なら動かせないの?

「どうもこの転移後のフワっとした感覚が好きになれない」

「はい」


 スッと背筋を伸ばしているノイエは、僕が思う感覚をたぶん何とも思っていない。


 もう視線は庭で焼かれている肉の方を見て動かない。視線は動かないけど、本人は自然と歩きだしている。迷うことなく丸ごとの鶏肉が鈴なった串を手にして勝手に食べだした。

 斬新な焼き鳥を見たな。


「で、ミシュはどうしてそうなっている?」

「ピロ~」

「口の笛を外せ」

「ピロ~」


 イラっとしたから、無理矢理外して鼻の穴に押し込んでやる。


「ちょっとアルグスタ様? 嫁入り前の私にどんな酷い仕打ちを!」

「案ずるな。マツバさんに君の実家の住所を教えた。これでようやく売れ残りからの脱出だ」

「ちょっと待てっ!」


 鼻に刺さる笛をピロピロ~鳴らせながらミシュがマジトーンで吠える。

 僕の心ばかりの親切に不満を申すのか? この売れ残りは?


「あれに実家の……帰るっ! 帰って両親をやってくる!」

「そっちを殺すな」

「そっちの方が簡単なんだよ~」


 安易な方法を口走る親不孝な娘にはさらなる罰が必要です。


 ちょうどミシュが縛り付けられている木に毛虫が居たから、木の棒で挟んで彼女の平らな胸元に放り込んでおく。


「冗談にならないぞ~!」

「騒ぐな暴れるな」


 ピロピロと笛を鳴らすミシュが騒ぎ続けると煩いだけだ。

 猿轡を噛ませて、とりあえず黙らせておいた。


 何故か自治領の人たちがドン引きしているが僕は気にしない。

 これがユニバンスクオリティーなのです。


 丸ごと焼き鳥を口にしているノイエと合流し、僕も軽く鶏肉を摘まむ。

 そうしているとノイエが食べ終えた串を背後に投げた。


「小娘っ! のがっ!」


 眉間に串を刺してノイエに襲い掛かろうとしていたオーガさんが後方に吹き飛んだ。

 衝撃映像を見た気がするが、オーガさんはムクッと起き上がり眉間に刺さる串を抜いた。

 流石オーガさんだ。色々と狂っていやがる。


「だからトリスシアっ!」

「煩いのが来たよ」

「貴女が私を怒鳴らせるのでしょう!」


 駆け付けたヤージュさんが座り込み脇をポリポリするオーガさんを叱る。


 あ~。あんな問題児の管理をさせられているとか本当に大変そうだ。

 同情したら軽く涙が出たよ。


「アルグ様?」

「料理の煙が目に染みました」

「はい」


 食べる手を止めてノイエが僕の目を覗き込む。と、ついでにキスしていく貴女が凄いです。

 ただノイエ? 食事中のキスはダメだよ? 鳥と塩の味とか寂しくなるからね。


 キスしたことも忘れノイエはさっさと食事に戻る。

 まあ魔力を回復しておかないと何かあった時に動けないから仕方ない。


 あっという間に20羽分の鳥を食したノイエさんでした。




「オッサンは?」

「キシャーラ様でしたら前線にて指揮を執っています」

「そっか」


 本日の移動は馬車でなく荷馬車だ。

 荷台に僕とノイエとオーガさんが乗り、御者席にはヤージュさんが座って手綱を操る。


 流石にあの旗を掲げたせいで帝国軍本隊が朝から活発に動く様子が見て取れるらしい。

 おかげでオッサンは前線に出向いて士気向上と軍の引き締めをしているとか。


「で、帝国軍からはまだ何も?」

「ええ。ですが夜までには使者が来るかもしれませんね」

「そっか~」


 対応は僕ですか? オッサンに丸投げしたいんですけどね。


 御者席の近くにノイエと並んで腰を下ろし……食事を食べて満腹らしいノイエが僕に寄りかかり寝ている。スウスウと可愛らしい寝息にときめいちゃいます。


 僕らが端でちんまり座っている理由は荷台の大半をオーガさんが占めているからだ。

 大の字で寝ている。上半身が裸に近い格好だが、付き合いが長くなってきたせいか気にもならないな。


「で、ヤージュさんや」

「はい」

「色々と質問があるんですが?」

「ええ。今となったら答えられることは全て答えましょう」

「やっぱりか」


 あのオッサンの部下は、本当に有能で困るよ。


「なら帝国軍が厄介な魔道具を抱えているのを黙っていたのは?」

「もちろん意図した沈黙です。もし本国が知れば派兵される兵の数は如何ほどに?」


 決まっている。馬鹿な貴族たちが反対して、


「良くて1,000か……500が妥当かな?」

「私もそう思います」


 軽く手綱を打って馬車に勢いをつけ段差を越える。

『んがっ』とオーガさんがイビキをかいて、『んっ』と甘い声を出してノイエが僕に抱き着いてくる。


