酷い終わり方をするんだろうねぇ~

 ユニバンス王国・王都内スラム廃墟



 咄嗟に反応してノイエは彼を押した。

 彼の居た場所に大きな腕が通過し、それに反応して疲れる攻撃を繰り出す。

 パンッと弾けて大きな嫌なモノが消えた。


「アルグ様」


 少し胸の奥が痛んだが良いことをした。したはずだ。きっと彼が頭を撫でてくれる。

 そう思って顔を向けたら……彼は生ゴミの中に横たわり、全身をビクビクと震わせていた。


 何が起きたのか良く分からない。だから視線を動かす。

 まず見たのは自分の頭を抱えて持つ姉だ。ユーだ。


「……」


 器用に抱えている頭を左右に振って来た。意味が分からない。


 次いで視線を巡らせる。

 今度は最も信じられる人だ。お母さんと思っていたほどの人だ。


「……」


 お姉ちゃんはただ肩を竦めて苦笑していた。


 ただ両者とも雄弁に語って来る。『貴女がやったのよ』と。


 つまりそう言うことだ。そう言うことらしい。どう言うことだろう?


 クククと首を傾げてノイエはよく見る。

 大切な彼がビクビクと震えていた。


「アルグさま~!」


 らしくないほどの大絶叫だ。


 叫んでノイエは相手の元に一瞬で移動した。

 抱き起こして……反応が無い。


「アルグ……お姉ちゃん!」

「はいはい」


 これまた瞬間移動して来た妹に対して姉であるノーフェは慣れた様子で対応する。


「大変よノイエ」

「なに?」

「意識が無いわ」

「!」


 アホ毛を奇麗な『!』の形にしてノイエはその場で硬直する。

 だが姉は手を抜かない。最後だからと言って手抜きはしない。


「手当てするから周りの邪魔なのを全部片づけて」

「全部?」

「そうよ。邪魔されたら……ね?」

「はい」


 義姉の言葉は絶対だ。何より大切な人が……許せない。


 ギュッと硬く両手を握りしめ、ノイエはユラリと歩き出す。

 問答無用の大虐殺が始まった。亡者が相手だが。


「何かノイエが凄いことに」

「本当よね~」

「……けしかけましたよね?」

「良いでしょ? 最後ぐらいあの子も少しは色々と学ばないと」


 告げてノーフェは自分のスカートを裂いて包帯と手拭いを作る。

 義理の弟の顔や傷口を拭いて包帯を巻きつけた。


「これぐらいしか出来ないんだけどね」

「大丈夫です。ノイエの家族には治療に特化した子が居ますから」

「あの子ね」


 何度かノイエの背後から見たことがあった。

 小さいのにとにかく大きいのだ。おかしなぐらいに。


 一応妹の夫を安静にし、ノーフェは体を動かす。


「何か逃げようとしてるわね?」

「ですね」


 どさくさにまぎれ老人が地を這い必死に逃げている後ろ姿に2人は目を向ける。


「始末しますか?」

「出来るの?」

「ここから石でも投げて」

「だったらその頭でも投げれば?」

「……自分の頭ですから」


 両手で抱えユーリカは自分の頭部を死守する構えを見せる。


「全く」


 最後ぐらいは無理をするかと思いノーフェは足を動かす。一歩動き、二歩目は動かない。


「ノイエ?」

「ダメ」


 妹が横に来て抱き着いていた。


「もう限界なの……お姉ちゃんを休ませて」

「それでも」

「ここの掃除も終わってないでしょう? 貴女は言われたことも出来ないの?」

「……」


 ポロポロと涙を落とし、ノイエは姉の腕を引っ張る。


 分かっている。妹が故意に老人のむ命を奪わないようにしていたことぐらい。それを彼が奪おうとして……怒って咄嗟に強く体を押したこともだ。


「お姉ちゃんのことで貴女たちが喧嘩するなんて耐えられないの。だから素直に手を離しなさい」

「……どうしても?」

「ええ」

「……やだ」

「我が儘を言わないの」

「いやだ」

「ノイエ」


 手を離してくれそうにない妹にノーフェはそっと相手の手を剝がそうと腕を動かす。が、途中で動きを止めた。

 ノイエの色が変わりだしたのだ。今までに見たことのない……紺色にだ。


「誰かしら?」

「本当に外に出られたねぇ~」

「その口調は……ティナー?」

「久しぶりだねぇ~。ユーリカ」


 苦笑したノイエが辺りを見渡す。

 こんなにも死の気配に溢れる場所を彼女は見たことが無い。どんな戦場でも死体溢れる墓地ですらもここまでは酷くない。


「貴女……中に居たの?」

