閑話 4
「怠いわ~。クレア~。そっちの全部やっといて~」
「って死にますから!」
「大丈夫。クレアは死なない。イネル君が守ってくれる」
「それは守られてますけど……ってその直属の上司が殺しに来てますよね! 全力で!」
「心配するな。僕の本気はこんなもんじゃない」
「違うから! 本気を出すものが違うから!」
「だよね~。クレア的にはイネル君の本気が欲しいよね~」
「何の話っ!」
「だってまだ子宝に恵まれていない感じ?」
「そっちか~!」
憤慨した少女にも見える彼女が、屑籠を抱えて中身を上司である彼に投げつけています。
机の上の書類を投げない辺り、これも普段のお戯れの類なのでしょうか?
「止めろよクレア~。僕に掛けるなよ~」
「このっ! このっ!」
「クレアは掛けるより掛けられたい方だろう?」
「だから何の話~!」
激怒した少女が屑籠を投げます。ですがそれは不意に方向を変えて床へと落ちます。
床に転がる廃棄の紙を拾い集めていたポーラ様の見事な迎撃です。小さな氷の粒を屑籠に当てて兄である彼を守っているのです。本当にこの短期間で立派になりました。
指導する身としてはこれからも増々身を引き締めてお相手しませんと。
「クレアが見境もなく乱れるからポーラの仕事が増えてるじゃんか~」
「言葉! 人を盛った犬みたいに言わないでください!」
「だよね? 優しい旦那に盛られたい方だしね」
「この~!」
とうとう直接攻撃に移行しました。
歩み寄ってポカポカと少女……クレア様が上司である彼の肩を叩いています。
「あ~。もう少し右かな」
「こっちですか?」
「あ~そこそこ」
……攻撃のはずが気付けばマッサージです。
どこにそのようなご命令が含まれていたのか分かりません。
「せんぱい」
「何でしょうか?」
いつも変わらない愛らしいポーラ様が声をかけてくれます。
これだけで目の前の不浄な行いを忘れることができます。
「ごみをすてきます」
「なら自分が?」
「いいえ。これもめいどのしごとです」
大変意識の高いご様子に、私も感銘を受けました。
やはり師であるスィーク様の目に狂いはありません。
ポーラ様はメイドをするために生まれた来た存在なのでしょう。
私がポーラ様と語らっていると、肩叩きをしていたクレア様が何故か首絞めに移行していました。
何があったのかは聞き逃しましたが、たぶん大したことではないでしょう。
あの2人はああして仕事に行き詰まるとじゃれて息を抜くです。
「止めろよ~。激しくするならイネル君を相手にしろよ~」
「この口かっ! この口なのかっ!」
「あは~。クレアは本当に激しいな~。イネル君の明日が心配だよ~」
「昨日したから今日はしないから!」
ふと私は気配を感じ視線を向けます。
壁に存在している隠し扉が静かに開き、顔を覗かせたのは王妃のキャミリー様でした。
師であるスィーク様が言うには『化け物の類なので注意なさい』とのことでした。ですがその愛らしいご様子からは恐ろしさは感じられません。
今も戯れている2人を何とも言えない目を向けています。
と、ゴミ捨てから戻られたポーラ様が何も言わず、キャミリー様を壁の向こうに押し戻して隠し扉を閉じました。
「ポーラ様?」
「そっとしてあげましょう」
「そうですね」
王妃様と仲の良いポーラ様の言葉が何故かとても重く感じました。
鍛錬の時間となり鍛錬場にポーラ様と来ました。
練習用の棒を振るう彼女を見つめながら私は物思いにふけます。
私ミネルバがドラグナイト家のメイドとなりまだ僅かですが、ドラグナイト家は他の貴族様とは圧倒的に何かが違うのでしょう。
主であるご夫婦が偉そうに振る舞う様子が微塵もありません。メイドである私にも気軽に声をかけてきます。
前の職場が真面目なのもありましたが、何よりポーラ様と一緒なので今の私はどんな劣悪な環境の職場でも耐えられます。
