噂には聞いていた

 噂には聞いていた。

 人伝だがそれはイーリナの耳にも届いていた。

 ユニバンス王城内では、元王女グローディアと術式の魔女アイルローゼの噂でもちきりなのだ。


 罪人となり処刑されたはずの2人が生き残っていて、王女は何処かで隠遁生活を送り、魔女は王家が秘匿しているというのが一般的な話だった。


 普段ならそんな噂話などイーリナは右から左だった。

 ただあの魔女がかかわっているなら話は別だ。


 会いたい。会ってその技を是非とも見たい。


 王家ではなく王族のアルグスタ様が秘匿しているとかなどイーリナ的にはどうでも良い。

 会って話をしてあの素晴らしい技術を学べれば……。


 ハーフレンの話を聞き終え、魔法隊の隊長室から私物を引き払ったイーリナは、適当な引継ぎにキレた係りの者の妨害に合いながら必死に抵抗し、ようやくノイエ小隊の待機場所にたどり着いたのだ。




「えっと……ハーフレン様からの説明ですと、イーリナさんは副隊長扱いとなります」

「ああ。でも貴女の方が先任官だ。私の方が格下で良い」

「……そうなるんですか?」

「なるんです」


 内心厄介な仕事を押し付けられると思っていた色々と大きな女性ルッテは、軽く肩を落とした。

 世の中上手く出来ていないらしい。


「部屋はそこを使ってください」


 真新しい小屋の前に来た2人は、ルッテは……扉を開いて中を見せた。

 急の人事異動で色々と不都合が出ている。主に前任者が捨てて行った荷物だが。


「……ゴミの山だが?」

「ミシュ先輩の部屋でした」

「そうか」


 あとでメイドを呼んでと考えていると、隣に立つ年下の同僚がそっと目を閉じた。


「どうか?」

「済みません。ただの癖ですね。定期的に周りを見ないと不安になるんです」

「見る?」


 閉じた瞼を開いてみせたルッテを見て、イーリナはフードの奥で驚いた。

 両目が窪み黒くなっている。何でも吸い込んでしまいそうなほどに深く濃い。


「怖いですよね? あはは……この祝福の嫌なところでもあるんです」

「そうか。君は祝福持ちだったね」

「はい」


 また瞼を閉じて開き直す。すると彼女は青い瞳に戻っていた。


「馬車が来ます。アルグスタ様の物です」

「凄いな。本当に全てが見えるのか?」

「決められた範囲を上からですけどね。建物の中とか木々の中とかは土の中とかは見えません」

「それでも十分に脅威だ」


 素直な気持ちをイーリナが告げると、ルッテは頬を真っ赤にして照れる。

 その様子は年相応らしい。胸や体形は成熟した女性にしか見えないが。


「ささ。出迎えましょう」

「そうだな」


 促されイーリナも部屋を出た。


 しばらく待つと1台の馬車が到着した。


「おうルッテ」

「こんにちは。アルグスタ様」


 出て来た人物が軽く手を振り、ルッテも軽く会釈してから手を振り返す。

 本当に地位や身分など気にしない人物だと、イーリナは内心で呆れる。


「で、何でそこに魔法隊の引きこもりが? まさか2枚目の催促か?」

「それもあるが」

「あるんかいっ!」


 まだ1枚目を眺めて暮らす日々が続いているが、できれば2枚目も欲しい。

 1枚目はいずれ自分の腕か足に埋める予定だ。だからこそ観賞用の2枚目は欲しい。


 それがイーリナの本心ではある。


「ただ今回は陛下の命で異動となった」

「異動?」


 不本意だが事実を新たなる上司に告げた。

 首を傾げる相手に、イーリナはフードの奥で息を吐いて懐から書簡を取り出す。


「これを見れば分かる」

「ふむふむ。……ああ。本当だ」


 手紙を読んだアルグスタも納得した。


 近衛にミシュを戻す代わりにイーリナをノイエ小隊に出向させるといった内容だ。

 何でも彼女の仕事はどこでやっていも問題ないとのこと……だったらノイエ小隊の待機所でやっていても問題ないと判断されたらしい。


「イーリナ」

「何でしょうか?」


 何故か彼は歩み寄り、イーリナの肩を叩いた。


「厄介払いされたんだね」

「……否定しませんがそれを本人に言いますか?」

「僕は隠し事をしない上司なのです」


 何故か踏ん反り返って胸を張る上司にイーリナはため息を吐き出した。




「なら隠し事をしない上司に問います」


 うむ。早速仕事をしようとするとは意外に勤勉だな。


「アイルローゼは何処に?」

「何も聞こえませ~ん」


 その言葉は僕の耳には届かないのです。

 たぶん周波数的なあれがこれしてダメなんだと思います。


「教えてください。会いたいんです!」

「聞こえませ~ん」

「どうしてですか!」


 グイグイと迫ってくるイーリナに僕は防戦一方だ。

 と、彼女の背後に白い影が生じて……ポイっとイーリナが投げ捨てられた。


「ダメ」

「あ~ノイエさん」


 少し頬を膨らませたノイエが僕を見る。


「家族以外はダメ」

「はいはい。ノイエは本当に可愛いな」

「はい」


 助けてくれたご褒美にノイエの頭を撫でまわす。至福の時である。


「どうして……教えて……くれないんですか?」


 まさかノイエのあれを食らって立ち上がるとはっ!


