確認大切
「赤いの……」
ジッと観察しているノイエは何を考えているのだろうか?
僕の言葉を理解しているのなら、赤いのが出たら僕が死ぬのだと分かってるよね?
それなのにした後で必ず確認するのは何故ですか? 限界を見定めていますか? そんな賢いノイエは可愛くないです。
ゆっくりとアホ毛をフリフリと左右に揺らした彼女が、コロンとベッドの上で横になった。
「おやすみなさい」
満足したのか急速潜航だ。一気に眠りの世界へダイビングだ。
近頃のノイエは自由すぎると言うかフリーダムだ。ある種我が儘とも言えるのかな?
ただファシー同様にノイエはずっと我慢して来たから、多少我が儘に振る舞っても良いと思う。
自分を殺し続けるなんて良くない。具体的に言えば、何かの切っ掛けで猫化して存分に振る舞いだすとか……あれはあれで恐怖だ。
最近の王都では『猫をいじめるとファシーが仕返しに来る』と言う噂が広まっているとか。
ベッドから降りて簡易冷蔵庫から飲み物を取り出して一息つく。
流石に前回は色々とやりすぎた。
リグ以外にも黄色いノイエも目撃されてしまい……あのシュシュの中規模魔法は隠しようがなかったから仕方ない。
陛下はノイエの中にシュシュが居ることを知っているから、細かい追及は無かった。
ただ学院の方から追及が来たのは計算外だった。
僕との繋がりがあると言うことで貧乏くじを引かされたアーネス君が言うには、あの規模であれほど複雑な封印魔法を行使できる人物は歴史に名が残るらしい。
苦しい言い訳として『実はシュシュの魔法を元にアイルローゼが作った術式をノイエが展開した』と言うことにした。
髪の毛が黄色くなった理由?
仕様です。そんなのは『アイルローゼに聞いてよ』で押し切った。それを言うと『是非合わせてください』と噛みつかれたけどね。
モミジさ~ん。未来の旦那の躾がなってませんよ~。
ついでに雑談からシュシュのことも聞けた。
封殺のシュシュことシュシュは、学生やその時代の現役魔法使いたちからの評価は低かったらしいが、学院関係者からの評価はとても高かったらしい。
理由は彼女が優れた封印魔法の使い手だったからだ。
学院の地下には世に発表できない魔道具や異世界からの品が封印されていて、その大半の封印を担ったのがシュシュなのだと言う。
故に彼女の評価が低い方が学院としては良かったのだとか。
下手に高評価されて国軍などに連れていかれる方が困るので。
ぼんやりとそんなことを思い出しながら眠るノイエを眺めていたら、我が家のペットであるリスが気を利かせて彼女にシーツをかける。
器用に動き回って奇麗にシーツをかけた。
気づけばあのリスは仲間を増やし、最近では勝手にドアノブを捻って部屋の中を行き来する。出入り口用に使わせている窓の近くに濡れタオルを置いておけば、進んで手足の汚れを拭うとか。
何よりあれの尻尾はあんなフワッフワッでモフッとしていたか? ポーラの手入れ技術が進化したか?
ただ獣魔とか言う魔法でファシーの魔力を得て大きくなっただけかと思ったが、たぶんミシュより頭がいい気がする。
そう言えばあの売れ残りは何をしているのだろう? そろそろ商品棚から撤去されてバックヤードで埃をかぶる生活か?
不意にリスが顔を上げ、辺りの様子を見渡したら窓に向かい駆けて行く。
開かれたままの窓から外へと出て行った。フリーダムだ。
「ん~。……まただぞ~」
「シュシュか」
「ん~」
髪を黄色くさせたノイエが上半身を起こして腕を伸ばす。
奇麗な形をした胸が大きく揺れた。それに目が向くのは男のサガだ。仕方がない。
「したら~ちゃんと~体を~拭って~欲しい~ぞ~」
「休憩してからやろうと思ってたんだけどね」
「ん~。ノイエは~旦那君に~甘え~すぎ~だぞ~」
「甘えるお嫁さんも僕としては大好きなのですが?」
「そんな~ことを~言って~甘やかしが~過ぎる~から~ノイエが~成長~しないん~だぞ~」
「だそうです。過去にノイエを甘やかした姉たち」
「言葉が~帰って~来たぞ~」
見事なブーメランの直撃を受けたシュシュが、胸を押さえながらベッドから降りる。
床の上に立ち、準備されている洗面器にタオルを入れてそれを搾ると体を拭きだした。
お嫁さんのそんな姿を眺めるのも悪くない。
具体的に言うと美人の美形は何をしても良く似合う。
「旦那ちゃ~ん」
「なに?」
「そう~見つめ~られると~恥ずか~しいぞ~」
全身をほんのりと赤くしてシュシュが腕で肌を隠そうとする。
まあ無理だ。全ては隠せない。
「ノイエの体だから大丈夫でしょう?」
「私の~だったら~魔法で~拘束~して~いるぞ~」
「旦那に対して酷いお嫁さんだな」
「あはは~。私は~酷い~お嫁さん~なん~だぞ~」
軽く全身を拭ったシュシュがタオルを置いてフワフワと僕に近づいて来る。
「だから~ノイエの~体で~旦那様を~誘惑~するん~だぞ~」
「ノイエの体じゃなくてシュシュ本来の体でも十分誘惑されるけどね」
「……胸が~」
「そこまで小さく無いって」
胸に手を当てるシュシュに僕は事実を告げる。
目の前に存在するはノイエの隠れ巨乳だ。どこでも流行っているのか貧乳教よ? 君らの勢力に僕はビックリだ。
