凄く楽しかったの!

 ユニバンス王国・王都内一般居住区



 遠くで悲鳴が聞こえた気がしたが……彼は頭を振って目を擦った。

 昨夜は飲みすぎたのかもしれないと思いながらも井戸へと向かう。


 桶を落とし縄を引いて水を汲み、それを頭から軽くかぶる。


 ふと動きを止めた。

 また悲鳴が聞こえた気がしたのだ。


 耳鳴りにしてははっきりと……と、たたらを踏んで前のめる。誰かに背中を押されたからだ。

 きっと井戸の傍で水浴びをしたことを叱る誰かの行いだと思い、濡れた髪をかき上げた。


「誰だよ? 確かに少し礼儀に反したが……」

「ウヴ……」


 振り向いた先に居たのは人だった。だが人にしては色々とおかしい。

 頬の肉が大きくこぼれ落ちている。鼻も腐っているのか存在していない。目玉は正しい位置から落ちて血管などでぶら下がっている。

 生きているとは思えない人間が動いていた。


「うっ」


 男はただ恐怖した。

 目の前の存在に恐怖した。


「うあぁ~!」


 だから悲鳴を上げた。



 自分が上げた悲鳴が……自分の耳に届いていた物と同じ程度に扱われるとしてもだ。




 ユニバンス王国・王都内スラム廃墟



 シュシュは見ていた。

 小刻みに揺れながらノイエの体を使い2人の様子を見ていた。


 彼はとにかく優しい。そしてファシーもまた優しい。

 優しい者同士がどんな会話をするのか興味があった。


 だから見ていた。のに……


「のっはぁ~」


 背後から襲い掛かって来たのは人の死体だ。屍だ。半分以上腐っている。腐っていると認識したら臭さも気になりだした。

 そんな存在が襲い掛かって来る。


 だから迷わず回避しては、魔法を使い封じてしまう。

 問題は数が多い。どんどんと数が増えるのだ。

 物陰から湧き出るように……よくよく見れば本当に物陰から湧き出している。


「それは~色々な~何かを~無視~している~気が~するん~だぞ~」


 文句を言いながらも相手の足を封じて転ばせる。けれど腕で地面這って進むから腕も封じる。


「旦那ちゃ~ん」

「ちょっと頑張って」

「んな~。無茶な~」


 ファシーと対している彼は周りの様子になど目も向けていない。

 自分の相手は目の前のただ1人だと……その強い意志を感じ取り、シュシュは小さく笑った。

 その横顔が素敵に思えたのだ。証拠に胸の奥がトクトクと脈打ち高鳴り続ける。


「もう~。この~お礼は~高く~つくぞ~」

「後でまとめて請求して」

「なら~」


 にんまり笑ってシュシュは少し頬を赤らめた。


「私も~旦那君との~子供が~欲しい~ぞ~」

「生む方法が分かったらどうぞ」

「……」


 即答だった。即答で許可を得た。


「あはは~」


 上機嫌に笑いシュシュは揺れることを止める。


「少し本気になるから早く片付けるね」


 普段の彼女からは想像できない機敏な動きでシュシュは周りの動く屍たちに迫った。

 本能なのか何なのか、屍たちはそんな黄色と白の女性を見て震え後退する。


 術式の魔女アイルローゼですらその高い才能を認める存在、それが封印魔法の使い手であるシュシュだ。


「今の私ならどこまでいけそうな気がするよ?」


 迫りくる存在が自分たちを狩る者だと『理解』したのか……亡者どもは後退を止め迎え撃つかのように殺到する。

 ただ幾ら迫っても彼女の元にたどり着ける存在は無い。何故なら全てが黒いベルト状の魔法に捕まり封印されていくからだ。


「あは~。まだ本気になってないんだぞ~」


 軽く笑ってシュシュは圧倒的な実力で亡者たちを制圧して行くのだった。




 周りが騒がしいけどシュシュが時間を稼いでくれる。

 どこか地雷を踏んだ気がするけど問題は後で良い。今はファシーの方が大切だ。


 何度か口を動かそうとしては閉じるを繰り返す彼女は、グッと唇を噛みしめると顔を上げた。

 若干前髪がファシーの目を隠しているが、それでも彼女は正面から僕を見る。


「違う」

「何が?」

「違う、の」


 ポロポロと涙をこぼしながらファシーは笑っていた。


「私は、悪い、子だから」

「でもファシーは優しいよ」

「違うの」


 強い言葉でファシーが拒絶した。

 震えながらそっと彼女は自分の胸の上に手を置く。


「私は、ここで、人を、殺した。いっぱい、殺した」

「知ってるよ」


 もしかしたら今僕らを襲おうとしている存在は彼女が殺した人なのかもしれない。


「ここで、殺したの……私の、先生も」

「知ってる」


 ファシーが預けられた魔法使いの老人は見るも無残なほど酷い状態で発見された。遺留品から彼だと分かったが、それが無ければ誰だか分からないまま共同墓地行きだったろう。

 それほどまでに無残な遺体だったのだ。


「でもあの日はみんなが狂わされたんだ。ファシーが悪いわけじゃない」


