小さくても問題ない

「にいさま? どうしてこんなにもいそいでかえるのですか?」

「それはねポーラくん。僕らが現在進行形で悪いことをしているからだよ」

「わるいことですか?」


 僕の言葉に向かい合うように座っているポーラが首を傾げる。


 本当に僕らの乗っている馬車は急いで王都を出ようと走っていた。

 理由は簡単だ。どさくさに紛れて全部持ってきたのだ。そう全部を。

 バローズさんが疲れて退場してくれたのはこっちに吉と出たのです。


「誰も気づかなかったからね。大勝利だよ」

「……」


 僕からの説明を受けたポーラは何とも言えない目を姉に向ける。

 ノイエは先生に抱かれている。抱いている先生はそうすることでお城の出来事を忘れたい様子だ。精神安定剤としてノイエを使うのはどうかと思うけど、ノイエと一緒に居ると心が穏やかになる気がするので有りと言えば有なのかもしれない。


「でもにいさま?」

「ん?」

「あしたになれば、だれかがさわぐとおもいます」


 うむ。それに気づくとは流石ポーラだ。


「なら帰ったら急いで仕分けしてしまおう。それと先生が作った魔道具は全部提出してしまえばいい。十分にそれで時間は稼げる」

「……わかりました」


 若干ポーラが呆れた様子に見えるのは気のせいだ。

 何故なら君の中の悪魔もきっと喜んで魔道具を漁るはずだからだ。



 そんな訳で僕らは急いで帰宅すると、普段あまり使わない大広間にて本日の収穫を並べた。

 先生と馬鹿賢者がグルっと回って……結局召喚の魔女の遺産全てを確保し、先生の魔道具を提出することで時間を稼ぐという僕のプランが採用されることとなった。




《何も変わらず……本当に》


 軽く手で湯をすくうと肌を転がり流れていく。


 分かり切ったことだ。

 結局過去から何も変わっていないのだ。


 そっと息を吐いて、アイルローゼは湯の中で体を後ろに倒し天井を見上げた。


 何も変わってなどいなかった。


 昔は『敵に攻められているから』と自分の気持ちに封をして作りたくも無い物を作り続けた。

 ある意味で平和となった今の世では……やはり馬鹿な貴族はあの頃と変わらずに命令して来る。


 本当に嫌だ。本当に疲れた。


 息を吐いて呼吸を落ち着かせる。


《何も変わっていない。馬鹿な貴族たちは馬鹿のままだ》


 違う。彼らはある意味で賢いのだろう。

 必死に自分たちへと集まる富を独占できるように努力しているのだ。

 結果としてその様子が、その行いが滑稽に見えたとしてもだ。


《でも……》


 上半身を起こしアイルローゼはそっと自分の膝を抱き寄せる。


 過去とは違った場面もあった。

 愚かしくも自分の富だけを求める馬鹿に対し、彼は毅然とした態度で自分の前に立った。アルグスタと言う落第生に等しい不肖の弟子だ。

 そんな弟子が迷わず自分を庇ってくれたのだ。


 その背中を見た瞬間……アイルローゼは自分の胸がギュッと押し潰されるかのような苦しさを得た。

 本などではキュンッとなるはずだと知識の上では知っていたけれど、実際はギュッとなって苦しさを覚えた。

 呼吸が上手く出来ないほどの苦しさだった。でもその苦しさが嫌な感じに思えなかった。

 嬉しかった。こんな自分を庇ってくれる存在が。本当に嬉しかった。


「お姉ちゃん?」

「あらノイエ。妹さんの相手は……ノイエ?」


 小さな妹の体を洗っていたはずのノイエは、その仕事を放棄していた。

 モコモコと泡だらけにされ放置されている不思議な存在が、どうすればいいのか分からず震えていた。


「せめて泡ぐらい流してあげなさい」

「はい」


 トトトと軽い足取りで湯船を出たノイエは、片方ずつの手に木桶を装備して一気に頭から泡を洗い流す。

 ようやく泡の中から解放されたポーラが大きく息をして、パタリと床に伏した。


「その子を抱えて来なさい」

「はい」


 命じられるがままにノイエはポーラを抱えて湯船にやって来た。

