私が可愛いんじゃなくてノイエが可愛いのよ
「疲れた……」
燃え尽きてベッドの上で置物となる僕が居る。今日は本当に疲れた。
やはり僕の傍らには常にノイエが居ないと駄目なんだ。それで後で襲われることになったとしても……どっちが僕の負担が少ないのか検証は必要かもしれないけど。
ただ今日はノイエが必要だった。それは間違いない。
彼女が僕の傍にいてくれれば……。
『あの子はわたくしの養女として鍛え上げることこそ至上の喜びなのです!』と誰の喜びなのか訳が分からない論法を掲げて叔母様が僕を脅迫してきた。
『だったら私も欲しいわ~。ポーラちゃんは凄く可愛いし』と言って義母さんも参戦してきた。
『わたしはにいさまの……いもうとです』と若干もじもじしながらポーラも参戦し……簀巻きにされて逃亡できなくなった僕に3人が詰め寄ってきた。
涙無くして語れない高度な交渉の結果……何故かミネルバさんが我が屋敷で働くことなった。
不思議だ。どうしてこうなった?
「ノイエ~」
「煩い気が散る」
「……」
疲労困憊の僕に対し、お嫁さんの対応が絶対零度なのも良くない。
赤い髪をした我が家自慢の若奥様は、机に嚙り付いて凄い勢いで作業している。
ただプレートを刻んではいない。鋼の板が相手らしい。
彼女が相手をしている材料は本日届いた物だ。
僕の知らないところで勝手に発注をかけていた。
肉体的にも精神的にもボロボロになり帰路に着く僕を乗せたドラグナイト家所有の馬車の前を、軍の馬車が進んでいた。
王都から出て北に向かうのはドラグナイト邸に向かう馬車のはずだから、ちょいと確認してもらったら正解だった。
ただその時、同乗していたミネルバさんが馬車の扉を開けると、軽い足取りで向こうの馬車に飛び移ったけどね。
この国のメイドは……メイド長という存在が狂っているとしか思えない。2代目がマイルド路線に正してくれると信じよう。
で、軍の馬車が運んでいた物は全て『ノイエ』が発注した資材だ。
主に鋼と鉛とプラチナのプレートだ。
鋼と鉛の使用用途が謎だけど、ようやく先生がプレートを刻む気配を見せてくれた。
これで陛下に報告できると喜んだのもつかの間、彼女はノイエの体を使い鋼の加工をしている。僕を完全に無視してだ。
「先生?」
「死にたくなければ口を閉じなさい」
「……」
アイルローゼのデレ期は一瞬だったらしい。
いつもの冷たい人に戻り黙々と作業をしている。
何というか我が儘な感情だと自分でも思うんだけど、普段のノイエたちならベッドの上で疲れ果てている僕を見つけたら心配してくれてから襲い掛かってくるはずなのだ。
けれど先生は違う。ベッドで横になっている僕を無視して作業に没頭だ。
これはこれで切ない。少しは構って欲しいし心配して欲しい。先生が襲ってくることはないけど。
「もうっ! もうっ! もうっ!」
「はい?」
突如先生が机をバンバンと叩いて騒いだ。
ワシャワシャと両手で頭を掻くと、また作業に戻る。
珍しいな。先生があんなに追い詰められている感を出すなんて。
「先生」
「煩い」
「無理しないでね」
「……」
返事はないけど仕方ない。
先生は今お仕事中なわけだし……そう思ってゆっくりと目を閉じる。
疲労に任せて寝ようとしたら、ベッドが軋んだ。
「ん?」
慌てて瞼を開くと横から覗き込むようなノイエの顔が姿を現す。その色は赤い。
「……ねえ馬鹿弟子」
「はい?」
「……失敗しても恨まないでね」
告げて先生は沈んだ表場を浮かべる。
「新しい魔法や魔道具がちゃんと発動するのかなんて使わないと分からない。
けれど私は術式の魔女だから……皆が失敗しないと信じている。それが私にとってどれほどの重責になっているのかも知らないで」
少しだけ潤む瞳に僕は努めて笑いかける。
「恨みせんよ」
