相手は誰だ?

 ユニバンス王国・王都内下町



 それは懐かしい光景だった。

 とある治療院で繰り広げられていた兄と妹夫婦が織りなすいつもの光景だ。

 もう失われ見られることのないはずの物は、時を経て……また再び繰り広げられていた。




「しばらく見ない間にそんな恰好をして。恥ずかしい」

「浴びた血は洗えば良いから楽」

「医者が手間を惜しむな」

「患者に対してなら惜しまない。だから次の手当てに直ぐ行けるようにしているだけ」

「屁理屈ばかり言いおって」

「爺は説教ばかり言うようになった。小言を増やしてボケ防止?」

「誰がボケだ」

「爺は認めるか」

「誰が爺か」

「ならボケの方を認めろ」

「両方違うわ!」


 背中を合わせるように2人の医者が次から次へと運ばれてくる怪我人を治療して行く。

 ナーファはそんな2人を見つめ震えていた。

 完全に自分は蚊帳の外だ。自分が治療できなかった患者は師である人が瞬く間に縫合した。


「腕が鈍った?」

「ふざけるでない。誰の腕が鈍っただと?」

「そろそろ老いぼれに属する人」

「誰がおいぼれだ。全く……どこぞの魔女のように口ばかり酷くなって」

「魔女からは色々と学んだ。相手を自然と怒らせる言葉の選び方とか」

「何を教えておるのだあの魔女は」

「人生に波風立てない方法」

「喧嘩を売れば嵐しか来んではないか」

「それは相手の度量が狭いのが悪い。つまり相手が悪い」

「……つき合わせた相手が悪かったようだな」

「そう。他人に任せて自分だけ研究を伴侶にしていた保護者のせい。責任を取ってあっちの腕が曲がっている人の治療を任せた」

「厄介な者ばかりをこっちに回す」


 四肢の欠損や損傷を師に回し、弟子である褐色の少女は自分の得意としている内臓に損傷のありそうな患者を重点的に治療する。


「研究に没頭して成果を得られなかった爺」

「成果はあったぞ。不可能だと確定したのだ」

「なら最初からするな。そんなんだから結婚もせず周りに迷惑をかける」

「結婚は関係ないだろう。主とて世間から見れば婚期を逃した女であろうに」

「それなら平気。今は相手が居るから」


『あぎゃ~!』と師が治療していた患者が悲鳴を上げた。


「今、何と言った?」

「相手が居る。結構幸せ。手を動かせ」

「まさかそんな……」


 止めていた師の手が動き、また怪我人の治療を再開する。


「相手は誰だ? 私の知る人物か?」

「教えない。答えない。手を動かせ」

「言えリグよ!」

「嫌だ。面倒くさい」


 内臓損傷の治療を終えた褐色の女性が場所を変わる。

 女性が治療した患者の元へ来た師はその処置を確認した。


「内臓関係の経験ばかり積んだのか? お主は?」

「たぶんこの大陸で一番臓器や骨格に詳しいと思う」

「ほう。一番を語るか?」

「うん。その気になれば毎日見れる」

「嫌な場所だな。何処の地獄だ?」

「弱肉強食な世界なだけ。気を付けないと寝ている間に大変なことになる」

「大変とは何だ! 何をされる!」

「口で言えないようなこと。結構痛い」

「痛いだと!」


 また患者が悲鳴を上げるが2人は気にもしない。

 治療しているのだからついでに治せば良いとすら思っているのだ。


「この裂けた腸をお前ならどうする?」

「傷口の上下で切断。縫合して腸を繋いでからお腹の中を水で洗って皮膚を縫合する」

「ふむ。出来るか?」

「手が足らない」


 話ながらも違う人物の治療をしているのだ。本当に手が足らないのだろう。


 見つめていたナーファは自分の喉まで出かけた言葉を飲み込んだ。

『手伝います』と言えない。怖い。


「逆に質問。あっちの患者の足はどうする?」

「復元は無理だ。膝から切断して止血する」

「切断?」

「ああ。時間があれば足を残すことはできるが、何人見捨てれば良い?」

「最低で5人」

「ならば足を見捨てて5人救おう」

「分かった」


 あっさりと患者の足を見捨てることが決まった。

 その決断に迷いはない。歴戦の雄のように振る舞う2人の医者は本物なのだ。


「……してよ」


 だからこそ怒りが込み上がって来る。

 何もできない自分が恥ずかしく、そして奪った者が格好良く振る舞っているのが許せない。


 ナーファはギュッと手を握り、怒りに任せて口を開いた。


「返してよ! 父さんを! 母さんを!」


 一瞬2人の医者は手を止めたが、すぐに治療を再開する。


 今の言葉すら無視するかのように振る舞う2人に……特に褐色の殺人鬼にナーファは怒り足を進める。

 殴りかかろうとして腕を振り上げはしたが、その拳が振り下ろされることは無かった。


「離してよ!」

「申し訳ございません。それは出来ません」


 近くで亡者を退治していたメイドが自分の腕を掴んでいることにナーファは気づいた。


「離してよ! その女は私の両親をっ!」

「ですがこの手を離せば貴女がその人殺しと同じ場所へと落ちてしまいますので」

「……同じ?」


 告げられナーファは全身から血の気が引くのを感じた。


「はい。治療中の医者の手を止める行為は殺人と同じかと」

「……」


 静かに語られ、掴まれていた腕を離されたナーファは支えを失い両膝を地面に着いた。


「……どうしてよ……」


