お前の足はもう死んでいる

 朝日よ……生きて君を見られるなんて僕は思っていなかった。


 カーテンの隙間から姿を覗かせる存在に僕の心は安らぎを得る。

 宣言通りノイエは寝なかった。一晩中起き続けていた。


 何をしたかって? 全力で楽しんでいたさ! 僕を使い存分に。


 艶々の肌を見せながらノイエがお風呂へと向かっていく後姿を見送る。

 徹夜明けでも食事を摂れば疲労ゼロで仕事に向かえるとかマジ詐欺だ。


「にゃん?」

「ファシー?」

「にゃん」


 鳴き声は猫だけど、その姿はスケスケのキャミソールなファシーが僕にすり寄って来る。


 猫耳パーカーはポーラに取り上げられた。

『毎日同じ服なんて汚いです』と言われ洗濯に回されたのだ。


 ただ我が家にはとある魔女が作ってくれた衣服乾燥機的な魔道具が存在している。概算だと国宝クラスの一品らしい。主に魔力持ちのポーラが魔力を注いで稼働している。仕上がりは天日干しに匹敵するほどカラっと乾くらしい。

 ので、ファシーのパーカーは、もう乾いているはずだ。


「にゃん」

「ダメだよファシー。今の僕は……」


 すり寄って来るファシーの可愛らしさに何かを忘れていた。で、思い出した。

 彼女はちょっと前に何て言っていた?


 うつ伏せでベッドの上に居る僕に跨り、ファシーがその顔を耳元へと寄せて来る。


「我慢したよ? ノイエと2人で……ズルいよね?」

「あの~ファシーさん?」


 恐る恐る肩越しに振り返って、僕は視線を元に戻した。

 雌が居た。雌猫が居た。妖艶なまでの笑みを浮かべ、それでもその目は決して変わらない。弱った獲物を見つけた狩人の目をしていた。つまり僕を美味しそうな獲物として見ている。


「ふっ……ぬがぁ~!」


 必死に手足を駆使して逃げようとするが、ファシーの手足が逃れようとする僕のそれを払う。逃げられない。


「ファシーは格闘技とかダメだよね?」

「習ったの。カミーラに」

「あの師匠は弟子にどんな修行を!」


 カミーラは君の魔法の師匠じゃなかったの? 武術もですか? 何してくれてるの!


「カミーラは必要ないって言ってたけど……くひひ……必要だよね?」


 これを想定してでの修行だったのなら正解だと思います。

 必死に逃れようと手足を動かし、体を捻り……気づけば安定のマウントポジションだ。もちろんファシーが上で僕が下。どうしてこうなるの?


「凄く良い……アルグスタ様の表情、凄く良い……くひひひひ」


 そしてどうして君はドSになるとそんな流暢に喋るの? 表情豊かなの? 笑い声が怖くなるの?


「ファシー? 残念だけど一晩中ノイエに襲われて……」


 悲しいけれど打ち止めなのよね。


「大丈夫。ノイエも言ってた」

「何が?」

「出なくても出来るって」


 目がマジだ。と言うか僕が苦しむところを見れればどうでも良いんだろう。


「た~すけて~! 結構本気で~! だ~れか~!」


 ほらほらノイエさん! 貴女の夫が浮気してますよ! 独占するんだよね? 独占して!


 バンッと扉が開いて外出準備バッチリのノイエがベッドの上に居る僕らを見た。


「アルグ様」


 独占期間中の浮気は許せないよね? そうだよね?


「また今夜も寝ない」

「……はい?」

「行ってきます」


 開いた扉を確りと閉めて、ノイエさんが出勤して行きました。

 つまりファシーとするから罰として今夜も眠らせないと? 何この無限ループ的な僕殺しは?


「くひひ……いただきます」

「いや~! ファシー止めて~!」

「泣いても騒いでも誰も来ない」

「って普通逆だから! ってファシーさん? ちょっと待とうか? どこに何を?」


 それはダメです。ダメなのです。許してファシーさん!


「大丈夫。これで……何度でも蘇るらしいから」

「いや~! 本当に枯れるから~!」



 しばらくしてポーラが部屋にやって来た。

 カサカサの僕に何とも言えない視線を向けると、ファシーを連れてお風呂へと向かう。


 後で聞いた話だと、無事に着替えてファシーは中に戻ったっぽい。


 そして僕はベッドの上で気絶し、どうにか復活したと思ったら、仕事を終えたノイエが飛び込んできて……まさかの2夜連続徹夜に突入することとなるなんて思いもしませんでした。




