異世界じゃなければ……

「お疲れ様~」

「だぞ~」

「……そうだねぇ~。少し疲れたよぉ~」


 苦笑じみた様子で息を吐き、ティナーは静かに頭を振る。


 最後の最後で祖父からの遺言を果たし、そして悪者になってしまった。そう思っていた。


「ノイエの姉を殺してしまったねぇ~」


 眼前に広がるノイエの視界には、ゆっくりと消え始めている彼女の姉の姿があった。

 こっそり映るユーリカはまだしばらく大丈夫そうだ。たぶん霊体となりそれほどの時を過ごしていないから、存在が薄まっていないのだろう。故にまだしばらくは地上で存在していられる。

 けれどあの子の姉は違う。とっくに限界を超えている。だからこその敬意だった。


「冥府魔道に落ちた時に家族に自慢できそうな話だねぇ~」


 それがどんなに悲しい終わりだとしてもだ。


「ん~?」

「だぞ~?」


 ただ話しかけたレニーラとシュシュは同じ角度に首を傾げている。


「どうかしたのかねぇ~?」

「きっと今から凄いことが起きると思う」

「だぞ~。こんな~場面を~あの~魔女が~逃さないぞ~」

「なに」


 ティナーの言葉が途切れた。

 嫌な気配を感じて視線を向ければ、ノイエの視線の先には右の瞳に金色の模様を浮かべた少女が座っていた。


「……刻印の魔女?」


 魔法に通じる者であれば、誰もが知りえる伝説の魔女がちょこんと座っていたのだ。



 そしてティナーは自然の摂理などを無視した豪快で不条理な何かを目撃し……静かに魔眼の深部へと戻って行った。

 もう外に対する未練や後悔の念はない。あとは静かにノイエの死終わりの時を待つだけとなったからだ。




 ユニバンス王国・王都内スラム廃墟



 で、義姉さんはポーラの右目に飲まれた。

 どうやらあれは完全に魔眼らしい。いつの間に移植したの?


 それは良い。それは良いのだが……突然姉を失ったノイエがフリーズしている。徐々に動くようになり、それから辺りに目を向ける。抱きしめて居た姉はもう居ない。残念だが居ない。

 ただそれをあっさり飲み込めるようなノイエじゃないことも僕は知っている。


 ほら……こっち見たよ。


「アルグ様」

「犯人はあれです」

「はい」

「ちょっと!」


 詰め寄られる前に犯人を指さす。

 するとノイエはこっちに向かう途中で横に曲がりポーラの姿をした悪魔を確保した。


「お姉ちゃんは?」

「保護! 保護したから!」


 ノイエに猫持ちをされた悪魔がジタバタと暴れる。実にいい気味である。


「どこ?」

「今の右目の中に……その指は何?」

「取り出す」

「取り出しちゃダメ~」


 嘆くが良い。嘆くが良い。悪事は必ず自分の身に帰って来るのだよ!

 あれ? 何か飛んで行ったブーメランが戻って突き刺さったような感覚が?


「助けなさいよ!」

「好き勝手やってるんだから少しは反省が必要かと?」

「へーはーほー。2人してそんな態度を取るのね? この私に?」


 猫持ちされた状態で凄まれましてもね?


「良いわよ。分かったわよ。ならこのお義姉さんは魔眼の中ですっごいことしてやるんだから! R18以上のR36ぐらいなことをしてやる! ドロドロで画面全部がモザイク必要なくらいの!」

「ダメ」

「ダメじゃないですぅ~。決定事項ですぅ~」

「ダメ」

「もう決めました~」

「むぅ」


 言い負かされたと言うか分の悪いノイエがこっちを見る。この馬鹿賢者は子供か?


「アルグ様」

「はいはい」


 全く……今の僕は頭の怪我で結構辛いんだけどね。


 立ち上がろうとしたら目の前に星が散った。チカチカチカと瞬いて、立とうとした僕の膝から力が抜ける。あっこれ本格的にダメなヤツだ。

 前のめりに倒れ込もうとする僕をノイエが抱きしめて支えてくれる。

 ちなみに悪魔はポイ捨てだ。ひっくり返ってピンク色の下着を見せていた。


「ダメ」

「はい?」


 ふと震える声に視線を動かせば、ノイエがポロポロと涙を落としている。

 今日のノイエは……そろそろ限界かな? いっぱい頑張ってるしね。


「大丈夫。無敵のアルグスタさんはこれぐらいじゃ消えません」

「……本当に?」

「本当だよ。だってノイエが言ったでしょう? ずっと一緒って?」

「はい」

「だから長生きするのです。心配しなさるな」

「はい」


 ギュッと抱き着いて来たノイエが僕の胸に顔を押し付ける。

 何か可愛いな。本当に僕のお嫁さんはズルいぐらいに可愛い。

 優しく抱きしめ返してあげると、ノイエが増々甘えて来る。

 本当に限界なんだろうな。今日はたくさん色んなことがあったしね。


 この可愛さに免じて馬鹿のお仕置きは次回延期だな。

 今は甘々なノイエを抱きしめて居たい。


「あの~?」

「はい?」


 ノイエをギュッとしていたら、恐る恐る声をかけられた。

 振り返ると半ば消えかかっているユーリカと目が合った。と言うか両手で頭部を持って突き出していた。どんな強調だ?


