私も道具だった
ユニバンス王国・王都内スラム廃墟
『ねえねえ遊んでよ! このファシーと遊んでよ! せっかく大好きなアルグスタ様が許してくれたんだから、今日だけいっぱい遊びたいの! だからもっとたくさんの亡者を出してよ! そうしたら今度は《ピー》を《ピー》して《ピー》してから《ピー》を《ピー》してあげるから! もっともっと私と遊んでよ!』
「ぐふっ……」
「頑張れ旦那ちゃん!」
シュシュの声援の甲斐もなく、胸を押さえて僕は蹲る。
もう色々と限界だ。というかあの馬鹿賢者は嫌がらせの天才か?
危なすぎる表現をピー音で隠すのは良いんだけど、背後から聞こえてくる生々しいグチャッとした効果音も消していただけないですかね? ファシーに至っては絶対に言いながら実行しているでしょう? というか実行していることを口走っているでしょう? ねえ?
もう僕の心のHPはレッドゾーンに突入している。本当に限界です。
置物と化している僕をスルーしてバトルは続いている。
ノイエの体を使い攻撃を仕掛けるシュシュの魔法を爺は亡者を呼び寄せ盾にすることで回避しているのだ。
「何だ。私が攻撃しなくてもそこの元王子は死にそうな顔をしているな?」
ほっとけ! マジで!
どうにか立ち直り立ち上がろうとしたらまた来た。
『もう終わりなの? そんなモノなの? これぐらいじゃ満足なんて出来るわけないよ! もっともっと必死に頑張って! 貴方たちの限界はそれぐらいなの? そんな腰抜けだから亡者になって動き回るしかできないのよ! もっと頑張って近づいて来てよ! そうしたら私が目玉を《ピー》して《ピー》してから踏み潰してあげるから! もっと頑張ってよ!』
「おふっ……」
「傷は浅いぞ旦那様!」
大ダメージだよ。
もう僕の心は死にそうだよ。
膝から崩れてまた蹲る。
このファシーさんの声が王都中に聞こえていたら色んな意味で僕は今日死ぬ。
「クックックッ……そこの元王子は本当に大丈夫なのかね?」
「ちょっと自分の行いについて自己反省しているだけだぞ!」
その通りなんだけど、シュシュに指摘されると胸が痛い。
大丈夫だ。あんなにも楽しそうな声を発しているんだ。きっとファシーは今日を限りに落ち着いてくれるはずだ。つまりこれはガス抜きなのだ。そのはずなんだ!
『ねえもっと遊んでよ! これじゃ満足なんて出来ないよ! ねえ? もっともっと遊んでよ! そうじゃないと私……我慢できなくなっちゃうよ! もっと壊したくなっちゃうよ! 切り裂きたくなっちゃうよ! ねえ! このまま振り返ってユニバンスの王都を襲いたくなっちゃうよ!』
頑張って亡者たち~! 君たちはやれば出来るって僕は信じているから! やれば出来るよ君たちなら!
「ぬがぁ~!」
根性で立ち上がり、名前負けしている爺なハルクを睨みつける。
「もっと根性だしてファシーを襲ってあげてよ!」
「……何を言ってるんだ?」
使えない爺だな! 棺桶持ってきてそのまま土葬しちゃうぞマジで!
「旦那さん旦那さん」
「はいそこ!」
ビシッとシュシュを指させば、何故か彼女は敬礼してみせた。
「セシリーンが言うには、ファシーの声はユニバンスの関係者か住人にしか聞こえてないっぽいぞ~」
「そうか! ってダメじゃんか!」
「私に言われても困るぞ~」
クルクルと回ってシュシュが逃げつつ亡者を封印魔法で拘束して行く。
鮮やかなお手並みは流石だが、相変わらずやる気を感じないお嬢さんだな!
「シュシュもやる気を出そうぜ!」
「む~り~だ~ぞ~」
フワフワと回りながらシュシュの封印魔法が爺に飛んでいく。
ただ爺が手を動かすと亡者が姿を現し封印魔法を食らい拘束される。
これが千日手か?
「つか何がしたいんだよアンタらは!」
「私たちかね?」
また亡者を呼び出し盾にした爺が笑う。
「準備が整うのを待っているのだよ」
「はい?」
それってつまり?
