魔をしないでミネルバ!」

「いけません。ラインリア様。その手を離して」

「離して」

「ダメよ! ノイエが向こうから来るなんて珍しいの! 今なら私は過去の全ての嫌なことを忘れられるわ!」

「過去を忘れても構いません。ですがノイエ様のお仕事だけは思い出してください」

「離して」

「嫌よ! ドラゴンなんてちょっとこっから叩いて潰すから良いでしょ! 私はノイエを抱きたいの!」

「ダメです!」

「離して」




 ユニバンス王国・王城内国王政務室



「お兄様。帰って良いですか?」

「……分かった」


 顔色を悪くして立ち去っていく弟の背を見つめ……シュニットは深いため息を吐いた。


「私も休みが欲しいぞ。アルグスタよ」




~あとがき~


 年寄りは若い人に過去を語るのです。語りたがるのです。下手をすれば同じ話を何度も聞かされます。地獄です。でも『前に聞いたよ』とか言ってはいけません。仕様です。


 意外と義理堅いハーフレンは口を割らずにスィークとリアルファイトを選択しました。

 メイド長…足の具合を把握してますよね?


 のちのことを考えたら頭痛がして来たアルグスタは帰ることにしました




(C) 2021 甲斐八雲

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