 グローディアが異世界から召喚した存在によりこの国の……この国を含む近隣の力ある若者たちが発狂し暴れ人を殺した。

 その被害者の1人がファシーなんだ。


「違うの」


 拒絶の言葉が響いた。

 それはファシーの口から紡がれた強い声だった。


「何が違うと言うんだい?」


 ファシーは被害者のはずだ。だってこの子に召喚魔法は使えない。

 と……ポロポロと涙をこぼすファシーの表情が一変した。泣き顔になった。


 あ~ヤバいヤバい。

 たまに勘違いするけどファシーの表情と感情はあべこべなんだった。

 泣き顔ってことは笑顔ってことか……笑顔? どうして今笑う?


「……楽しかったの」

「はい?」


 ポツリと呟かれた言葉を聞き返していた。

 無意識だ。咄嗟だ。意味が分からなかったからだ。


 でも全力の泣き顔なファシーは自分のパーカーを、胸の部分を片手で掴んで声を上げる。


「凄く楽しかったの! みんな死んでいく姿を見るのが! 私がずっと味わって来た痛みを受けて死んでいく姿を見るのが……凄く楽しかったの!」


 絶叫だ。大絶叫だ。

 余りの声にシュシュと亡者たちが動きを止めてこっちを見ている。気持ちは分かる。


「えっと……ファシーさん?」


 ポロポロと涙をこぼし泣き顔のファシーが僕を見る。見つめる。

 何故か幻視の類か彼女が輝かんばかりに笑っている姿が重なったよ?


「つまり君は楽しんでしまったと?」


 自分が発した質問の意味に理解が追い付かない。追いつかないが間違ってないはずだ。


「うん。とっても楽しかったの!」


 声を弾ませないで! お願いだから!


「だってみんながのたうち回る姿を眺めることが出来るだなんて……胸の奥からこう熱い何かが溢れてきてたまらなかったの! 興奮したの! 気持ちが良かったの!」

「……そうっすか~」


 最近どこかでこの手の人物に会った気がするな。帝国の軍師様だったかな?


「つまりファシーが言う、悪い子って?」


 僕の言葉に少しだけファシーが落ち着いた。


「……人が死ぬ姿を見て笑うのは、絶対にいけないこと。分かっている。知っている。でもそれを望む私は悪い子。悪い子なの」


 悪いと言うか人としての何かが完全にアウトだよね?


「だから、私は、悪い、子なの」


 興奮していたせいか流暢だったファシーの口調がまたたどたどしい感じに戻る。

 今更それを見せられましても……どう返事をしろと言うの? 何この難問? ハードル高すぎませんか?




「あは~。正直引くわ~」


 外の様子を眺めていたレニーラは、自分の胸を抱き寄せるように腕を擦る。

 本当に寒くなっているのか手の動きが力強い。


「私も最近知ったのだけれどもね……どうもファシーはずっと猫を被っていたみたいなのよ」


 だからあの衣装だったのだ。

 優しくて臆病で良い子のファシーは猫を被っているという意味での猫なのだ。


「あの子の本性は、ホリー並みに異常なのよ。でも普段は強い意志でそれに蓋をしている」

「だからファシーって精神的に強いんだね~」

「そうなのかもしれないわね」


 唯一ユーリカの精神操作の魔法を受け、精神を完全に壊されなかった。

 最初の被験者でユーリカがミスをした訳でも運が良かった訳でもなく……ファシーはその魔法で精神を破壊され尽くさないだけの強靭さを持っていたのだ。


「本来のファシーは加虐性欲サディズムの持ち主なのよ。それも超が付くほどの。ただその行為や行動が『悪いこと』と認識しているから自分で抑え込んでいるのよ」

「ん~。知りたくなかったよ。本当に」

「そうね。でも彼を好きになって依存することで精神バランスが完全に崩れてしまった」


 本来の自分を封じる行為は、大好きな人への想いも封じることとなる。だから辛くて耐えられなくなったのだ。


「本性を晒して楽になりたくなったのかもしれないわね」

「それがあれって……ね~?」


 舞姫の言葉が全てだと言わんばかりにセシリーンはため息を吐きながら小さく頷いた。


 あの本性を前に彼がどう動くのか興味もあるが。




~あとがき~


 大暴露大会~www


 実は超が付くほどドSな本性を持つファシーさんでした。

 まあ色々と闇を抱えそれで精神が病んでしまったんですけどね。


 だからあの日暴れ回るファシーさんは最高潮を迎えまくりました。

 ただ興奮が冷め現実に戻ると…彼女は罪悪感からまた心を傷つけてしまったのです。


 詳しいことはまたどこかで。


 さて…こんなファシーを前にアルグスタはどうするのか?

 あと何気にセシリーンってSっ気が強いよね? 気のせい?




(C) 2021 甲斐八雲

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