ゴミは潰して投げていい

「拾った」

「拾ったじゃなくて……」


 無事に妹を受け止めたノイエが僕に顔を向けてくる。

 ただ彼女の腕の中に居るポーラはブルブルと震えると、ノイエの首に腕を回した。


「ねえさまっ!」

「!」


 大きな声か全力の抱きつきか……ノイエは驚きアホ毛が『!』となる。

 ただポーラが止まらない。

 ギュウギュウとノイエの首に腕を回して姉の頬に顔を擦り付けている。


「こわかったです! すごくこわかったです!」

「……」


 普段の様子から考えられないほど取り乱してポーラが泣きじゃくる。


 余程怖かったのか……視線を上に向ければ天幕の屋根には大穴が。

 怖いよな。空から落ちてくれば普通怖いわな。


「ねえさまっ!」

「……大丈夫」


 ギュッとノイエがポーラを抱きしめ返してチュッと頬にキスをしだした。

 前回『お姉ちゃんは疲れる』宣言をしていたが、どうやら自分がポーラのお姉ちゃんなのだと自覚した様子だ。


 さて……ポーラの乱入は後にするとして、とりあえず僕は頭を使おう。


 帝国軍師が部下たちをけしかけようとして来なかった。で、代わりにポーラが降って来た。

 つまりあの馬鹿賢者が何かしてこうなったのだろう。ポーラが前線に来たのもあの賢者の仕業か。やはり何かしていたんだな……今度会ったら絶対に尻を叩く。

 そして今回ばかりはポーラも叱ろう。前線は危ないし子供が来るような場所じゃない。

 連れ戻して……どうやって王都に戻せばいいのかな?


 結論は出た。帰ってポーラを叱ってから、あとのことを考えよう。

 決して問題の先送りではない。まず僕としてはポーラの心を傷つけないようにちゃんと叱るという高すぎるハードルが待っている。

 世のお父さんたちに教えて欲しいぐらいだ。娘ってどう躾けるのですか?


「ほらノイエ。ポーラも帰るよ」

「はい」

「えっぐ……」


 泣きじゃくっているポーラをギュッと抱いてノイエが返事を寄こす。

 ヤージュさんはポーラが掴んでいた箒を持って僕らを見て呆れていた。


 さあ帰ってまずはご飯かな~。


「このまま帰れると思っているの?」

「ったく……」


 空気を読めない馬鹿な軍師が吠えて来た。


 僕が代表で振り返ってやると、メイドたちがワインで濡れた彼女を拭いている。

 けれどそのタオルを持つ手を振り払い馬鹿が1歩2歩と近づいて来た。


「殺してやる……これでもかと残忍な方法で!」

「止めとけって」

「怖気づいたの? 私にこんなことをして許されると思っているの!」

「何だよ? 『父さんにも濡らされたことは無いのに~』とか言っちゃう感じ?」


 言わせないよ? そんなお約束は事前に封殺だ。


「そもそもお前みたいな馬鹿が育つのは家庭環境が悪い証拠だ。ウチの末の妹を見なさい。この愛くるしさを……同じ人間とは思えんな。ああ。お前は立って歩く獣だったか」


 ギリッと奥歯を噛んだらしい馬鹿の口から凄い音が。

 気をつけろ? 歯だって割れるからな?


「私の両親まで馬鹿にして……生きて帰れると思うなっ!」


 彼女は後ろ腰に手を回して何やら筒状の物を取り出した。


 遠い宇宙で戦っている、考えるより感じる人たちが持っているライトなヤツの本体にも見える。つまりブゥンとかいって光が伸びるのか?


 内心ワクワクしていると、ノイエが僕の横に来た。

 そして迎え撃つのは……ポーラだ。


「馬鹿ね。そんなネタの分かった玩具は今度に取っておきなさい」


 笑って彼女は宙に指を動かし文字を綴るとそれを押す。

 何やら魔道具らしい物をこっちに構えていた軍師さんは、作動しないそれに驚いて自分の手を覗き見ている。


「何したの? つかポーラに何をさせてるの?」

「……魔力が切れて力が出ない~」


 うおいっ! お前はどこのアンパン男だ!


 しかしポーラは瞳の模様を消した。そして目を回してノイエに抱きつく。


「アルグ様」

「おう?」


 若干ノイエの目が怒っているようにも見える。


「ダメ」

「……」

「泣いてる」


 どうやら少しはノイエにも母性が目覚めたのか?

 今日は記念日にしてもいいな。良し。帰ってご飯だな。


 ノイエの背中に手を回し彼女を軽く押して帰ろうと、


「逃げられると思っているのっ!」


 絶叫だった。


 そんなヒステリックに叫ぶなよ? こっちの優しさに気づけよな?


