そのご注文承りました
ユニバンス王国・王都郊外ドラグナイト邸
「んふ~」
上機嫌でレニーラが寝室の床の上をクルクルと回っている。
部屋の隅では顔色を紫にしたポーラがガクガクと震えながら股裂きの拷問……踊りの練習をしている。前に比べるとだいぶ開くようになっているけどまだまだだな。
「もうちょっとだね」
「あぁああぁああぁ~!」
ポーラの大絶叫とか初めて聞いたかな? かなりのレアだ。
容赦無き踊りの師であるレニーラは、ポーラの肩に手を置いて体重を下へと掛けるのだ。
僕があんなことをされたら股が裂けるかもしれない。ポーラの場合は、ボロボロと泣きながら我慢している。
本当にポーラは我慢の子だな。そんな様子を僕はぼんやりと眺めていた。
現在の僕はベッドの上で腰のケアをしています。うつ伏せで腰には温めたタオルを置いております。出来たらこのまま温泉に行きたい気分です。
ノイエの姉たちと一緒に温泉とか……妄想でも僕の中で酒池肉林が成立しないのはあの姉たちが悪いのだと思います。と言うか逆酒池肉林なら成立しそうな気がするのは何故だろう?
「ん~」
時折クルクルと回って来たレニーラがポーラの肩を押す度に絶叫が響く。レアの連発だ。
ミネルバさんが居なくて良かった。何でも彼女は現在メイドランドに戻って修行しているとか。
『ポーラ様からの試練に耐えられない私はまだまだです』とか言いながら骨折しているのにメイドランドに出戻って……怪我を悪化させていなければ良いんだけどね。
「にいさま」
「ほい?」
「もうむりです」
パタリとポーラが倒れた。
燃え尽きたか……君は頑張ったよ。
「あら~。まだまだだね」
「鬼畜か」
「何でよ!」
「普通そこまでするか?」
股よ裂けろと割ろうとするのは鬼畜の所業だぞ?
「だから私が居た所だと、これぐらい普通だったの」
「人権無いのかよ~」
「人権って何よ?」
「……人が人として持ってる権利?」
「そんなの無いわよ。私はお金で売られたの。だから壊れなければ何しても良かったのよ。壊れるまで色々とされたけどね」
何その矛盾? 人権何それな残酷話だな?
クルクルと回りながらレニーラが軽く舞う。
「踊りの才能があった私は生き残れた。でも才能の無かった子はそれからまた売られていった。
同じ時期に買われた子が最終的にどこに行ったのか私は知らない。運が良ければ貴族の愛人とか、騎士に下賜されてとかで生きてるかもしれないけど……大半は娼館に売られて病気を貰って死んでるはずよ」
タンッとポーズを決めて彼女はこちらを見る。
とても悲しい物語を語っているのだが、それはレニーラが体験した出来事でしかない。
「レニーラって意外ときつい人生歩んでるんだね」
「以外って心外な!」
また踊り出したレニーラが僕の前に飛んで来て軽く頭を叩いていく。
「こう見えても苦労は人並み以上にして来たんだからね」
「そう見えないな」
「……喧嘩売ってる?」
「売るほど体力が残ってません」
「だらしない」
「無理を言うな。一晩中ノイエの相手をしてから延長戦とかマジで死ぬ。で、明日の仕事を思うと憂鬱な余りこのまま旅に出たくなる」
「あはは~。旦那君は真面目だね~」
クルクルと回ってレニーラが踊る。
「まあ私には踊りがあったから助かったけどね。こうして好きなだけ踊っていれば美味しい物も食べられたし、良い服も着れたしね。
でもこんな私を欲しがる貴族とか居て……大金積んで値段交渉されてたんだよね」
「まあ分かるかも。レニーラは見た目だけなら凄く良いしね」
「でしょ~? ……見た目だけ?」
ピタリと止まってレニーラが恐ろしい笑みを浮かべる。
「今のは失言かな~?」
「本心寄りの失言です」
「問答無用!」
床を蹴って宙を舞ったレニーラがベッドの上に舞い降りる。
背後から僕に乗りかかり首に腕を回してギュッと絞めて来た。
「し~ぬ~」
「死んでしまえ! こんな奇麗なお嫁さんに対してそんな暴言を!」
「あ~。背中に胸が~」
「この旦那は~」
軽く首を絞めながら、レニーラが胸を背中に押し付けて来る。しばらくそんな時間を過ごし、『あはは』と笑い合う。
レニーラはそのまま僕の頬にキスすると、また床に移動して踊り出した。
「ねえレニーラ」
「なに?」
「踊ってよ」
「ここで?」
止まって両手を広げた彼女があたかも狭いと言いたげに見える。
我が家の寝室はたぶん30畳とかあると思う。家具とかあって踊れる場所は半分ほどだ。
「せめて外でなら全力で踊ってあげるけど~?」
「だったら服を着ろよ」
「あはは~」
