1人で何をするのよ!

 あれ? 何だかとっても暖かい。


 瞼を開いたら見知らぬ天井だ。というか別荘の天井だね。


 視線を巡らせると暖かさの正体を発見した。

 赤いノイエが僕の横で抱きつくようにして寝ている。


 あれ? どうして先生が横で……知らない間に寝ていたか!


 慌てて起きようとしたら拘束されたままだ。後ろ手に縛られた手が痛いのです。


「先生。起きてよ。アイルローゼ先生」

「……うるさい」


 ふにゃっと手を伸ばしてきた彼女が僕の頭を捕まえるとその胸でギュッと挟んできた。


 息が……甘い空気しか感じられないんですけど!


「先生っ! 起きて!」

「……」

「こうなれば!」


 日々培った技術を駆使して、その柔らかなのに張りのある胸を舌で攻撃する。

 しばらくすると先生の口から甘い吐息が聞こえてきて……ブルッと震えてから薄っすらと目を開いた。


 相手の様子を見つめていた僕と先生とが自然と目を合わせる形になる。

 見る見る真っ赤になる先生が、ヤバい。あの目はヤバい。


「人が寝ているところをっ!」

「ちょっまっ! な~ん!」


 思いっきり先生が僕の顔を殴りつけて来た。




「で、グローディア」

「何かしら?」

「あの本来の旦那様の話を信じるの?」

「……信じるしかなさそうね。何より利害は一致しているし」


 ノイエの目を通して外を見ていた王女は、髪をかき上げ馬鹿騒ぎから視線を外した。


 話し合いが終わってから終始機嫌が悪そうにしていたグローディアに対し『自由の~風が~』と言って逃げ出したシュシュは内心恨んでいたが、それでもレニーラは残り見ていた。

 あのもう1人のアルグスタの話をちゃんと聞きたかったからだ。


「ルーセフルトの天才……エルダーを殺せるなら邪魔をしないか。余程恨みがあるみたいね」

「だね」


 王女の呟きにレニーラは相槌を入れる。


「なら好きにさせれば良いわ」

「良いの?」


 長い時間を費やして結論を出したのであろうグローディアの言葉は比較的軽やかだった。


「あの馬鹿に用心棒が居ると思えばいいのよ。命の危険が差し迫っていないと手を貸さないみたいだけど」

「でも」

「何よ?」


 立ち去ろうと歩き出したグローディアは、舞姫の声に足を止めた。


 基本何も考えずに好き勝手に動いているように見えるレニーラだが、彼女の勘は鋭いのだ。だから前もって行動していることがある。たまに程度だが。


「何て言うかあの旦那さん……凄く無理している感じがする」

「無理って?」

「ん~」


 自身のお腹を抑えながら首を傾げた舞姫は、その目をグローディアへと向けた。


「消えそうなランタンが最後に燃えている感じかな?」

「そういうことね」

「分かったの?」

「何となくよ」


 頷きグローディアは歩き出す。


 きっとレニーラの勘は正しいのだろうとグローディアはあたりをつけていた。

 魔眼の中で保護されている自分たちとは違い、彼はただ恨みだけで彼の中で存在しているのだ。それはきっと存在を消耗し続ける辛さを伴う行為なのかもしれない。


 けれどそれを実行するほどに強い恨みを抱いている。


「子供の頃に見た貴方からは想像もできない覚悟ね……アルグスタ」


 クスリと笑いグローディアは魔眼の中枢を出た。

 背後からレニーラの『アイルローゼ。落ち着いて~!』という悲鳴が聞こえてきたが気にもしない。


 面倒ごとは基本かかわりたくない。それだったら魔法の勉強でもしている方が良い。


「もう少し転移魔法を改良できると良いのだけど」


 現在の課題を口にし王女は通路を歩いて行った。




「らめ~! 先生っ!」

「このっ! このっ!」


 2度3度と放たれる拳に僕は無抵抗だ。何故なら腕は背中の後ろで縛られているから!

