簡単なお仕事でしょう?

 ユニバンス王国・王城内



「現在の状況は?」

「はい」


 頷きハーフレンは壁に掛けられた王都の地図の前に立ち、棒で指し示す。


「北より『動く屍』が大群で迫っています。これはシュゼーレ大将軍が陣頭で指揮を執るために北門に急行中。集結しつつある国軍は守りを固めようと行動していますが、避難民などの収容に手間取っている様子です」

「仕方あるまい」


 事前にと言うか夜明け前にもたらされた情報で準備を開始した。

 結果として後手を踏むことになったが、最悪の事態は回避している。


「収容を急がせよ。最悪の場合は」

「分かっています」


 最悪は収容を諦め門を閉じるしかない。

 国民を切り捨てる行為だが、屍の大群を王都内に招き入れることはできない。

 簡単な引き算だ。大を救うための最小限の被害だ。


「次いで王都内での騒ぎですが、事前にハルムント家が動き要所要所に人員を配置。結果としては最低限の被害となっています」

「それは救いなのか?」

「少なくとも最悪から見ればですが」


 苦笑しハーフレンもその事実を認める。

 被害は出ている。確実に出ている。けれど最低限で済ませているのは行幸としか言えない。


「何よりあれが先手を打ってました」

「あれとは?」

「我らが問題児の弟様。ドラグナイト家当主ですよ」


 頭を掻いてハーフレンはこの会議前に届けられた報告書を再度手にした。


「ノイエ小隊の人員を全て王都内に解き放っているようです」

「……そうか」


 小隊とは言えあの部隊は王国の最精鋭ぞろいの人員しかいない。それが王都内の警護に当たっているというのならばこれ以上に頼もしいことは無い。


「ドラゴンは?」

「それが夜明けから動く気配を見せていないとか」

「あれが何かしたのか?」

「分かりません」


 軽く肩を竦めてハーフレンは正直に告げる。

 あの弟が何をしでかすかなど誰にも分からない。国一番の問題児ではあるが、英雄を妻とし無敗を誇る逸材でもある。

 吟遊詩人が居ればその物語が歌となり広く伝えられるかもしれないほどの人物だ。

 普段のあれを知らない人々はさぞその活躍を知って興奮することだろう。


「それとネーグランズ家の屋敷ですが」

「それもあったか」

「はい」


 適当に棒の先を向けハーフレンはため息を吐く。


「死した屋敷の中に居た者たちが、現在元気よく動き回っているそうです」

「……つまり?」

「そのつまりです」


 屋敷に居た者すべてが動く死体となって動き回っているのだ。

 派遣された近衛の騎士たちは一時的に退却し、死体たちが外に出ないように屋敷の出入り口となるであろう場所に板を打ち付け封じている。


「陛下の許可があれば屋敷ごと“全て”を処分いたしますが?」

「……致し方あるまい。それが一番確実であり必要なのだろう?」

「はい」


 弟が本当に伝えたがっている言葉を理解し、シュニットは息を吐いた。


「人手は足りるのか?」

「正直苦しいですが可能です」

「そうか」


 大きく頷いてシュニットは近衛団長に命じる。


「ならばその屋敷ごと敵対する動く死体たちを全て処分することを命じる」

「畏まりました。陛下」


 命を受けたハーフレンは即時に部下たちに命じた。

 バローズの情報から反王家派閥に属する者たちの選定は終わっている。あとはそれらの処分だけだ。


 今回は運悪く動く死体と言う存在に襲われ亡くなったということで“全て”を処分する。

 死体は屋敷ごと処分するから検分される心配もない。死んで間もない死体であったとしてもだ。


「ハーフレンよ」

「はい陛下」


 疲れ果てた様子で声をかけてくる兄にハーフレンは顔を向けた。


「それであの2人は現在どこで何をしている?」


 兄が何を聞きたいのか理解し、ハーフレンは苦笑した。


「現在スラムの一角で動く死体を相手に暴れている様子です」

「……そうか」


 深く深くため息を吐いて、シュニットはゆっくりと顔を上げた。


「なあハーフレンよ」

「何だい兄貴?」


 国王としての呼びかけでは無いと感じ弟として返事をする。


「私と国王を変わらんか? 宰相で良ければ引き受けるぞ?」

「頑張れ兄貴」


 弟は軽く肩を竦める。


「あれが生きている間に国王になるなんて俺は死んでも嫌だ」

「私は今現在……心底嫌なのだがな」


 珍しいほどに愚痴る兄にハーフレンは同情した。ただ同情するだけだが。




 ユニバンス王国・王都内中央広場



 普段なら出店が並び商いが行われる場所を数人の者たちが占拠していた。

 誰もが武器を持ち、そして迫りくる動く死体を倒して行く。


 窓の向こうから視線を一身に浴びるが、家の外に出ないのであれば問題は無い。

 亡者と呼ばれる存在は室内では発生しないことが分かっている。


 だから外で狩り続ければ良い。


 相手は人ほどの大きさであり、空を飛んだり宙を跳ねたりもしない。

 何より知性も無いからただ突進して来るのみだ。これほど簡単な“獲物”はそうは居ない。


