落ち着けお前ら~!

「これが召喚の魔女の遺産?」


 一歩踏み込んだ部屋の中を見渡し僕は圧倒された。

 所狭しに置かれているのは本や小道具。クルクルと巻かれた巻物のような物が複数見える。


 何より圧倒されるのが、鏡の存在だ。

 鏡の部屋とも呼べそうなほど壁などに鏡がかけられている。大きさは手鏡サイズから上半身がすっぽり入る物もある。姿見は数枚だけだ。


「召喚の魔女が作り残したという伝承はあるが、どのように使用したのかは分かっていない」

「全部ですか?」

「ああ。全部だよ」


 疲れた様子でバローズさんが椅子に腰かける。

 フレアさんはそんな老人の傍に立ちキョロキョロと辺りを見ている。

 率先して行動しているのは先生だ。明かりの魔法で照明を作り出し、手を伸ばして鏡などの縁の柄を眺めてりしている。何処か楽しそうだ。興味津々で犬だったら尻尾を振ってそうな感じだ。


 隙を見て先生に聞いてみたが、この地下の遺産の存在は知っていたそうだが訪れたのは今日が初めてだと言う。本来であれば道中のトラップを無事に回避する人材……ノイエの超機動でも無ければ何十日と解除に時間を費やす必要があるらしい。

 バローズさんが言うには『今回はトラップの動きが偏っていた』とか。たぶん偏らせた人物はここの制作者なんですけどね。


「で、どうなの?」

「久しぶりに見たって感じかな」


 苦笑してポーラの姿をした刻印の魔女が部屋の中を進む。向かうのは中央に置かれている台だ。

 その台の上には一冊の本が置かれていた。


「だいありー?」

「読めるのかね? 元王子」

「ええ。まあ」


 バローズ氏の問いかけに曖昧な返事をする。


 つい声にして発していた。

 だって本の表紙に『Diary』と綴られていたから。


 英語だよ。この世界に来て初めて見たよ。


「あの馬鹿はメモ魔だったから」

「なの?」

「ええ」


 クスリと笑いポーラが無造作に手を伸ばす。

 パチッと音が響いて……彼女の手が弾かれていた。


「止めなさい。それらに触れられた者は誰も居ない」

「それは何故?」


 ジッと自分の手を見つめる賢者に代わり、僕がバローズさんに質問する。

 すると彼は軽く自分の肩を揉みながらこっちに目を向けて来た。


「この部屋は魔法学院を建設する時に発掘されたと伝わっている。ここに来るまでの仕掛けも同様だ。時の権力者はこの場にある道具の全てを解明しようとした。だが出来なかった」

「そうね。これは無理だわ」


 話に加わって来たのはアイルローゼだ。

 彼女の横に居るノイエは、さっきからずっと黙って天井を見つめている。


「どうして無理なんですか?」


 魔女モードの先生は顎に手を当てて鏡の1枚を見ていた。


「たぶんだけど全ての道具に魔法が施されているのよ。魔力の流れを辿るとその台に繋がっている」

「台に?」

「ええ。その台がこれら道具の保護をしている」

「保護?」


 何となく近くの棚に置かれている巻物に手を伸ばす。

 掴もうとしたらパチッと強い静電気のような痛みが走り手を離してしまった。


「かなり痛いね」

「そうよ。つまりこれらは位置を動かそうとすると弾かれる仕組みみたいね」

「ですか~」


 持ち運ぶことも見ることも出来ない召喚の魔女の遺産。

 これを人は宝の持ち腐れって言うのでは?


