ノイエはやれば出来る子なのです
ユニバンス王国自治領・領主屋敷
「木に縛り付けられるのは興奮できて良いんだけど、お手洗いに行けないのが……膀胱がどうかなったら誰に責任を追及すればいいのかな?」
馬鹿丸出しなことを言いながら、ミシュは自治領主の屋敷内を移動していた。
管理を任されている転移の魔道具の確認のためだ。
使用時は外だがそれ以外は置き場として一室を屋敷の主であるキシャーラから借りている。
現状は国が秘匿していた魔道具となっているが、議場に居た貴族たちの口を全て塞ぐことは難しいだろうから……いずれ国外にもあれを作ったのが、王女グローディアと術式の魔女アイルローゼであると知られることだろう。
厄介だ。厄介すぎる。
だから自分が近衛に戻されたのだろうとミシュは理解していた。
口が軽すぎる貴族の処分……また死因は他殺なのに病死と発表される貴族が出ることだろう。
半ば呆れながら廊下を曲がると、魔道具の見張りをさせていた部下が蹲るようにして寝ていた。
寝ているのが確認できたのは2人居る見張りの1人が間抜け面を晒して涎を垂らしてイビキをかいていたからだ。
精鋭である。手練れでもある。そのはずの2人が寝ている。
王国軍の中に紛れて一緒に来た部下たちを、ミシュは無作為な振りをして選びだし自分の手駒とするために預かった。
事実アルグスタの方にも何人か派遣してある。監視を兼ねてだ。
「おいおい。笑い話?」
駆け寄り寝ている2人の部下に容赦ない平手をお見舞いし、ミシュは懐から鍵を取り出した。
目覚めたらしい部下を無視して鍵穴に鍵を差し込み捻ろうとして、ミシュは違和感を覚えた。解錠された気配があるのだ。
それはミシュの癖だ。常に鍵を微妙な感覚で甘く閉じる。
だが今の状態は確りと閉じられていた。
改めて鍵を捩じって扉を開けば、プレートの入れ替えの為に正しい形で床に置かれている魔道具が持ち運ばれた気配もない。
確認のために魔道具をバラシて中身を覗けば……入れ替えた使い捨てのプレートも根幹となるプレートもそのままだ。外された気配はない。
ただ違和感はある。間違いなく誰かが魔道具に触れた後だと分かる。
何故ならピカピカに磨かれているのだ。新品かと思うほどに。
「何があった?」
「申し訳ありません。外を見張っていたら不意に」
見張りをしていた部下の古参の方が返事を寄こす。
ミシュは魔道具を粗方確認して元の位置に置いた。
「魔法? 薬?」
「臭いなどは感じませんでした」
「なら魔法か」
正直魔法と言う存在は卑怯なほどに有能で厄介だ。
それだけに魔法を使われたとなると部下たちの非を強く攻めることが出来ない。
「魔法を使った者の姿は?」
「見えませんでした」
「気配は?」
「それも」
「……」
部下の言葉にミシュは内心で頭を抱える。
遠距離からの睡眠魔法など聞いたこともない。それこそ回避のしようが無い。
仮にそんな魔法が使えれば……と、思案するミシュの視線にそれが映った。
「はぁ?」
思わず声が出て確認するように窓に駆け寄り視認する。
2階に位置する今の場所から窓越しに見下ろした所……つまり外にそれは居た。
自分の背丈よりも長い箒を担いだメイドだ。
全体的に白く、何より小柄と言うより幼い。
ユニバンスの王城内で人気のチビメイドがそこに居た。
「何でアルグスタ様の所のチビが居るのよ!」
「「……」」
大声を上げて騒ぐ上官に対し、部下の2人は心の中で呟いていた。
『貴女も大概小さいですけどね』と。
急いで窓を開けたミシュは、そこから飛び降りようとする。
だが相手の行動が早かった。
チビメイドは箒に腰を下ろすと、フワリと浮いたのだ。
「ちょっと待て~!」
色々な感情からミシュは絶叫していた。
けれどメイドは止まらない。
そのまま箒に乗って空を飛んで行ってしまった。
見る見る軍師の砂時計が空になっていく。
開始時の持ち時間は25分と10秒だが、彼女はその貯金を半分以上失った。
それ以上にホリーは10秒しかないけれど。
「戦士に攻撃」
「……」
サイコロを振り合いホリーの重装歩兵が勝った。
と言うかあれが負けるとかあるのか?