「何だよ? そっちの攻撃を見逃しやったんだからこのまま帰らせろよ?」

「ふざけるなっ! ふざけるなっ!」


 地面を蹴って軍師が悔しがる。


 あら? 妄想じゃなくてリアルで悔しがる軍師を見れたよ。

 もう十分な収穫を得たな。撮影なら取り高バッチリだ。


「で、まだ攻撃するの?」

「ふざけるなっ!」


 濡れて髪形を大きく乱した彼女が寒気をするほど怖い視線を向けてくる。

 どうやら帝国の女性は負けん気が強いらしい。厄介だな。


「もう諦めろって? 何よりここで僕らに攻撃すれば帝国は本当に終わるぞ? こっちが親切心を見せている内に帰れって」

「誰が諦めるですって? こんなに馬鹿にされて……ふざけるなっ!」

「あっそう」


 もう手に負えん。なら仕方ない。


「ファシー。出てきて」


 いい加減にしろと言いたい。

 そっちがその気ならこっちも手加減なしだ。


 僕の言葉にノイエが震えると……抱きしめているポーラを下ろした。

 ポーラが重たいわけじゃない。ポーラの体重は同じ年代の子よりも……成長が足らないから軽いぐらいだ。きっとファシーは箸よりも重たい物を持てないだけです。


「ファシー。ちょっと格の違いうぉっ!」


 赤く色を変えるノイエに慌てた。そりゃ慌てる。


「散々ノイエの悪口を言って……生きて帰れると思わないことね?」


 逝っちゃってる赤い目が帝国軍師を見つめる。

 怒ったホリーも始末に負えないけれど、キレた先生とか対処のしようがないから……というかこの周辺の土地が全部腐る!


「はいはい落ち着いて。落ち着いて、ね?」


 正面から彼女を抱きしめて……あの~? 耳元で聞こえる声は魔法語ですか? 綴ってますか? 腐海ですか? ねえっ!


 慌てて彼女の頬を手で挟んでキスして封をする。

 一瞬口に入って来た彼女の息にむせかけたけど根性で我慢。

 しばらくすると動きを止めた様子だから顔を離して確認する。赤い髪と赤い目に負けないくらいにノイエの顔が真っ赤になっていた。


「ば……」

「はい?」

「馬鹿っ!」


 右のビンタが僕の頬に炸裂して、ノイエの色が抜けた。

 まだ顔を赤くしているノイエが、先生のビンタを食らって蹲る僕の背に手を置く。


「アルグ様?」

「あひ?」

「……許さない」


 あれ? ノイエさん?


 フラッとアホ毛を怒らせたノイエが帝国軍師に体を向ける。

 僕が必死に先生を引き留めている間に、また新たなる魔道具をメイドさんから得たらしい馬鹿が懲りずにこっちを睨みつけている。


 というか自分の手で僕をビンタし、その怒りの矛先を帝国軍師に向けるとは……ノイエったら恐ろしい子っ!


「だ~! 落ち着いてノイエ!」

「平気。大丈夫」

「本当に?」

「はい」


 肩越しにノイエが僕を見る。


「ゴミは潰して投げていい」

「はいはい。どうどう」


 彼女の背後から腕を回してギュッと抱きしめる。

 もうこれ以上は厄介だから止めて欲しい。というかこの混とんとした状況を誰かどうにかしてください!


「もう殺す! お前たちも……ユニバンス王国の住人全ても殺すっ!」


 完全に逝ってる帝国軍師が矢を番えていない弓を引いてこちらに構える。


 あれは絶対に魔道具だね? あ~もうっ!


「離しなさい。馬鹿」

「イテッ」


 ギュッとノイエを抱きしめている手を摘ままれ反射的に僕は手を放す。

 と、今度は視線を冷たくしたノイエが馬鹿を睨んでいた。


「フグラルブ王国」

「何がっ!」

「全身に刺青を持つ女性」

「……」

「ついでに言えばその国が秘匿していた治癒魔法を全身に宿している」


 囁くノイエに帝国軍師が構えている弓を下ろした。


「私たちをここで殺すのなら、その人物は2度と貴女の前に姿を現すことはないでしょうね?」


 ってグローディアかっ! どうしてリグのことを!


 慌てて駆け寄ろうとする僕の手を誰かか掴んだ。

 振り返るとポーラだ。でも右目には模様が浮かんでいた。




~あとがき~


 流れるような感じで場が混とんと化す。

 アイルローゼからのノイエの流れは、書いてる作者ですら『すげー』と思ったそうな。


 混とんと化した場所に姿を現した存在…それはユニバンスの王女様です




(C) 2021 甲斐八雲

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