 酸欠で目を回しただけの様子の少女を軽く抱き寄せ、アイルローゼは改めてノイエの妹となった存在を調べる。

 両手から魔力を流し、体内を流れる様子から色々と調べるのだ。


「魔力量は並みね。ただ……右目は本当に移植したみたいね」


 ノイエの左目と同等の力を持っている。

 そっと手を伸ばしアイルローゼは自分のことを見ている妹の左目を瞼の上から指先で確認した。

 やはり規格外の力だ。これほどの魔道具を作り出せと言われたら……術式の魔女である自分ですら不可能だと言うしかない。


 代わりに右目も同様に調べるが、そちらは普通の目だ。普通のはずだ。


《けれど魔力の流れを感じる。ノイエの右目とこっちの子の右目は繋がっている》


 本当にあり得ない。どんな理論を振りかざせばこんなことが出来るのか……流石は三大魔女の1人なのだと相手の実力を知らしめられた。


「お姉ちゃん?」

「もう良いわ」


 手を離しアイルローゼはそっと甘く抱きしめて居た少女を離す。

 まだ目を回し脱力していることもあってか、プカプカと湯に浮かび流れていく。そこまで広い湯船でもないので、縁にあたって動きを止めた。


「来なさいノイエ」

「はい」


 今度は本当の妹を抱きしめる。


 あの頃とは違い見違えるほど大きくなった。大きくなったのだ。

 特に一部分の成長が許せない。出会った頃は……湯に浮かぶ少女よりも小さかったというのに、今では立派な双丘が誇らしげに存在しているのだ。


「ノイエ」

「はい」

「私たちからご飯を奪ってここを育てたわけね?」

「違う」


 若干アホ毛を竦ませノイエは姉を見る。


「勝手に育った」

「……」

「あぶぶっ」


 ガッとノイエは姉に頭を掴まれ湯の中に押し込まれる。

 必死に抵抗して顔を上げた。


「勝手に育つわけないでしょう? 私がどれほど努力したか……」

「大丈夫」


 改めてノイエは姉を見る。


「小さくても問題ない」

「……」

「あぶぶっ」


 ガッとノイエは……以下同文。


「もう胸の話はおしまい」


『フンッ』と怒った様子で顔を背ける姉にノイエは迷わず抱き着く。


「ごめんなさい」

「……別に怒ってるわけじゃないわよ」


 本当に怒っているわけじゃない。


 そっと息を吐いてアイルローゼは妹を抱き寄せる。

 スリスリと甘えてくる様子は昔と何も変わらない。出会った頃のままだ。


「本当にノイエはノイエのままね」

「はい」

「誉めてないわよ?」

「む」

「馬鹿にしたわけでもない」


 ただ良くも悪くもあの頃のままなのだ。


 全員の絶望を飲み込み心を壊してしまった……違う。たぶんノイエは最初から、施設に来る前に心を壊してしまったのだろうとアイルローゼは思っていた。

 ノイエはとにかく優しすぎるのだ。優しすぎて、すべてを自分の中に受け入れてしまう。


 結果として彼女は破裂してしまった。


 今こうして人として生きているのは……少なくとも亡き姉のおかげなのかもしれない。


「ユーリカに感謝しないといけないわね。私たちは」

「ユー?」


 顔を上げたノイエは辺りを見渡す。


「居ない」

「ええ。でもきっと今でも貴女のことを見守っているはずよ」

「本当に?」

「ええ」


 そっと微笑みアイルローゼは妹の顔を撫でた。


「死んだぐらいで妹の傍を離れるような人間に貴方の姉を名乗る資格はないから」

「……はい」


 姉の放つ何かしらの気配に圧倒され、ノイエは恐る恐る返事をしていた。




~あとがき~


 今回は違った。過去とは違い盾となる人物が居た。

 だからアイルローゼは自分の胸が痛いほど苦しくなるのを感じた。


 死んでもノイエの傍に居るって…何か有り得そうな話だな~




(C) 2021 甲斐八雲

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