「ふ~ん。そう。そういうことか」

「はい?」


 声に気づいて視線を向ける。

 ジッと手を見つめていたポーラの姿をした問題児が何やら呟いていた。


「貴女はいつもそう。これ見よがしに餌を置いて罠を仕掛ける。こんなの見たら私が絶対に手を伸ばすじゃないの……それなのに電気の罠だなんて、私が一番嫌いな物って知ってて」

「お~い?」

「良いわよ。分かったわよ。リーア。その餌に食らいついてあげるわ」


 スッと腰を若干落として、何故かポーラが腰だめに拳を構える。

『何をするんだろう?』と眺めていたら、何故か台に向かい正拳突きをした。


「もう一丁!」

「何をしている馬鹿な妹よ。はっちゃけるなっ!」


 慌てて駆け寄り抱きしめようとしたら、パリッと言う音が部屋の中に響いた。


 今のは何でしょうか?


「ここか? ここが良いのか?」

「何か卑猥だから止めようね~」

「離してっ!」

「離しません」


 ギュッと抱きしめたらポーラの小振りな胸をガッチリと掴んでしまった。

 出会った頃は平らだったのに……掴めるぐらいにまで成長したんだね。


 現実逃避をしつつポーラを無理矢理引き剥がす。


「……(あまり目につく行動をするなって)」

「……(大丈夫よ。必要なら記憶を改ざんするから)」


 こわっ! 囁くような声量で質問したら妹が恐ろしいことを言ってきました。


「まあ見てなさい」


 スルッと僕の腕から逃れてポーラの姿をした問題児がまた台を殴った。

 バリンと音が響いて……フラフラと天井を見つめているノイエが横移動していた。


 もう本当に自由人が多くて困ります。


「これでおしまい! 真っ赤に輝け私の拳! シャイニング~」

「言わせるかボケっ!」


 流れる動きでハリセンを呼び出して馬鹿の頭にお見舞いする。


『ぐふっ』と鈍い声を発しながらも馬鹿賢者が拳を放って台を殴った。

 バリバリバリと音が響き渡り……何かが壊れたような気がした。


「嫌い」


 と、ついでにノイエが昇竜拳モドキのアッパーカットを天井に放つ。

 この義理の姉妹は何でも拳で解決するのか!


「で、からの~。怒涛の刻印さん魔法!」


 クルっとその身を翻し、ポーラが宙に指を走らせる。

 何かを綴ってそれを放つことで魔法にした様子だ。


 ターゲットはもちろんポーラを見つめて唖然としているクロストパージュ家の2人。


「……何が起きたのかね?」

「たい……ノイエ様が何かを殴ったような?」


 偶然なのか何なのか、ノイエの昇竜拳が全ての原因になっていた。

 そして何も言わずに早速壁の鏡を掴んで観察している先生は……魔女なんだな。


「ノイエ」

「……」

「お~い」

「はい」


 若干不機嫌そうにノイエが僕の元へと駆けて来た。


「何したの?」

「嫌いなのが、居た?」


 首を傾げないで。もう忘れたの? 鶏もビックリな速度だよ?


「可愛いポーラさ~ん」

「ん~? ここに仕込まれていた監視魔法の類を殴り飛ばして消滅させた感じね」


 早速日記を手に取り読みだしている刻印さんが適当な返事を。


 というかみんなちょっと待とうか? それぞれがそれぞれ勝手に行動して手当たり次第に道具に触れないの!


「落ち着けお前ら~!」

「「「「断る!」」」」


 奇麗にハモって正統派魔法使いな4人が各々調べ出した。

 良いもん。僕にはノイエが居るから良いもん。ねっノイエ……ノイエさん?


 若干瞳を黄色くさせたノイエがフワフワと揺れ動きながら資料に手を伸ばす。


 シュシュか! 君はこの手の物に反応する子じゃないと信じていたのに!


 仕方なくバローズさんが座っていた椅子に腰かけて……それからしばらく僕は放置プレイを味わった。




~あとがき~


 主人公は基本ツッコミ役なので今回の立ち回りは間違っていないはずw


 はい。召喚の魔女リーアの遺産がゴロゴロです。

 正統派魔法使いなら垂涎の一品が山のように積まれている状態です。


 今日中にこの場所から出られるのか?




(C) 2021 甲斐八雲

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