 よって先生の拳が僕の顔をポカポカと殴り続ける。


「痛いって先生!」

「黙りなさい! 寝ているところを……それも胸を舐めるなんて!」

「それは先生が僕の頭を抱え込むからでっ」

「問答無用!」


 余程怒っているのか顔を真っ赤にした先生が拳を振り下ろしてくる。

 しばらくポカポカと殴られ続け……プンプンに怒った先生が去って行った。


 ようやく普段の色に戻ったノイエは軽く辺りを見渡すと、ベッドで横になっている僕を見つけて這い寄って来る。


「アルグ様?」

「……」


 純粋に『何しているの?』という感じで首を傾げるノイエが凄い。


「ノイエ。この背中の腕を解いてくれる?」

「……」

「ノイエさん?」


 何故かノイエは僕のズボンを解きだした。


「ちょ! ノイエ!」

「分かってる」

「何が!」


 必死に体を振って抵抗する僕に対し、ノイエは器用に対応してズボンを一気に引き抜いた。


「今ならたくさんできる」

「昨日からたくさんしてるよね!」

「……」

「あの~ノイエさん?」


 一瞬ノイエの目が怪しく光ったような?


「本気はここから」

「自重を覚えようか! ねえノイエ!」

「そんなの知らない」

「名言っぽく! のあ~!」


 色々とあって帰宅が遅くなった。


 半日ほど仕事を勝手に休んだノイエさんだったが、僕が祝福を渡して野に放ったおかげで普段の倍ほど惨たらしいドラゴンの死体を作って仕事を終えたそうな。


 おかげで僕はカラカラに枯れ果てたけどね。




 残り1日の休みを屋敷で過ごす。

 前線で大活躍したはずの僕に与えられた休みが5日とかどんなブラック社会だ。


 少ない休みと休み明けに溜まっているだろう仕事に鬱を感じながら、オヤツのケーキを口に運ぶ。というかこれ見よがしに拗ねる存在を見たくない。


「温泉……」


 ええい。面倒くさいな。


「ポーラはウチの子だから申請すればいつでも使えるって」

「違うのよ!」


 憤慨したポーラが立ち上がり噛みついてくる。


 右目に浮かぶ五芒星の形をした模様……今姿を現しているのは三大魔女の1人である刻印の魔女イーマだ。だけど僕の中では魔女はアイルローゼ先生なので、彼女のことは馬鹿賢者と呼んでいる。馬鹿なのに賢者だ。この矛盾している感じがお似合いだ。


「温泉でこう……イベント的なフラグを立てて遊ぶのが楽しいんでしょう! 1人で何をするのよ!」

「温泉を楽しめよ」

「それで良いなら屋敷のお風呂で十分よ!」


 憤慨して目の前のケーキを自棄食いした賢者が不意に静かになった。

 視線を向ければ本来のポーラに戻っている。


 こうなるとドラグナイト家の者は、自分以外の人格を最低1人は抱えている不思議な家系らしいことを自覚した。

 僕は普通だと思っていたんだけどな……まあ良いか。


「にいさま」

「ん?」

「いっしょにいきたかったです」


 シュンとしながらポーラもそんなことを言ってくる。

 可哀そうな雰囲気に押し流されちゃダメだ。


「今回は言うことを聞かず危ないことばかりをしたポーラへの罰です」

「……はい」


 今にも泣きそうな顔で彼女が頷いてくる。

 こうなると僕が一方的な悪者感覚だ。


「今日はノイエが帰って来たら3人でお風呂に入ろうね?」

「はい。いっしょです」


 嬉しそうにして抱きついてくるポーラは可愛いから良い。ただどうして一緒を強調するのだろう?

 最近のポーラは良く食べて良く体を動かしているせいか、こう一気に成長がね……少女から女性への変化を見ているような気がして罪悪感すら覚えるのです。


 世のお父様方は娘とのお風呂ってどのタイミングで終わる物なのだろうか? 教えて欲しい物です。




~あとがき~


 胸を舐められた先生、大暴れの巻w


 あくまで復讐のために存在している本来のアルグスタ…その決意にグローディアは彼の評価を少しだけ変えました。

 まあ本来のアルグスタの評価なので、現在のアルグスタの評価は地の底ですがw


 ドラグナイト家は主人格以外の人格を擁する不思議な一族と化しました




(C) 2021 甲斐八雲

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