 ユニバンス王国・王都内下町



「ナーファ。次を」

「……はい」


 終始機嫌の悪そうな姪が診察室を出て行く。


 最近は怖いぐらいに熱心に技術の習得を求め治療の風景を見ている。

 見ることは大切だ。見て学び、やって学び……そして技術は血肉となるのだから。


 コツコツと杖を突く音がし、キルイーツはふと視線を診察室の戸に向けた。


「失礼します」

「やはりか。メイド長殿」

「やはりの意味が分かりませんがね」


 告げてメイド長……スィークは医者と向かい合うように椅子に座る。

 手にしていた杖は見習らしいメイドが受け取っていた。


「無理して来なくとも良かろう?」

「いいえ。ここには来るべきだと判断しました」

「何故?」

「足の治療と」


 スッと彼女の目が細まる。


「貴方の亡き弟子が姿を現したと聞けば当然かと?」

「ふむ。やはりな」


 わざとらしく腕を組んでキルイーツは渋い表情を作る。


「だが何も答えられんよ」

「何故?」

「口止めをされている」

「……」


 別に口止めなどされていなかったが、キルイーツはそう言った。


「話すとどうなるのでしょうか?」

「分からん。ただ私の大切な娘に会えなくなるような気がしてな……気がするだけだが」

「その思い込みで国に関する大事なことを言わないと?」

「大事であるなら余計に言わんよ。何よりあの馬鹿弟子には、ナーファの高い壁で居て欲しいと私は思う。それだけだよ」


 笑い彼は立ち上がると、洗面器の水で手を洗い濡れた手を奇麗なタオルで拭いた。


「治療と言ったな?」

「ええ」

「そのほとんど機能していない足を治す方法など無いと知ってて、それを言うのか?」


 医者として彼は静かで冷たい目を向ける。


「せめて杖無しで歩ければと」

「無理だ。お前の両足はとうに限度を超えた。今のその足は存在しているだけの飾りだ」


 医者の言葉に控えていたメイドが一歩足を進める。二歩目は無い。スィークが片手を上げて制したからだ。


「どうせまた杖を使わず歩いて見せたりしたのだろう? その足はもう手の施しようがない」

「はっきりと嫌なことを言う医者ですね」

「言うことを聞く患者には優しいものだ。ただお前のような医者の忠告に耳を傾けない愚か者には同じ程度の言葉遣いで十分だと私は思う」


 メイド長の前で跪き、軽く捲られたスカートから覗く包帯を巻かれたその足に手を伸ばす。

 祝福を使い足の中……骨や筋肉、腱など全てを確認する。


「何をした?」

「いつも通りに立ち振る舞いましたが?」

「それをするなと言っている。本当にお前は医者の言うことを聞かない愚か者だな」


 相手の足から手を引き抜き、キルイーツは改めて両手をタオルで拭う。


「骨はボロボロ。筋肉もズタズタ。腱は伸び切り……これほど状態の悪い足を私は見たことが無い」

「ここにあるそうですが?」

「お前以外でだ」


 告げて彼は息を吐いた。


「はっきり言おう。医者としてお前には現役を退くことを強く勧める。もう屋敷に籠り……近頃流行りの車椅子にでも座れ」

「わたくしに立って歩くなと?」

「そうだ。お前の足はもう死んでいる」

「酷い言われようですね」


 控えのメイドが両足の包帯の具合を確認し、離れたのを見てスィークはスカートを正した。


「それでキルイーツ」

「何だ?」

「……弟子は本物でしたか?」

「ああ。本物だったよ」


 椅子に戻り、スィークのカルテらしき物に書き込みをした彼は、筆記用の木製ボードと羽ペンを机に戻す。


「懐かしさすら感じる治療が出来た。あれが出来るのは今はリグだけだ」

「なるほど」


 柔らかく頷き、スィークはメイドの手を借りて立ち上がる。杖も受け取る。


「もう引退しろ。スィーク」

「わたくしに死ねと?」

「歩けなくとも弟子は育てられるだろう? 何よりお前の所は優秀な弟子だらけだ」


 苦笑しキルイーツは患者の顔を見る。


「私なんて弟子を得ることなど考えていなかったせいで、今になってこんなにも苦しんでいる。人を育てると言うのは存外難しい物だな?」

「ですからあの少女はあんなにも怒って?」

「あれはリグにその実力をボロクソ言われた結果だ」

「はっ」


 相手の言葉にスィークは笑い、そして歩き出す。


「互いを罵り合うように治療する……それがここのいつもでしたね」

「そうだな」

「……それを知らない姪は、きっと姉弟子の言葉に憤慨したことでしょうね」


 肩越しにスィークは相手を見る。


「言葉の裏側を理解しなければいけない文句などただのイジメでしょうに」


 全てを知っていると言いたげなメイド長の言葉に、キルイーツは少しだけ肩を竦めると自分の胸元を軽く叩いた。

 忍ばせているリグからの手紙の上からだ。




~あとがき~


 生きて朝日を見つめた主人公は…猫に襲われ燃え尽きましたw

 だってこの猫は大好きな人が苦悶するところを見るのが好きだから~!


 スィークはリグが姿を現した治療院へ。

 実はメイド長は、もう引退を強く勧められるほど両足が終わっています。

 それでもこの人は現役を続けるのです。その理由は…語ったら話が長くなるぞ? どうする?




(C) 2021 甲斐八雲

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