そもそも私はスラムで暮らしていたのですから。
私は孤児であり運良く王妃様の元に行くことが出来ました。
そこで他の孤児たちと育てられ……スィーク先生に『見込みがあります』と告げられ、あの場所を出てからはハルムント家でメイドをしていました。
毎日のようにスィーク様に付いて学びました。
ですがある日『ミネルバ。貴女に預けたい見習が居ます』と告げられ初めて指導をすることとなったのです。
相手はあの国の英雄であるノイエ様の義理の妹……ポーラ様でした。
ご兄姉であるアルグスタ様とノイエ様は色々と悪い噂の多いお方でお会いする初日はとても緊張しました。けれどポーラ様はとても素直なお方で、純粋無垢という言葉の見本のようなお方なのです。
挨拶をした時に直感で『私はこのお方を守らなければ……』と強く気づかされました。
私の勘は間違いでは無く、前王妃であるラインリア様や師であるスィーク様からも『貴女がポーラを守るのです』と命じられました。
だから私はこのお方を悪しき者から守ると決めたのです。
もしポーラ様の命を狙う者が居るというなら、実行者の一族から命じた者の一族に至るまで隅から隅まで調べつくしてこの世から退場願いましょう。
何度かそれをすれば、きっとポーラ様を狙う馬鹿も現れなくなるはずです。
「せんぱい」
「何でしょうか」
鍛錬場の棒を振るっていたポーラ様が動きを止めました。
私の見立てではポーラ様には槍の類に高い才能があると思います。後日スィーク様に報告をし確認していただくこととしましょう。
「せんぱいはどうして……」
何か言いにくいのかポーラ様が一度言葉を止めて私を見つめます。
「わたしのあたまをなでないのですか?」
「頭ですか」
ポーラ様の質問に私は合点がいきました。
確かに彼女の頭を撫でる人は多いです。日々真面目に勉強や鍛錬に勤しむ彼女は城内で『ドラグナイト家の才女』とも呼ばれています。
「私はただのメイドですので、貴族令嬢でもある貴女様の頭を撫でるなど恐れ多いことはできません」
「……」
孤児出身のメイドとしては間違った答えではないはずですが、ポーラ様はウルッと瞳を潤ませます。
撫でて欲しいのでしょうか?
ですがそれは……やはり出来ません。私とでは身分が違いすぎます。
「みんななでてくれます」
「ですが」
見知っているので分かってはいます。
ポーラ様の頭を撫でる人たちは身分など関係ありません。ただ一生懸命に頑張る彼女を褒めるための行為なのです。
ああ。分かりました。そういうことですか。
「でしたらポーラ様。もし私に戦いで勝つことが出来ましたら、私が貴女の頭を撫でましょう。それでどうですか?」
「ほんとうですか?」
「はい。お約束します」
すると彼女は笑みを浮かべてまた棒を振るいだします。
褒めてもらいそれを頑張る糧にするとは……本当にポーラ様は素晴らしいです。
《ならば私もポーラ様に負けないように頑張りませんと》
私はそれを強く心に誓いました。
~あとがき~
先輩さんことミネルバ視点での物語です。
ちなみに次回の閑話もミネルバ視点で描かれます。
ポーラの頭なでなでにはこんな理由があります。
先輩として、これからもポーラの高い壁であろうと彼女は頑張るでしょう!
馬鹿夫婦の遠征準備がある程度完了したので次話からは章が変わります。
なので例の奴は帝国編が終わるまで無しです。だって2人しか書くことないしねw
今後の大まかなストーリーの流れだと…処刑大好きっ娘の帝国軍師対ノイエの中の誰かがやりあったり、帝国軍師が対ノイエの完璧な作戦を披露したり、フレンドリーファイヤーでアルグスタが大ピンチになったりとそんな感じになるはずです。
もっと大きなネタもありますがそれはお楽しみってことで!
(C) 2021 甲斐八雲
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