「早朝から王都内で化け物相手に戦うって……私たちの敵って確かドラゴンじゃなかったでしたっけ?」


 矢を放ちながらルッテは愚痴り続ける。

 仕事をしつつも彼女の口は止まらない。


 夜明け前に自宅にやって来たのはメイドだった。

 若干メイドアレルギーを持つ彼女は警戒したが、その警戒が正しかったと理解している。

 何故ならば対ドラゴン遊撃隊なのにドラゴン以外と戦っているのだ。


 別にドラゴンとばかり戦いたいわけではないが、それでも人だった者と戦うよりかは……


「モミジさ~ん。ドラゴンと死体と……どっちの方が精神的に優しいと思いますか?」

「圧倒的にドラゴンですね」


 動く死体を切り捨てた黒髪の剣士があっさりとそう告げる。


「ですよね~」


 ルッテも同じ意見だ。これで死体とか答えていたらと思うと……まだ自分は正常だと、そっとルッテは自分に言い聞かせた。


「こんな棒立ちの的を斬っても鍛錬になりませんし」

「それもどうかと思うんですけど~」


 相手の言葉にすかさずルッテはツッコミを入れていた。

 やはりこの小隊でまともなのは自分だけで、あとはおかしな人しかいないらしいと再確認した。


「確かにドラゴンと違って当てやすいんすけどね」


 弓に矢を番えて放てばまた死体の股間を撃ち貫く。厳密に言えば骨盤だ。

 そこを壊されれば亡者たちは立って歩けない。あとは大金槌を持った部下が叩いておしまいだ。

 ルッテの正確な弓は的を外さない。下手をすれば曲線を描いて的を射抜く。

 人外の脅威とも言える領域に突入しているその腕前を、本人が一番理解せず普通のことと思っているのが恐ろしいことではあるが。


「ところでルッテ様?」

「何ですか~?」

「イーリナ様の姿が見えないのですが?」

「……」


 気づけば確かに居ない。一応強制連行で連れてきたはずだ。

 簀巻きにして足元に転がしておいた。誰かが縄を解いていれば……その辺の隅で寝ていることだろう。問題はそんな隅から敵が湧いてくるのだが。


「大丈夫です。あの人はミシュ先輩ばりにしぶといので」

「そうですね」


 認めモミジも現実逃避した。




「全く……こう見えても仕事中なのだがね?」

「知ってるわよ。……新しい職場はそんな姿で務まる仕事なの?」

「うむ。食って寝て少し働けばいい。素晴らしい職場だよ」


 簀巻きから解放されたイーリナは、向かい合う形で語らう相手を見る。

 昔からの知り合いだ。幼馴染という腐れ縁だ。


 イーリナは自分がかぶっているフードの位置を正した。


「まだその童顔を隠しているの?」

「童顔ではない。少し子供っぽく見える顔立ちなだけだ」

「世の中それを広く『童顔』と呼ぶのよ」

「それは初耳だ。今すぐ忘れよう」

「好きになさい」


 ヒラヒラと手を振って来る相手に、イーリナはブスッとした表情を向けた。


 相手は現場を離れて久しい人物だ。何でもあのメイド長と呼ばれる化け物の巣窟で生みだされる人材に負けない猛者を育てるために密偵衆の新人育成に回ったのだ。

 ユニバンス王国の密偵衆の育成部門トップを務める人物こそがイーリナの幼馴染だ。


「で、王家の影が何か用かね?」

「ええ。ちょっと裏の仕事を頼みたくてね」

「そっちは嫌なのだがね」


 苦笑しイーリナはフードの上から頭を掻いた。


「でも今回はそんな酷い仕事にはならないわよ」

「本当に?」

「ええ」


 魅力的にニッコリと笑う相手に……イーリナは内心で唾棄する。

 この蛇の愛らしい笑みに騙され何人の男たちが丸のみにされ骨抜きにされたか分かったものではない。

 自分と同じ年齢なのに若々しすぎるその容姿も憎たらしいのだ。


「今回の依頼はネーグランズ家を物理的に潰してちょうだい」

「……つまり屋敷を潰せと?」

「そういうことよ」


 クスリと笑い彼女は茶目っ気たっぷりの表情を作り出す。


「男性をベッドに誘うよりも簡単なお仕事でしょう?」


 あっさりと告げられた言葉に……顔を真っ赤にしたイーリナが相手に対し殴り掛かった。

 自分がまだ経験が無いからといつもからかわれていることに対しての抗議の一環だ。




~あとがき~


 弟様は全力で大暴走。兄たちは…同情しますw


 事前に命令されていたノイエ小隊は全員王都内に配置されています。

 幹部候補ばかりが集められている最精鋭ぞろいの小隊は、本当に少数精鋭なのです。

 ルッテやモミジも他国から警戒されるほどの逸材ですしね。マイペースに仕事してますけど。


 で、イーリナは別件です。

 幼馴染に厄介な人物が居ると引き込まれて大変な目に遭うっていう典型です。


 ハーフレンやフレア、ミシュたちの世代とアルグスタやノイエたちの世代の間…狭間の世代には狭間チックな人材が4人程います。

 1人がイーリナで、もう1人が今回の新キャラです。で、あと2人居ますが…それはいずれ!




(C) 2021 甲斐八雲

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