「でも~リグの~」
「比べる相手を間違えています」
貧乳界の住民は上ばかり見すぎなのです。
それにシュシュは貧乳ではない。普通だ。どっちつかずだ。しいて言えば無所属だ。あくまで僕個人の意見です。
「シュシュが魔法の知識でアイルローゼには敵わないでしょう? それと同じです。リグに対して普通の人では決して勝てないのです。あれに勝てるのは……馬鹿兄貴の嫁さんぐらいか」
「フレア~?」
「あれは愛人です」
「ん~」
フワっと揺れながら僕にキスしたシュシュが離れる。と、フワフワを止めた。
「昔のフレアは一途に王子様を愛していたんだけどね。もう見てて恥ずかしくなるくらいに」
「……色々あったんでしょう? きっと僕らが聞いたら『そんなこと?』とか思うようなことでも当事者には大事ってこともあるしね」
「旦那様の大事は?」
「ノイエが貪欲で困ります」
「あはは。贅沢な悩みだ」
そっと僕の首に腕を回してシュシュが甘えて来る。
「前回のご褒美をおねだりしても良いのかな?」
「おねだりしてくれるの?」
「ん~?」
小さく首を傾げたシュシュが顔を赤くした。
「酷い旦那君だぞ~」
「しないの?」
「……」
無言でギュッと抱き着いて来たシュシュが耳元に唇を寄せる。
「して欲しいの……恥ずかしい」
何かに耐えられなくなったのか、離れようとするシュシュを逃さない。そのまま抱きかかえてベッドへと運ぶ。
僕だってお嫁さんをお姫様抱っこできるくらいの力はあるのです。
長時間は無理だけど。長距離も無理だけど。だって僕は非力な男ですから。
「ねえ旦那様」
「ん?」
ベッドの上に押し倒したシュシュが潤んだ瞳で僕を見る。
「やっぱり私は回数よりもこの瞬間だけ貴方を独占する方が良いみたい」
「何かシュシュらしくないぞ~」
「もうっ!」
揶揄うとシュシュが頬を小さく膨らませた。
「でもそれを望むのなら僕は君の希望に応えよう」
「……ズルいんだぞ」
小さく呟いてシュシュは目を閉じた。
「……」
その存在はずっと絶望の中に居る。
1人になるといつも膝を抱くようにして……彼女は壁を背に座っていた。
名をミャンと言う。
「……」
自分の大切な、愛して止まない幼馴染が……結婚したらしい。
相手はあのノイエの夫だと言う。
世界が滅んだ気がした。
自分の中でガラガラと音を立てて全てが崩れ落ちた。
もう存在しているのも憂鬱だ。
そう言えば幼い頃のシュシュは異性に興味を持つことは無かった。
無かったが……ただ唯一、平民の少女が王子様と結ばれるそんなありふれた物語の本を読んでいた。
『好きなの?』と問えば彼女はいつもの気の抜けたような笑みを浮かべ『違うよ~』と言う。
でも彼女はその本をよく読んでいた。表紙がすり減るほど読んでいた。
あの本は今、何処にあるのだろう? それも分からない。
「……死にたい」
ミャンが過去に記憶を馳せるのはそれが救いだからだ。
今の状況に意識を向けると死にたくなる。
最近あの魔女が死んだらしいが、それだって一時的だ。必ず蘇る。
「死にたい」
「ならその命を買っても良いかしら?」
声がして顔を上げれば……フードで顔を隠した存在が居た。
刻印の魔女と呼ばれる規格外の化け物だ。
「殺してくれるの?」
「望むならしてあげても良いけど……消えるまで仕事を頼みたいの」
「何をすれば良いの?」
自暴自棄になっている相手に、魔女は軽く笑うと腕を振るった。
空気が震えキラキラと光の粒が舞う。粒は集まり……そして人の形を作った。
「っ!」
よく似ていた。あの可愛いノイエによく似ていた。
でもノイエでは無いとミャンは見抜いた。色々と違うのだ。そう色々と。
「ノイエの姉よ。今は眠ったままで起きないけれど」
「……何をすれば良いの?」
再度の問いに魔女は口角を上げてニィッと笑う。
「その子の管理と世話ね。ずっと眠ったままでいつ目覚めるか分からないけど……貴女たちと違って自然回復しないの。だからそのまま寝ていると床ずれを起こすのよ」
その世話が面倒になり、魔女は下請けに出すことにしたのだ。
「世話。任せても良い?」
「うんうん」
全力で上下に動く頭を見て魔女は笑みを残し、その場から消えた。
残された2人……ミャンは、その目をキラキラと輝かせ自分の前に横たわる存在に手を伸ばす。
「まずは確認よね。怪我や傷も治らないと言うし……確認大切」
堪えきれない胸の内から溢れる感情に飲み込まれながら、ミャンは満面の笑みを浮かべて両手の指をワキワキと蠢くように動かした。
~あとがき~
確認大切…新しい四文字熟語かw
ミャンが何をしたのかは知りません。彼女は誠心誠意確認をしただけです。その方法はミャンのみが知ります。
ずっと絶望していたミャンはこれ以降寝る間も惜しんでノーフェのお世話をします。誰も近づけさせません。来る者は全て敵です。魔法で絞殺しますが何か?
意外と可愛らしいシュシュですが…普段のやる気は限りなくゼロ。
だからストーリーに乗せても全く動かない。困ったちゃんです。
刻印さん…本当に好き勝手やってるな…
(C) 2021 甲斐八雲
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