 何もできない自分が小さく思え、ナーファは手で顔を覆うと泣き出した。


 もう分からない。何も分からない。正解が何なのかがナーファは本当に分からなくなっていた。

 師である人からは課題と称して1つのことを言われた。『自分がなすべきことをなせ』と。

 そんな言葉では何をしたらいいのか分からない。分からない。


 挙句に両親を殺した人物が居るのに、その手を止めれば自分が『人殺し』になってしまう。

 酷い話だ。こんなに酷い日は無い。


「ボクはね……人を殺して処刑台に昇った」


 不意に聞こえて来た言葉にナーファは顔を上げた。

 止まらない涙をそのままに静かに語る相手を見つめる。


「ボクのことを可愛がってくれた人たちを殺した。何かあれば『お姉ちゃんとしてこの子を守ってあげて』と言われていた妹さえも殺そうとしたんだ」


 ただただ静かに語り……リグはその手を止めない。

 治療に集中することで全ての感情を排除しているのだ。


「父さんと呼んで慕っていた人ですら殺そうとした。あの日はボクにとって最悪な1日だったのかもしれない。でも……運悪く生き残った。生き残ってしまったんだ」


 死してあの世で殺してしまった人たちに謝る機会を失った。


「それからは……結構大変な日々だったよ。薬も道具も食料も何もない場所で怪我人や病人の相手をしなくちゃいけなかった。時に死体かと思うような酷い者の治療をさせられたこともあった。あれだったら死体の方が良かったかもしれない。あの様子は思い出すだけで全身が寒くなる」


 昔の……ノイエが魔法を食らい半分融けた日のことを思い出してリグは震えた。追い打ちでそんな重傷者に熱々スープを直接流し込む光景まで思い出す。

『本当にあれが自分でなくって良かった』としか思えない痛々しい記憶だ。


「……何を?」


 相手の言葉が懺悔や告白とは思えなかった。だからナーファは質問をしていた。


「ただの愚痴」

「愚痴?」

「そう」


 一瞬だけ手を止めてリグは妹弟子……妹を見た。


「ボクに医者の道へと進ませた偉大なる名医に対しての愚痴かな? おかげでどんな場所でもどんな時でも患者を見れば治療がしたくなって……本当に大変だったんだ」


 苦笑して彼女の手は止まらない。


「さっきも言ったけれど、君が復讐を望むのならばボクはそれを受けよう。君はボクに対してちゃんとした復讐の理由があるのだから」

「……」

「だから今だけは邪魔をして欲しくない」


 患者の治療を終え、軽く額を拭ったリグはナーファを見る。


「君が本当に医者を目指すのであれば、このリグ・イーツン・フーラーの全てを見せておきたいからね」


 クスリと魅力的な笑みを浮かべまた違う患者の治療を開始する。

 その手は迷いが無く正確だ。

 師である人物の治療が緻密なら、彼女の治療は荒々しいが正確なのだ。


 違うタイプの2人を見つめ……ナーファはグシグシと涙を拭った。


「1つだけ教えて」

「ボクに答えられるなら」


 手を止めずリグは答える。


「もしあの日、両親ではなくわたしが殺されていて……ここに両親が居たとしたら、2人は何をしていたのかを」


 思いつめた声音にリグと、そして師であるキルイーツは同時に笑っていた。


「そんなこと聞くまでもない」

「そうだね」

「たぶん『治療が終わってから殺してやる。死ぬまで治療しろ』辺りか?」

「それか『終わって殺してからも治療しろ』だろうね」

「……何よそれ」


 2人の返事に呆れ果て、プププと我慢できずにナーファは笑った。


「ならわたしも両親を見習わないとね」


 最後まで医者であった2人に追いつくためには、今を乗り越えないといけない。


 パンパンと涙が乾いていない自分の頬を叩いてナーファは立ち上がった。


「簡単な縫合はわたしがするから」

「出来るの?」

「その質問は間違ってる」


 針と糸を手にナーファは縫合待ちの患者の傍に片膝を着いた。


「やるのよ」

「なら黙ってやれ」

「本当に口が悪いわね?」

「気にするな」

「するわよ」


 罵り合いながら治療を始める2人の弟子に目を向け、キルイーツは大きく息を吐いた。

 正直今すぐ横になって休みたいほどに辛いが……気絶している暇もない。

 弟子たち2人に任せていたら自分の仕事が無くなってしまう。それはやはり面白くない。


「ところでリグ」

「なに?」

「相手は誰だ?」

「わたしも知りたい」

「言わない。絶対に!」


 全身を赤くしながらリグは治療に集中する。

 そんな姉弟子を笑いながらナーファは腕を動かす。迷いはもうない。

 2人の弟子の姿にキルイーツは何処か楽し気に、どこか寂しげに笑い……手を動かす。

 罵り合いながらも3人は驚異的な速度で治療を続けて行った。




~あとがき~


 あら不思議。主人公が居ないと真面目になったよw

 ただ会話の内容は…まあここの家族はとってもあれですから。

 作者的には結構好きな家族の風景かもです。


 つかリグさんや…相手を言ったら大変なことになるよ? 彼はこの治療院の常連だしねw

 それに気づいて会話を濁したと信じたい




(C) 2021 甲斐八雲

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