笑いながら“全裸”のレニーラがクルクルと回る。
そう言えば全裸のレニーラに服を着せようとして、『私に服を着せたかったら股がどれぐらい割れるか見せろ~』と言われてポーラが股裂きの刑に処されたのだ。
「私は自由だ~」
「……こうしてレニーラは変態への階段を昇って行ったのでした」
「変態じゃないから!」
全裸で踊っている人にそう言われてもね~。
眼福だからずっと黙って眺めていたけどさ。
「ん~。やっぱり外は良いね~」
屋敷を出て庭という名の雑草が生える我が家の敷地内に舞姫が軽く足踏みをしている。
ちゃんと服を着たレニーラは、ベリーダンサーの姿を模した衣装を身に着けている。色は赤だ。
エロいはずの服装なのに、長い四肢を持つレニーラが纏っていると本当によく似合っている。
「ねえ?」
「ほい?」
「何か音は無いの?」
「無理を言うな」
準備して貰った椅子に腰かけながら僕は呆れる。ウチの屋敷に音楽家は居ない。
居るのはメイドさん8割で、あとは料理人と力仕事をする下男と呼ばれる男性たち2割だ。
と言うわけで全員集合です。
本日お休みで王都に出ている人たちを除き、我が家で働く人たちを全員集める。
ただ雑草の上で軽く足踏みしている存在の説明はしない。
するのも面倒だし、何より踊れば分かる。
「この中で楽器の演奏が出来る人っている?」
メイドさんが何人か手を上げる。
ただ楽器が手元にあるのは2人だけらしい。2人とも横笛を吹けると言うので持って来てもらう。
「2人で演奏できる曲をお願い」
当主命令ってことでお願いしたら、2人は話し合って練習曲のような物を演奏することになった。
笛の音がゆったりと響きだし……どうして集められたのか分からないメイドさんたちが、静かに動き出したレニーラに目を向ける。
雨期を終えて気温が上昇する現在は、地球で言う夏だ。
天気は良いけど風は無い。けれどレニーラが動き出すと、不思議と風が吹いている気がした。感じた。
軽く踊っているはずなのに、その動きに風を感じるのだ。
それからは視覚の暴力だった。
圧倒的な存在感を見せつけるレニーラが、庭が狭いと言いたげにあっちに飛んでこっちで跳ねてと踊り続ける。
その度に風を感じる。草木は揺れていないのにだ。
メイドさんたちは視線を外すことが出来ない。あれは人の魂を魅了する踊りだ。
僕が魅了されないのは簡単。最初から魅了されているから、今更その沼に捕まらない。
笛を吹く2人の方が大変そうだ。魅了されているからか笛を止められない。
自分たちが笛を止めればこの奇跡が終わると理解しているからこそ、死にそうな顔をしていても笛を吹いている。
「凄いわね」
「出たな性悪?」
「失礼な」
ポーラの姿をした悪魔が姿を現した。
普段ならメイドさんたちの前で姿を現さないが、今は全ての視線をレニーラが集めている。
「もっと広い場所で全力で踊らせてあげたいわね」
「舞台は準備できるんだけどね」
「ふ~ん」
腕を組んで悪魔が何やら考え込んだ。
「ねえ馬鹿なご主人様」
「何でしょう?」
「私が好きにやって良いなら手を貸すわよ」
全くこの悪魔は……。
「……何処までやる?」
「一応首謀者が術式の魔女と思われる程度に細工はするわよ」
ならば誤魔化せるか?
うん。いつも通りの行き当たりばったりで行こう。
問題はその先生なんだよな。
「……その先生は魔眼の中で液体になってるって聞きましたけど?」
「肉の混ざった吐しゃ物程度に成長してるわね。ピクピクと肉が動いてるのが新しく吐き気を誘うけどね」
「それは聞きたくない」
想像してた吐きそうになったわ。
「で、どうするの?」
「分かってることを聞かないでよ」
「そう」
ポーラの姿をした悪魔がクスリと笑う。
「オーダーは?」
「容赦ない舞姫の舞いをお願いします」
「了解です」
フワっと僕の前に移動してきたポーラが恭しく一礼する。
「そのご注文承りました」
~あとがき~
燃え尽きた旦那様の前でレニーラは普段通り踊ります。
本人的にはただの運動ですが、王都在住の踊り子が見たら嫉妬じゃ済みません。年齢次第では踊ることを辞めるほどの物です。でもレニーラ的にはただの運動です。
先生はひき肉入りの液体ぐらいに成長しました。想像しないでください。
で、楽しいことがあれば湧いて出て来る刻印さんは…出番のようです。
作者の語彙力と文章力を考えた演出を願いますw
(C) 2021 甲斐八雲
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