恐れ多くも私はただの罪人

「お前らは……」

「何だよ?」


 ドナドナされていくお爺ちゃんを馬鹿兄貴と一緒に見送る。

 フレアさんとメイドさんの2人に支えられて運ばれていくバローズ氏の背中が、出会った時とは違いとても丸くなった気がするよ。

 1日であそこまで人を老けさせるアイルローゼ先生は流石だ。その本人は馬車の中で少しうとうととしている。あっちもあっちで騒ぎすぎて疲れたのかもしれない。


 去っていく老兵……バローズさんと入れ替わるようにお供を複数連れたお兄様がやって来た。

 お供と言うか見覚えのある馬鹿貴族たちだな。一応大臣も含む方々だ。


「これは陛下」


 出迎えは馬鹿兄貴に任せてチラリと視線を馬車に向けると、僕の気持ちを察してくれたポーラが音もたてずに馬車の中に入って行く。

 本当に優秀な妹だ。


「アルグスタ」

「はい陛下」


 馬鹿兄貴との会話を終えた陛下が僕を見る。周りの馬鹿共の睨むような視線はスルーだ。


「何でも本日は術式の魔女が同行したとか?」

「ええ。向こうから連絡がありまして」

「そうか」


 顎に手を当てて陛下が少し間を取る。考えを求めているって感じだな。


「確か容易には来れない場所に隠れ住んでいると聞いたが?」

「はい。グローディア王女よりも人里離れた場所で過ごしていますので」

「つまり移動は転移の魔法か?」

「自分はそう聞いています」


 恭しく頭を下げておく。周りの目がウザい。


 と言うか先生が本来の姿で表に出れるということを本日公表したわけだ。

 ホリーお姉ちゃんがやってしまえと言ったからそうしたのだけど……難しいことは後で考えれば良いや。基本僕は出たとこ勝負で生きていますから。


「……(ノイエ。来て)」


 囁くように声を発すると、陛下の周りに居る馬鹿共が一歩後退するのが見えた。

 ノイエが馬車を降りて姿を現したのだろう……迷うことなく彼女は僕の右腕に抱き着くとギュッとしてくる。ノイエの胸の感触で嫌なことが忘れられる。


「ノイエも元気そうだな」

「……はい」


 今の間は何だろう? 軽く顔を上げて確認すれば、ノイエのアホ毛がやんわりと『?』の形になっている。

 もしかしてウチのお嫁さんは国王陛下の顔を忘れていますか? あり得そうだから追及はしない。ここでしたら大変なことになる。


 と、ノイエで癒しを求めるために呼んだわけではない。

 これで本日の先生がノイエの体を使っていないという証拠になるはずだ。


「アイルローゼ。国王シュニット様が足を運んでくださったから挨拶を」

「……恐れ多くも私はただの罪人。陛下に会わせる顔などありません」


 先生はこっちの気持ちを察してくれる人だと信じて声をかけたけど、彼女の面倒くさがりな性格を忘れていました。


「構わん。良ければ姿を現して欲しい」


 けれどウチのお兄ちゃんは伝統とか形式とか守るところは守るけど基本合理的な人だ。

 罪人であろうが会おうと決めたら会う。周りがどんなに文句を言おうともだ。


「畏まりました」


 ゆっくりと馬車が動き静かな足取りで……たぶんこの場に居た大半の人たちが、馬車から出て来た白くて美しい足に視線を向けたに違いない。今日何度も見た僕ですら思わず視線を向けてしまったほどだ。