 違うんだよノイエ。今のは段差でバランスが崩れて君の太ももに触れただけだ。その気はない。


 スリスリと甘えてくるノイエがそれ以上動く様子が無いから、そっとしておく。


「魔道具に関しては本当に悪いと思っていました。ですが本国からの援軍無しで我々は砦まで退却は難しかったので」

「つまり最初から攻められたことを想定していたのね」

「はい」


 自治領に何か起きなければ馬鹿兄貴も元帝国大使館の職員を締め上げたりはしない。

 完全に敵対したから締め上げて情報を吐かせたんだろう。


「帝国ってユニバンスを攻めてるって認識?」

「いいえ。あくまで裏切者のキシャーラ様が対象です」

「だから砦までの退却か」

「はい」


 帝国本土の戦争理由としては裏切者の成敗であり、ユニバンスを攻めた……というより匿っているユニバンスが悪いと声高らかに宣言しそうだよな。けれどそれが崩れた。


「あの旗って結構な嫌がらせだったのね」

「ですね。たぶんあの女狐も今回は床を蹴って悔しがっているでしょう」

「あら可愛い」


 自然と声が出ていた。

 狐が地面を蹴る様子を想像したら意外と愛らしく思えたのだ。


「……ダメ」


 寝言を言いながらノイエがギュッと抱きついてくる。

 鎧姿でギュッとされても痛いだけなんだけどね。


「寝ててもヤキモチとか本当に可愛いな」


 ウリウリとノイエの頭を撫でてあげる。


「で、その魔道具のことに関しての詳しい情報は?」

「残念ながら私たちには余り情報が降りてきていません」


 今更隠す必要はないはずだ。


「その理由は?」

「あの国を攻めて攻略したのはセミリアの叔父なのですよ」

「そう言うことね」


 本当にこの人は……キシャーラに対して忠実過ぎるでしょう?


 帝国軍師がその魔道具を持ってきている可能性もあるってことか。


「言い訳は終わってから陛下にしてちょ」

「言い訳などしませんよ。私の命はキシャーラ様の為にありますので」

「そうっすか」


 ゴロンとオーガさんが寝返りを打って荷台が大きく揺れた。


 体勢を崩したノイエが……こらこらノイエ。そこに顔を押し付けちゃダメです。


 僕の股間で膝枕するノイエを引きはがそうとするが、腕を回して増々抱きつく。


 寝ぼけていてもそれは色々とアウトです。可愛いお嫁さん。


 起こすのも悪いから放置しておこう。これ以上何かを狙うなら流石に起こすけどね。


「で、持ってる情報を聞かせてくれる?」

「はい」


 軽く手綱を打ってヤージュさんは言葉を続ける。


「フグラルブ王国が秘匿して居た物は大型の魔道具と言うことでした。その大きさは中型のドラゴン程とも言われています」


 デッカイな~。異世界産か?


「で、どんな魔道具?」

「分かりません。ですが動かすには鍵が必要とか」

「鍵?」

「ええ」


 もう一度手綱を打って彼の言葉が続いた。


「何個か存在していたようですが……王家の者、王族の者、宮廷魔術師の者、その他有力者の娘に預けられていたとか」


 リグの故郷で考えられる鍵の形は、


「刺青?」

「分かりません。ただ情報では魔法で子宮に隠されているとか」

「……」


 それなら見つからないね。うん無理だ。


「後にそれを知り、奴隷として売り飛ばした娘たちを慌てて回収しようとしたそうです。ですが大半が死亡しており、残りは行方不明だとか」


 酷い話だけれどそれが現実だ。

 この世界の戦後の女性の扱いは、地球でいう中世な感じだから……割り切れないけど。


「なら動かせないの?」

「分かりません。あの女狐の一族が鍵を手に入れていない保証はないんです」

「厄介な」


 そっと手を伸ばしノイエのクビレた腰を撫でる。

 子宮に……リグの子宮にもしかしたらそんな物が?


「もしその女性が生き残っていたら、帝国軍師は喉から手が出るほど欲しいだろうね」

「持っていなければですが……持っていても予備が欲しいでしょうね」

「厄介だな」


 リグの情報が伝わってなければいいけど。




~あとがき~


 ミシュは結婚するのか? 乞うご期待w


 前線に向かうアルグスタは、今回の腹黒人物に質問する。

 どうして魔道具の存在を隠していたのかと? まあ知られたら援軍が…ねぇ?

 で、リグの故郷にはとても大きな魔道具が…どんな物なのかは後に




(C) 2021 甲斐八雲

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