逝って妹に会うの!

 ユニバンス王国・王都内貴族区



「……胸が痛くなる言葉であるな」

「ええ」


 呟く夫の肩に妻は手を置いた。

 置かれた手を掴んだ彼は……その手が普通の人の者とは違うことを理解する。

 蛇のような細かい鱗に思える皮膚なのだ。そして温もりは少なく冷たさすら感じた。


「あの頃の儂らは生き残ることばかりを考え願い……それを求めすぎた。結果としてこのような少女が生み出され、その少女が狂ってこちらに刃を向けたことに恐怖した。本当に愚かな行いだとも。儂は本当に愚かな国王だった」


 静かに独白するのは前国王たるウイルモットだ。


 彼は不意に聞こえて来たファシーの声に最初恐怖していたが、今は別の感情を抱いていた。

 それは後悔だ。


「儂らの悪しき行いをアルグスタは正そうとしているのだろうか?」

「ん~」


 問われ前王妃……ラインリアは自分の頬に指をあてて軽く首を傾げた。


「たぶん違うと思うわ」

「違うと?」

「ええ」


 普段の彼を見るにそんな崇高な思想を持っているようには見えない。

 ラインリアからすればそんな義理の息子の行動原理は常に一つだ。


「楽しいか楽しくないか……アルグスタが考えるのはそれよ」

「……それで王都をこれほど巻き込んでしまうのは問題だと思うが?」

「ん~。でもアルグスタの思考はそこまで崇高じゃないわ」


 基本的にあの義理の息子は……気づいてラインリアは一度頷いた。


「忘れてたわ」

「何がだ?」


 問う夫にラインリアは薄っすらと笑う。


「アルグスタの行動原理は常に“ノイエ”が楽しむか楽しまないかよ。で、この状況はきっとノイエが楽しまないと思うの。だからすぐにでも終わらせるわ」

「……それで死者も出ているのだがな」

「ええそうね」


 軽く体を折ってラインリアは愛しい人の首に抱き着いた。

 車椅子と呼ばれる道具が無いと動き回れない夫の頬に自分の頬を寄せる。


「だから早く終わらせようとするはずよ。あの子だって酷い王の血を引いた息子の1人なのでしょう?」

「そうか……そうだったな」


 苦笑してウイルモットは大きく息を吐いた。


 自分たちの過去の行いを清算するにはまだまだ時間がかかるらしい。

 何より過去の亡霊がこうも姿を現すのは……何とも厄介である。


「それに貴方」

「どうした?」


 甘える妻に手を伸ばし軽く撫でてやると、何故か彼女は熱い吐息をこぼした。


「どう言えば良いのか分からないけれど……あのファシーって子はきっと今、凄く楽しんでいるのよ」

「何を根拠に?」

「ん~」


 少しモジモジと自分の太ももを擦り合わせ、ラインリアは全身に感じる気配に火照る体を持て余す。


「あの子から感じる気配が凄いから?」

「何を?」


『でも今は違う! 今の私はアルグスタ様の物だから!』


 言いようの無い晴れ晴れとした声が響いた。

 ちょっと艶めかしい吐息交じりで確かに響いた。響き渡った。


『道具でも良い! 愛玩動物でも良い! 彼に跨って彼が気絶するまで楽しむことがとっても楽しいの! 大好きな人が苦悩する表情を眺めながら楽しむことがたまらなく嬉しいの! 興奮が止まらないの! 今日もこの後彼が嫌がっても気絶しても絶対に止まってあげない! あげないんだから!』