 あの足はズルい。何て言うかズルい。


「初めましてシュニット国王陛下。私が術式の魔女アイルローゼにございます」


 ノイエ並みの無表情で先生が一礼する。

 淀みなく優雅に頭を下げ……そして無表情の継続だ。


「本当に術式の魔女なのか?」

「はい。証明に城の1つでも魔法で吹き飛ばしましょうか?」

「それは困る」


 本当にやりかねない雰囲気を感じてお兄様が苦笑した。

 たぶん先生が不機嫌なのに気づいたのだろう。


「出来れば色々と話などしたいのだが?」

「遠慮させていただきます」

「そうか」


 また頭を下げて話を打ち切ろうとする先生に、取り巻きの1人が一歩前に進んできた。


「失礼であろう! 陛下の誘いを断るなど!」

「そうなのですか?」

「なにをっ!」


 煽るな煽るな先生よ。馬鹿は煽ぐと増々騒ぐから。

 そんな僕の心中などスルーして先生が馬鹿を正面から捉える。


「私は罪人。現在は生きる屍。どの国の民でもなく土に還るまで時を過ごしているだけの存在にございますので」

「だがお前はこの国の民であろう!」

「元、です」


 激昂し騒ぐ馬鹿を前に先生の表情が無表情から冷たくなっていく。

 分かるわ~。先生もこの手のタイプの人間が嫌いなんだろうね。


「元ではない。現在もお前は」

「失礼ながら」


 グイっと体を動かし、馬鹿と先生の間に立つ。これ以上先生をイラつかせるな。


「あまりアイルローゼに噛みつかないでいただきたい」

「何を言うかっ! お前だってその魔女の重要性を理解しているだろうっ!」


 理解はしています。けど、先生の性格と心の傷だって知ってますから。


「アイルローゼがこの国に協力をする第一条件として、武器となる物は作らないということや深く干渉しないことなどがあります。これは陛下が彼女と結んだ約束です。それを聞いた貴方はまだ頭ごなしに彼女に対し命令をすると?」

「んぐぐっ!」


 顔を真っ赤にした……何の大臣だったっけ? 馬鹿な面ほど覚えられないわ。


 勝手に先生と陛下の交渉条件を口にしていることは……あとで両方に土下座して解決すればいい。陛下は得たい物を得られればそこまで怒らないはずだ。問題は先生だが、これはノイエに手伝って貰って謝れば平気だろう。何だかんだで先生は“妹”に甘いから。


 とりあえず今はこの馬鹿の相手だ。


「彼女が協力をする条件として命令は受け付けないと言うものもあります。何よりアイルローゼとの交渉は全て陛下の指示で自分が行うこととなっています。だから」


 ダメだ。やっぱり面倒くさい。

 この馬鹿共は僕の命を狙っているというのだし、優しくする必要は微塵もないな。


「それ以上盛った犬のように吠え続けるならアイルローゼとの協力はこれまでだ。お前が責任を取って陛下に許しを乞え。良いな?」

「言うに事欠いてっ! この若造がっ!」


 叫んだ彼を地面から黒い影がベルトのように伸びて拘束して行く。

 どこかで見たような気がする。どこぞのメイドさんがこんな魔道具を……視線を巡らせてみても2代目メイド長は居ない。ならば作った本人だろう。


「忘れたの? 私があの日、どれほど人を殺したのかを」


 冷ややかな声を発し僕の背後に居たはずの先生が横へと来る。

 黒いベルトで拘束した馬鹿に向かいゆっくりと右手を向けて、その魔法語は腐海ですか? 腐海ですね? 知ってますから!


「落ち着いてアイルローゼ。……(ノイエ。お姉ちゃんを背後からギュッと)」


 格好良く制している感じに振る舞いつつも最終兵器ノイエを使う。

 僕の腕から離れたノイエが、アイルローゼの背後からギュッと抱きしめ……彼女は魔法語を綴るのを止めた。


「矛を収めてくれないか。魔女よ」

「……分かったわ」


 馬鹿を拘束していた魔法も解いて、ガタガタと震えたオッサンが運ばれていく。

 本気で死にかけたのだから……それで済んで良かったね。


「この者たちはまだお前との密約を理解していない」

「ええ。密約なのだから言いふらされても困ります」

「そうだな」


 苦笑する陛下にアイルローゼはそっと頭を下げると、ノイエに抱き着かれたまま馬車へと戻っていく。


「アルグスタよ」

「はい陛下」


 臣下の礼をとる僕にお兄様は容赦のない言葉を発して来た。


「明日以降……少し話す時間を取りたい。良いな」

「出来れば明後日でお願いします。明日はまだアイルローゼが居りますので」

「そうか。ならそれで時間を取ろう」


 告げてお兄様はこの場を立ち去る。これ以上馬鹿共が暴走するのが嫌なのだろう。

 そしてこっちに対して笑みを浮かべて手を合わせる馬鹿兄貴に殺意を覚えたが。




~あとがき~


 アイルローゼは貴族と言う存在が嫌いなのです。

 過去…無茶な命令でかりして来たし、無理な期間で魔道具作成をさせて来たし、無謀な戦いに仲間たちを送り出したから。

 だから本来なら馬車から降りたくもなかったのです。


 嫌な思いをするぐらいなら…




(C) 2021 甲斐八雲

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