支援キャラに囲まれている重装歩兵は近しい範囲を移動して常に敵を攻撃する。軍師の攻撃に一切怯まない。なら他の2つをと思うが、狂戦士の方には歩兵が配置されていて安易に近づけない。強引に近づけば包囲攻撃の餌食だ。そうなると遊び人が1番の穴だ。
そう思っているのか軍師もドラゴンを含んだ主力をそっちに集結している。
陣形が完成すれば遊び人を一気に襲う算段だろうな。
「ん~。解説が欲しい」
「でしたら僭越ながら私が」
「居たの?」
不意に背後から声がした。
逃げ出す算段をしていたはずのヤージュさんだ。
「……本国からの応援が来ましたので」
「馬鹿兄貴の部下は本当に勤勉だね」
小声でそう告げて彼は僕の横に立つ。
密偵の長である馬鹿兄貴があんなにも仕事を嫌うのに、その部下たちは大変真面目なのである。
これはあれか? 大河ドラマで見た三河武士的な忠誠心か?
我が国は出来た部下たちに支えられています。
「で、自称だけど帝国軍師が帝国内であの遊戯最強って聞いたんだけど?」
「はい。事実です」
僕のこれ見よがしな声に反応してヤージュさんも声を張る。
「彼女は帝国内で敵無しでした。攻撃に特化しその猛攻は烈火の如しと……ですが」
若干鼻で笑ってヤージュさんが改めて盤を見る。
「アルグスタ様の細君は、彼女の攻撃よりも優れた防御をお持ちのようで」
「ウチのノイエはやれば出来る子なのです」
ただ普段からやる気を……というか命じないとやらない子だけどね。
何より自分の好きなことにしか燃えないタイプだしさ。
「やれば出来る……それであれをされたら堪りませんな」
「あれって?」
「ご存じないのですか?」
「あの遊戯は苦手なんです」
戦いながら領地を奪い合うとかそんな要素を含むな。
ボードゲームは簡単な物を求む。
僕の言葉に苦笑したヤージュさんが改めて教えてくれた。
「あの戦法は10数年前にユニバンスを中心に流行った『薄氷』と呼ばれる戦い方です」
「薄氷?」
危なっかしい印象しか受けない名前だな。
「はい。常に自軍をギリギリの状態で保ち相手の攻撃を完璧に塞ぐ。どんな攻撃も氷の上で舞うかの如くスルスルと回避して、最後に勝ちを得るという戦い方です」
「へ~」
10数年前ってことは……もしかしてホリーが作った戦法か? あり得るな。
「その戦法の特徴は?」
「はい。大人と子供……格の違いを思い知らせるために用いられると聞いております」
うっわ~。絶対に作り出したのはホリーだ。
「何よりあの薄氷は受け手の実力に支えられる戦法です。何十、何百と先の手を読み続けなければ対処しきれずに氷が砕けて負けてしまうのです。ですから薄氷は余程実力に差が無ければ用いることはありません」
「ウチのお嫁さんは初っ端からそれを用いたけど?」
僕の質問の意図に気付いたのか、ヤージュさんが口角を上げた。
「なら最初から勝負にならないほど相手が弱いと知っていたか、それともご自身が負けないという自信があったのでしょうね」
ガツッと激しい音が響いた。
僕とヤージュさんの言葉に腹でも立てたのか、帝国軍師が4本目の砂時計をひっくり返し机に叩きつけていた。
これで彼女の持ち時間は残り10分程度だ。
~あとがき~
フラッと前線に姿を現したのはユニバンスに居るはずのポーラでした。
箒を片手に空とか飛びだすなんて…なんて魔女っぽいことをw
ユニバンスで誕生した『薄氷』は当初『支配者』と呼ばれていました。
扱っていた少女がただ強すぎたから生じただけで、その少女も別に戦法とすら思ってませんでした。
薄氷はそれを模して造られた憧れから出来上がった戦法なのです。使い手を選びますけどね
(C) 2021 甲斐八雲
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