 響いて良い言葉なのか前王は苦笑し、前王妃はそっと熱い吐息を吐き出した。




 ユニバンス王国・王都上空



「あのさ~」


 軽く額に手を当てて、刻印の魔女をその身に宿した小柄なメイドは頭を振る。


「グロい方の表現は修正するようにしておいたけど、今のこの場でエロいことを口走るとか想定してないのよね~」


『ししょう』


「何かしら?」


 思いつめた様子の弟子の声に魔女は自分の内側に声を向ける。


『おねえさまがうらやましいです』


「うん。いつか機会があったら跨って腰でも振ってあげなさい」


『はいっ!』


 嬉しそうな返事に魔女は増々頭を抱えた。

 どうもこの国には普通の思考を持つ人間が少なすぎる気がして来たのだ。本格的に。




 ユニバンス王国・王都内中央広場



「……気絶しても跨るなんて……その発想はありませんでした」


 石畳の上に伏したモミジは軽く腰を震わせていた。

 顔を真っ赤にしたルッテはそんな同僚の姿を見つめつつも、過激すぎる内容を自分にあてはめ……激しく頭を振る。

 無理だ出来ない。何をどうしたらそこまで酷いことが出来るのか分からない。


「今夜は彼を相手に実践ですね」

「落ち着いてください。モミジさ~ん!」


 全身に熱を持ちながら、ルッテは同僚に冷静になるように求める。

 けれど彼女の言葉は意味をなさず、その夜モミジの婚約者であるアーネスは、出会うや直ぐに抱きかかえられ寝室へと直行する羽目になった。


 そして気絶しても許されない攻めを受けたという。




 ユニバンス王国・王都内スラム廃墟



「シュシュラッシュ。何だかとっても眠いんだ」

「旦那ちゃ~ん。寝たらダメだぞ~」


 そう言うな。もう僕のハートへのダメージはマイナス方向に振りきれた。

 再起不能だ。遠隔でここまで殺されるとは……流石ファシーだ。完敗だ。


「耐えるんだ旦那君! ノイエとホリーとレニーラとファシーがおかしいだけだから!」


 それって僕と関係のある人の半数だよね?


「……約半数がおかしい計算になるんですけど?」

「気にしたら負けだぞ~」


 気にしたらって気にするだろう?

 宝玉も増えてファシーが肉食獣宣言をしたんだ。もう僕は限界だよ。


 地面に伏して残った力で文字を綴る。

『神様。どうか僕に無限の活力を』と。


「お休みなさい」

「起きろ~! だぞ~!」


 もう僕は寝たいんです。このまま寝たいんです。現実逃避がしたいんです。




 ユニバンス王国・王都北門の外



「……」


 言いようの無い目でラミーはそれを見つめていた。

 クネクネと体をくねらせる様子はどこか愛らしい。格好も合わさって破壊力十分だ。


「私は違う! 今の私は人に使われる道具じゃない! 彼に……大好きなアルグスタ様に望まれる存在だから! 彼が望むなら私は喜んで道具にもなる! だって彼が望むことこそ、それを叶えることこそ私の最良の幸せだから! だから……」


『くひひ』と笑い猫は全裸となっている哀れな道具を見た。


「持ち主に恵まれなかった道具は無残に消えれば良いの! 仕方のないことだから……貴女はアルグスタ様のような素晴らしい人に出会えなかったから! だから仕方ないの! でも違う。私は違う! 彼に出会えた私は違うから!」


 叫びポロポロとファシーは涙を落とす。


「彼はすべて受け入れてくれた。こんな私をすべて受け入れてくれた。悪い子の私に自由にして良いよって……今日だけだけど自由を与えてくれた! だから今の私は自由だ!」


 ボロボロと崩れ落ちそうなほどひび割れた“道具”を見つめる。


「今の私はまだ道具なのかもしれない! 道具の私が良い様に使われているだけなのかもしれない! それでも良い! だって私は幸せだから! この小さな胸が張り裂けてしまいそうなほど幸せが詰まっていから! だから今死んでも後悔しない! 彼や妹に会えなくなる未練は残っても笑顔で死ねるから!」


 全力で叫びファシーは相手の目を見つめる。

 ずっと後悔と未練を抱え不安げに彷徨い続けている目をだ。


「貴女は死ねるの? 笑って逝けるの?」

「私は……」


 言葉に詰まりラミーは空気を吸う。肺が膨らみポロポロと胸が崩れた。


「……笑えない。笑えないわよ!」


 言い返すように吠える。

 好き勝手言う相手が本当に腹立たしかった。


「でも仕方ないでしょう! 妹は先に逝った! 一緒に死のうと誓った妹は先に逝った! なら次は私の番なの! 私が逝く番なの!」


 大きな声に自分の体がもたない。

 けれどラミーは吠えた。自分の全てを、妹の全てを否定する存在に。


「逝って妹に会うの! それしかないのよ!」


 出るとは思わなかった涙を落とし、ラミーは自分の思いの丈を全て吐き出した。

 自然と頬が緩んだ。ポロポロと崩れるけれどそれでも頬が緩み笑えた。


「分かってるわよ。私たちは運が無かったって……貴女のような狂った人物を受け入れられる変人に出会えなかったって……分かってっ」


 声が止まった。


 ラミーはゆっくりと自分の視線が動き、下へと落ちる様子を見ていた。

 と、地面にぶつかり顔の大半が崩れるのを感じた。


「……許さない」


 どうにか動く残った片方の目を動かしラミーはそれを見た。

 無表情で、ただ狂気を通り越した気配を漂わせる存在をだ。


「アルグスタ様の悪口を言う存在は絶対に許さない!」


 叫び猫の姿をした相手が両腕を掲げる。

 風が渦巻き……良からぬ気配を感じながら、それが自分に向かい振り下ろされるのをラミーは最後まで見つめていた。




~あとがき~


 ファシーさんの暴走が止まりません。


 何よりアルグスタ様の悪口は絶対に許しません。

 そんな言葉を耳にすれば全てを放って制裁開始です。


 …ファシーが楽しそうだw




(C) 2021 甲斐八雲

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