「そろそろ私も限界なんですけど?」

「そうか。分かった。逝って来い」

「扱いの差が!」


 吠えるな頭部。


「あっちはあんなにも感動的だったのに? 私は? 私には無いの?」


 欲張りちゃんだな?


「だってユーリカは前に1回やってるしね。そんな我が儘を言ってると、ノイエの中の姉たちが怒りに来るよ?」

「あ~。それはちょっと~」


 突き出していた頭部を引っ込めてユーリカが及び腰になった。


「会いたくない人でも居るの?」

「あはは~。比較的全員かな?」

「凄いな。本格的に」


 あの姉たちを全員敵にするだなんて僕にはできません。


「だってノイエをそんな風にしたし、前回のことを持ち出されたら……私たぶん出会い頭に殺されると思う」

「心配無用だ。お前はもう死んでいる」

「そうなんだけどね」


 頭部のみで器用に苦笑するユーリカに、僕から離れたノイエが歩み寄る。

 そっと腕を伸ばして……抱き着こうとして動きを止めた。彼女が持つ頭部が邪魔っぽい。


「邪魔」

「ノイエ~!」


 むんずと掴んでポイと投げる。

 悲鳴を上げながらノイエに投げ捨てられたユーリカの頭部は、僕の方へと飛んできたから無事にキャッチする。


「ノイエ。お姉ちゃんの頭で遊んじゃダメです」

「……枕」


 ユーリカの胸は枕ではありません。


「ごめんなさいは?」

「ごめんなさい」


 謝ったから良しとしよう。


 で、ノイエは迷うことなくユーリカの胸に飛び込んでその谷間に顔を押し付けている。

 あれが伝説のパフパフか……今度リグでやってみよう。ホリーでも十分だけど、お姉ちゃんはその後が大変だからな。やはりリグか。


「で、ユーリカ」

「ん?」


 器用に体はノイエを抱きしめている。されたい放題なので下乳を覗かせ……もう良いです。好きなだけ見せるが良い。僕は決して逃げたりしない。正面から迎え撃とうぞ!


「どうするの? ノイエの義姉さんのように飲み込まれてみる?」

「あ~。あれはお1人様限定だから~。あんな高度な魔法をポンポンと出せませんから~」


 クルクルと踊りながらウチの愛らしいメイドが通り過ぎた。

 何か良く分からないけれど、全力でグーで気力の続く限り殴りたい。


「だったら私はまた元に戻るわよ」

「良いの?」

「ええ」


 クスリと笑ってユーリカは必死に顔を動かそうとする。

 そっと手伝って視線をノイエへと向ける。


 嫌な光景だな。頭部無しの体に抱き着いているお嫁さんの図って。


「ノイエのお姉さんがあれほどの根性を見せたんだから、ノイエに悪いことをいっぱいした私はそれ以上に頑張らないと」

「別にノイエは気にしないと思うけどね?」

「それでもよ。それでも私が気にするのよ」

「そうっすか」


 ゆっくりと歩み寄って抱き合う2人の……ユーリカの首の上に頭部を乗せる。


「馬鹿賢者~」

「異世界じゃなければ……こんなサービス滅多にしないんだからね!」


 クルクルと回りながらやって来た小さなメイドが文字を綴って魔法を作る。

 それを押し出したら……見事に発動してユーリカの首が奇麗に繋がった。


「ありがとう」


 柔らかく笑い、ユーリカは最後までノイエを抱きしめて微笑んでいた。

 そして消えるようにゆっくりと姿を薄くして……遂には消えた。


「ユーは?」

「ノイエの後ろに戻ったね」

「うしろ?」


 抱きしめて居た存在を失いノイエが僕に声をかけて来る。

 前もって準備しておいた返事に、彼女は肩越しに自分の背中を見る。


「見えない」

「うん。でも居るよ」

「はい」


 目には見えない。触れることはできない。でもノイエの背後に立って傷つけた妹を守護する。それが今のユーリカだ。

 それを知れただけでも今回は色々と無理をした甲斐もあった。


「アルグ様?」

「ん?」

「顔、悪い」


 人聞きの悪い。誰の顔が悪いですって?

 僕はあのイケメンお兄ちゃんと同じ血を引いているのです。真ん中に無骨な馬鹿が混ざってますが、あれはたぶん失敗例で……ってどうしてお空が見えるのかな?


 グラグラと揺れる世界の中で、僕は空を見た。

 何故なら背中から後ろへ倒れ込んでいたからだ。




~あとがき~


 ティナーはノリで生きる刻印さんの本領を知らなかったわけで…で、知って安どして魔眼の深部へと戻っていきました。


 姉の次はユーリカです。

 ユーリカはノイエの傍にいることを望み…戻りました。


 で、実はノイエの台詞の中に恐ろしい物があることに気づきましたか?


『見えない』のであって自分の後ろに居ることは分かっているっぽいのです。

 よってノイエは今後『おまじない』を使いたがらないでしょうね。だって自分の後ろには『良く分からないけど自分を見守ってくれる何か』ではなく、ユーが居ると知りましたから…




(C) 2021 甲斐八雲

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