「本当に?」
「だってノイエと一緒に使うんでしょ?」
「ええ」
微かな返事だった。
「なら先生たちも一緒ってことだし、怖いものは無いですね」
「……失敗しても?」
「その時は全員でどうにかしましょう」
「……本当に馬鹿な弟子ね」
はにかむ彼女に手を伸ばしそっと相手の顔を抱き寄せる。
触れる程度のキスだけど、見る見るうちにノイエの顔が真っ赤になった。
「信じてますから。先生たちと一緒なら不可能だって可能にできると」
「……重責ね。馬鹿にまで責任を押し付けられたわ」
「なら僕が半分持ちますよ」
「半分?」
まだ赤い顔で先生が見つめてくる。
「王族であるアルグスタ・フォン・ドラグナイトが術式の魔女アイルローゼに命じます。
責任は僕がとるから全力で作業をしろ……これで上辺の責任は全部僕の物です。先生にだって渡しませんからね?」
「……本当に馬鹿な弟子」
前屈みになってノイエの顔が再接近してきた。
今度は軽くないキスをして……顔を上げた先生が不敵に笑う。
「ならこの術式の魔女と呼ばれた私の本気を見せましょう。アルグスタ様」
「お願いします」
頬を赤くしたままでそう告げてくる先生はやはり頼れる人だ。
また作業場と化している机に向かう彼女の背中に僕は声をかけた。
「先生」
「何かしら?」
肩越しに振り替える彼女の頬はまだ赤い。
「今の先生……凄く可愛いですよ」
「死ね」
「何でっ!」
何故か拳大の金属が飛んできたんですけど!
2発目を構えた彼女はそれを投擲しないで机の上に戻した。
「私が可愛いんじゃなくてノイエが可愛いのよ」
フンッと起こった様子で顔を背ける。
確かに外見はノイエだから世界一可愛いのは認めるけど、
「先生だからそのノイエの可愛らしさが増々磨かれて見えるんですけど?」
「……誉め言葉として受け取っておくわよ。馬鹿弟子」
ひらひらと手を振り彼女は作業に戻った。
《本当にあの馬鹿弟子はっ!》
胸の内で激しく頭を振るい……アイルローゼはどうにか心を落ち着けた。
何度も『美人』だとは言われてきたが、『可愛い』は余りない。異性からは皆無に等しい。
それをあの弟子は恥ずかしがる様子も見せずにそれが事実だと言いたげに告げてくる。
本当に厄介な存在だ。言われる度に胸の奥がキュッとなって苦しくなる。
《ダメダメ……今はこっちが大切なんだから》
気持ちを切り替えて作業に集中する。
ただ時折背後から聞こえてくる弟子の寝息が気になりついてを止める。
分かっている。集中が持続できない。
「眠りなさい」
かなり簡略化した魔法語で弟子の睡眠をより深い物にする。
「これで良いわ」
改めて作業に集中し……耐えきれなくなったらベッドまで移動してそっと弟子にキスをする。
それを何往復も続け甘えたアイルローゼは、大量生産に必要な金型を削り出した。
「あれ?」
起きたらノイエが僕に抱き着いて寝ていた。
それは良い。問題は……窓の外に見える太陽が夕日なんですけど?
「寝過ごしたっ!」
先生が作業していたからポーラに部屋に来ないよう告げたのが裏目に出た!
うな~! 仕事が1日分貯まったよ~!
~あとがき~
抜けた才能を発揮するポーラを交渉の駒とし、ラインリアとスィークはドラグナイト邸に自分たちの腹心であるミネルバを押し付けました。
作業に移行したアイルローゼは一度胸の内をさらけ出したせいかちょっと弱気のままです。
けれどメンタルだけはオリハルコンな主人公は、そんな彼女の苦しみを苦も無く半分引き受けるのです。
結果彼女は厄介な性格を発動して…深く眠らせた弟子にキスしてやる気を湧き出させるという高度な作戦を実行したのでしたw
(C) 2021 甲斐八雲
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