「酷い言われようだねぇ~。この生首はぁ~」

「突っつかないでよ。って、そっちを突くな」

「これがノイエを虜にしたユーリカの胸かぁ~。レニーラが『削り取っておいて欲しい』って言ってたねぇ~」

「あの踊りすぎて頭の中が狂ってる舞姫はっ!」


 頭部を抱えて憤慨するユーリカをそのままに、ノイエの姿をしたティナーは……体の姉である人物を正面から見つめ、軽く頭を下げた。


「それにどんな意味が?」

「これでもネクロマンサーの端くれでねぇ~。貴女の凄さに対して純粋な敬意かなぁ~」

「そう」


 苦笑しノーフェは妹ではない相手を見つめる。


「で、何をしに?」

「ああ。祖父からの遺言を実行したくてねぇ~。出る方法を教わってこうしてぇ~」

「遺言?」


 ノイエの姉の問いにティナーは柔らかく頷く。


「一族を狂わせぇ~不幸を招いた者に対してのぉ~ちょっとした復讐だねぇ~」

「そう。なら譲るわ」

「ありがとうぅ~」


 笑い彼女は歩き出す。ゆっくりと祖父から受け継いだ異世界の魔法を唱えながら。


《本当にノイエの魔力は凄いな》


 搾りに搾った魔力でどうにか扱える異世界魔法を、ノイエであればほんの少し集中することで使用できる。規格外の魔力量だ。

 怖いのはこれで食事を得ればまだまだ使用できるという事実。

 本当に恐ろしいのはノイエの回復力ではなくてこの魔力の方だとティナーは思う。


「……逃げてみせる。そしてまた復讐を」

「それは出来ないんだよぉ~」


 追いついてティナーは相手の背中を踏んだ。

 グッと息を詰まらせた老人がゆっくりと振り返る。


「ヤーンの一族のハルクだよねぇ~?」

「……誰だ?」

「私はティナー。ウルシウム・ヤーンの孫だねぇ~」

「……あの長の孫か?」

「正解だよぉ~」


 誰にも告げていなかった事実をティナーは認めた。


 一族を見捨てて逃げ出した長など恥でしかない。けれど祖父はそれをした。

 彼が、ハルクが、絶対にこの様な行いをすると確信していたからだ。


「運が良かったよぉ~。この国に来てくれてさぁ~」

「待て。待つが良い。お前もヤーンの一族ならばっ」

「元一族だよぉ~?」


 グッと相手の背中を踏みつけ、ティナーは前屈みになる。

 どうにか振り返っている老人の顔を見つめ……そして笑う。


「祖父からの遺言だよぉ~。『死者を弄ぶのは止めろと言ったはずだ。我らネクロマンサーは、死者の声を聴いてその者たちが安らかに眠れるように手伝うのが本来の役目。それをたがったお前はそれ相応の報いを受けるべきだ』とねぇ~」

「待ってくれ! これからは心を入れ替えてっ!」

「その手の言葉は悪事を働く前に気づくべきだったんだよぉ~」


 ゆっくりとティナーは相手の動きを止めている足を離す。

 自由になった老人は必死に逃げようとして気づいた。自分たちを囲うように存在している亡者たちにだ。


「退けっ!」

「無理だよぉ~? 私の方が能力も魔力も上だしねぇ~。それに長にしか伝わらない異世界魔法も知ってるしねぇ~」

「退けぇ~!」


 必死に亡者たちの足元をかき分け進もうとする老人に、ティナーは右手の人差し指を伸ばして向けた。


「異世界魔法・『餓鬼道』」

「どぉぉおおおおけぇぇええええ~!」


 絶叫する老人に対し亡者たちが殺到する。

 瞬く間に飲み込まれ……亡者たちと一緒に老人の姿も消えていた。


「人の死を弄ぶからそんな最期を迎えるんだよぉ~」


 告げてゆっくりと辺りを見渡す。

 術者を失った亡者たちは、ゆっくりとその姿を崩し……地面へと戻りだしていた。


「ごめんねノイエぇ~。恨むのなら私を恨むと良いよぉ~」


 そっと体の持ち主である少女だった人物にそう告げると、ティナーは体を本人へと戻す。


「きっと私もぉ~酷い終わり方をするんだろうねぇ~」


 色を失いながらも、ノイエの口はその言葉を紡いでいた。




~あとがき~


 アルグスタの行動に若干イラっとしていたノイエは条件反射で突き飛ばしてました。

 無意識です。全てが無意識です。結果として思いもしない惨状ですw


 ようやく姿を現したティナーは祖父の遺言を実行します。

 元長の血筋として…ハルクの存在は許せなかったのです…




(C) 2021 甲斐八雲

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