 全身をガクガクと振るわせながら、地面に伏せていたイーリナが立ち上がった。


「私はただ、アイルローゼのあの卓越した技術の全てが見たいんです!」

「そう言われましても」


 困るのよ。

 出来たらアイルローゼはこのまま姿を隠していたいのだ。


 ジッとこっちを見てくるルッテに、声を発せず唇だけで『たすけて』と伝える。


「飴なら」

「何の話だよっ!」


 思わず素でツッコんだわ。

 胸元に手を突っ込んで取ろうとする飴も問題ありだ。何処に隠している?


「アイルローゼに関することは全て陛下の指示が無いと教えられないのです。だから僕に何を聞かれても返事をすることはできないよ」

「そんな……」


 ガクッと崩れ落ちたイーリナが地面に座り込む。

 可哀そうだけど仕方ない。これはアイルローゼとイーリナを守るための処置だ。


「そんなにアイルローゼに逢ってみたいの?」

「当り前じゃないですかっ!」


 顔を上げる勢いが余って彼女のフードが背中に落ちる。

 相変わらずの丸顔な童顔を晒し、イーリナが言葉を続ける。


「アイルローゼのあの卓越した技術は非凡な私だと眺めることしかできない。きっと凄い技術を、何百何千と持っているのであろう技術の全てを私は見たい。触れたい。感じたい!」

「あの~?」


 余りの熱意というか、僕の心が敏感に反応している。これはダメなヤツだ。

 でもイーリナは止まらない。止まらないったら止まらない。


「分かるか? アイルローゼのあの素晴らしさが? 私はその全てを見て触れて感じたいんだ! アイルローゼの全てを私は知って貪り尽くしたいんだ!」


 ああこれは間違いなくダメなヤツだ。絶対に先生に会わせちゃアカン人だ。変態臭しかしない。


「どうか私にアイルローゼとの対面の場を!」


 熱望する彼女に僕は可愛いお嫁さんに視線を向けた。


「ノイエ判定」

「……ヤダ」


 スススとノイエが僕に抱き着いてきた。

 僕なら分かる。彼女は怯えている。


「お嫁さんが怖がったから失格です」

「どうしてっ!」


 激怒する意味が分からん。見てて本当に怖いわ。


 このままだと埒が明かないからルッテに後始末を任せる。

 嫌そうな顔をしながらルッテは部下に命じて……早速我が隊の名物、立ち木縛りの刑を受けている。要は拘束だ。


 と、ウチの可愛いメイドさんは……何をしているの?


 気づけばポーラとミネルバさんは待機所の小屋の1つに突入していた。

 中の様子を覗いて見ればただのゴミ部屋だ。


 メイドとしてこれは座視出来ないらしい。

 せっせと掃除をする2人をそのままに、僕はノイエをキュッと抱き寄せる。


「ノイエ。準備は?」

「はい」

「……もう忘れた?」

「大丈夫」

「ならこれから何をするの?」

「……ご飯」


 ある意味間違っていない。

 ノイエの魔力を回復してから転移魔法で自治領だ。


「ならノイエはご飯を」

「はい」


 スススと鍋の前に移動したノイエがお皿を持って待機する。

 その様子に気づいたルッテが駆け寄って、ノイエの皿にスープを注ぐ。


「ああ。今日はルッテにも用があって来たんだよ」

「はい?」


 塊の肉をノイエに渡したルッテがこっちに来る。


「何かご用ですか?」

「うん。これ」

「笛ですか?」


 僕が手渡した物を確認したルッテがそう言う。正解です。


「僕らが自治領に行ってる時にこっちで緊急事態が生じたらその笛を吹いてくれるかな? それとドラゴンがたくさん近づいてきて対処しきれなくなったりしたらね」


 笛を眺めるルッテが首を傾げる。


「そうするとどうなるんですか?」

「戻ってきます」

「……」


 ジッとルッテがその笛を見つめる。


 糸を通して首にかけられるようになっている一般的な笛だ。

 ただ決して販売されていない間抜けな音が出る物だ。


「分かりました。吹きますね」


 あっさりと受け入れてルッテが笛を首にかけた。


 この子も強くなったな。これぐらいじゃ動じないか。

 ただ谷間に笛が完全に隠れたんですけど……まあ良いか。




~あとがき~


 イーリナとしての言い訳…ではなく言い分は、あくまで技術が見たいのです。

 アイルローゼの卓越した技術は“天才”と誉れ高いですから。ただ言葉が…アウトですw


 笛を吹けばアルグスタたちは戻ってきます。

 つまり笛が鳴らなければ戻らなくてもいいという…確信犯ですw




(C) 2021 甲斐八雲

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