慌てて辺りを見渡す僕の視界にそれが映った。
包囲するように配置されている亡者の存在を。
「シュシュ!」
「あは~。むり~」
「やる気だそうよ!」
フワフワと揺れるシュシュが鮮やかに逃げだす。だが本日の僕は色々とたたき売りしているのだ。恐れるものが多すぎて感覚などとっくに狂っている。だから全部を持って行け!
「方法さえ分かれば何人でも産んで良いから!」
会心の一撃だろう? 落ち着いてから思い出して青ざめたんだからね?
大丈夫。ホリーお姉ちゃんは優しいお姉ちゃんだから……たぶんきっと。
「……それはズルいよ。もう」
ピタッと足を止めたシュシュが逃げるのを止めて辺りを見渡す。
ゆっくりとした動きで、けれど恐ろしいほどに隙が無い。
「本当に嫌なんだぞ?」
「ならシュシュも今日だけってことで」
本日は大盤振る舞いな僕の為に少しは協力してよ。お願い!
パンと顔の前で手を合わせてシュシュを拝むと……彼女は軽く笑った。
「分かったぞ~。でも約束は守るんだぞ?」
「何人でも産みなさい、方法が分かったらだけどね」
「あは~。それはみんなで頑張るぞ~」
みんな? みんなとは何ぞ?
「だから今は」
フワフワを止めたシュシュから不思議な冷たさを感じる。
自然と手の甲を見たらブツブツと鳥肌が立っていた。と言うかたぶん全身に広がっている。
「旦那様にだけ特別に見せてあげる」
両手を広げ彼女は笑う。
「封印魔法の神髄を極めた魔法使いの本気の片りんを」
僕はたぶん初めて本気のシュシュを見た。
ユニバンス王国・王都北門の外
「くひひ……もう終わりなの?」
「……」
数千と居た亡者たちがその数を半分以下にまで減らしていた。
ラミーはその事実を目の当たりにし、背中に冷や汗が流れるのを感じる。
目の前の存在は狂っている。狂い発狂しているのは間違いない。それでも純粋に強い。化け物と呼んでもいいほどに確実に強い。
「強いのね」
「どうかな? 私には分からないけどたぶんもっと強い人が居よ?」
「貴女以上が……?」
知り得た事実に戦慄する。
その情報があれば……きっと妹は1人で先に逝くことなど無かっただろう。
自分たちは相手のことをろくに調べずにこの国を攻撃した。自意識過剰だったのかもしれない。
マスターの異世界魔法があれば絶対に負けないと過信し過ぎていた。
「ならせめて貴女だけでもどうにかしないと、ね」
「どうにか? 出来るの? ねえ?」
「……ええ。するわ」
自分に対する攻撃を待ち遠しそうに見つめてくる存在に対しラミーは纏うローブを脱ぎ捨てた。
着ていた服はもう余り仕事をしていないが、それでも軽く体を振るとスルスルと脱げて地面へと落ちる。
「何それ? もうボロボロだよ?」
「ええそうよ」
乾ききった粘土のような自分の体にラミーは苦笑する。
自分を触媒とし作り出す異世界魔法……ゾンビパウダーの効果だ。
このまま砕け辺りに薬を撒けばまだ実体を得ていない亡者たちは、体を得て暴れだす。
「私は道具。ただの道具。この魔法を達成するために買われた道具なの」
「……」
崩れ行く相手にファシーは冷ややかな目を向けた。
「だからことを成す。それが私の使命だから」
満足げに言い切り、ラミーは今一度自分に対し魔力を行使しようとした。
奇しくもそれは妹であるレミーが取った最後の行動と同じ方法だ。
「……つまらない」
ポツリと響いて来た声にラミーは一瞬躊躇った。
よくよく見れば……相手の表情に変化があった。
顔の中心、鼻筋を中心として左右で表情が違うのだ。
片方は笑い、片方は泣いていた。
「何故に泣く?」
放つだけの状態で、ラミーは力ではなく言葉を発した。
相手の目が余りにも気になったのだ。
「……私も道具だった」
冷たい声音はとても寂し気に響く。
「強い魔法を使うために育てられた道具だった」
ゆっくりと両手を上げ猫の姿をした少女は半分笑う。
「両腕にプレートを埋め込まれて使いたくない魔法を無理矢理覚えさせられた」
「……」
目の前の存在が自分と同じだと知りラミーは躊躇った。
~あとがき~
最高潮のファシーの声に主人公はダウン寸前です。
王都中に響き渡る声は…誤魔化しようがないよね。どうするのかな?
ファシーは相手が自分と同じ道具だと知りました。そして…
(C) 2021 甲斐八雲
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