お前暇なのか?

「アルグスタ様?」

「何も言わない……イテテ」

「アルグスタ様?」


 とても冷ややかな目でクレアが僕を見つめてくる。

 場所はお城の僕の執務室だ。ある意味聖域だ。安全地帯だ。

 ここに居る限り今の僕が襲われることはない。遠くから地響きが聞こえてくる限りは絶対に。


 ソファーでうつ伏せになり、ポーラが冷やしたタオルを乗せてくれる。

 こんな時ばかりはポーラの祝福が重宝する。洗面器に水を入れ、軽く力を使えば氷水にしてしまうのだから。


「あ~。気持ちいい」

「かえますか?」

「このほんのり暖かい感じが好きです」

「はい」


 腰にタオルを当ててくれるポーラが手持ち無沙汰な様子だ。

 それ以上に手持ち無沙汰なのがクレアだ。呆れ果てた様子で僕を見ている。


「何したんですか?」

「夜明けまでノイエが止まってくれなくて」

「……最近そればかりですね」


 頬を赤らめてクレアが、プイっと顔を背ける。


 だが本当にノイエが止まってくれない。

 問題はノイエ以外も止まらないということだけど。


「君たちだってしているでしょう? 毎晩?」

「ウチは毎晩はしませんっ!」


 怒ったクレアが噛みついて……ますます顔を真っ赤にする。


 スッと視線を動かすと、少しだけ開いた隠し扉の隙間からチビ姫が顔を覗かせていた。

『裏切り者』と言いたげに、今にも泣きだしそうな顔をしている。


 そっと近づいたポーラが無言で相手を押し戻し、壁の隠し扉を閉じた。

 主な成分が優しさなポーラだ。チビ姫の扱い方をよく理解している。


「最近本当にノイエが止まらなくてね……この年齢で腰が壊れそうです」

「勝手にしてください」


 もう付き合えきれないとばかりに顔を赤くしたクレアが自分の席に戻る。

 無造作に手を伸ばして書類の山の制圧を開始し始めた。


 僕の出張が決まってからまた書類の量が増えた。

 新領地に出向いている間……誰をここの代理で置こうか?

 またイールアムさんにお願いするしかないかな。


「にいさま」


 話の終わりを見定めてポーラが声をかけてきた。

 本当に気配りが上手になったな。もう立派なメイドだ。……メイドだな。


「な~に?」

「きょうはばかあにきのところにいくといってました」

「……」


 何故か四方から厳しい視線が僕に突き刺さる。


 主にクレアと部屋で待機しているメイドさんたちからの視線だ。

 最も厳しい視線はポーラが『先輩』と呼んで慕っているメイドさんだ。

 あの目はヤバい。叔母様に通じる危険を覚える。


「ポーラ」

「はい」

「言葉には気をつけようね?」

「……ごめんなさい」


 周りの空気を察したか、ペコリとポーラが頭を下げてくる。

 ますますメイドさんたちからの視線が厳しくなったんですけど?


「あ~。僕の言い方が悪かったね。あの言葉は妹のポーラだから言える言葉で……2人だけの会話で秘密だから、周りの人には言わないんで欲しいんだ。出来る?」

「ふたりだけのひみつ……わかりました」


 何故かポーラが物凄く嬉しそうな笑みを浮かべて激しく同意してきた。

 僕はまた言葉を間違えたのだろうか? 間違えてないな。うん。


 でもおかげで忘れていた本日の用事を思い出した。流石ポーラだ。


「というわけでちょっと馬鹿兄貴の所に行ってくるわ」


 ポーラが言うと睨んでくるのに、僕が言うとあっさりスルーするのね。

 もう良いよ。わかってるよ。ポーラがいい子なんだよね。


 立ち上がりポンポンと腰を叩きながら、布を巻き付けた荷物を手に部屋を出た。




「へい馬鹿兄貴!」

「よし死ね」

「うぉーい」


 殺せと言いながら手にしていたティーカップを投げつけてきた。

 なんて酷い兄でしょう。そしてポーラが苦も無くキャッチするのは……師匠を間違えたか?


「酷い面してるね?」

「うるせえよ」


 書類の山の向こうに居る馬鹿兄貴は、昨日よりもやつれていた。

 というか帰ってないのか? 軽く同情はするが手助けはしない。


「何か用か?」

「おおう。ちょいと剣に鞘が欲しいんだけど腕の良い職人を紹介したまえ」


 勝手にソファーに座りポーラに飲み物を頼む。


 ちょこまかと動いてお茶の準備をするポーラに対し、近衛団長の執務室付きのメイドさんたちが生温かな視線を向けてほっこりしている。

 うちの妹はメイドさんたちに愛されているらしい。


「剣だと?」


 眉間に皺を寄せて立ち上がった馬鹿兄貴がヅカヅカと歩いてくる。

 刃に布を巻いて鞘代わりにしていた物を相手に差し出した。


「細いな? 軽いし」

「どこかの体力馬鹿じゃないんで」


 スルスルと布を解いた兄貴が軽く剣を振るう。


 エウリンカが作った魔剣はどこにでもある普通の剣だ。

 確かブロードソードとか呼ばれる物のはずだ。


 見た感じは鋼鉄製にも見えるけど、それはあの変人が作った剣だ。

 傷1つない刀身に光が反射してキラキラと輝く。

 柄の装飾は控えめだけど奇麗な宝石が埋まっている。


「何だこの剣は?」


 片手で木の棒のように振るう馬鹿兄貴の腕力は凄いな。

 魔力を注いでいない状態だと、両手で持って振るうのが精いっぱいだったんだけどな。


「鋼鉄じゃないな。重心が違う」

「重心?」

「ああ。剣は素材によって重心が異なるんだよ。ただこれは鋼鉄製に見えるが……違うな」


 何故か勝手に納得して馬鹿兄貴が僕の前のソファーに座る。


「これはなんだ?」

「魔剣だね」

「……どこで手に入れた?」

「問題児な姉が送り付けてきた」

「あの馬鹿は……」


 剣を自分の横に置いて馬鹿兄貴が頭を掻く。


 それが終わる頃にスッとポーラがティーカップを彼の前に置いた。

 何故見守っているメイドさんたちがドヤ顔しているのだろうか? 今のは満点回答なの? 分からん。


「あの馬鹿はまだこんな物を隠し持っているのか?」

「知らないよ。こっちが聞きたい」

「そうか……それでこれはどんな魔剣なんだ?」

「知らない」

「なに?」


 というか手の内はあまり晒したくないのです。


「何でもあのエウリンカが作った魔剣だとか」

「……本当か?」


 驚いた様子で馬鹿兄貴がまた魔剣を手にする。


「あれが普通の形状の剣を作れるんだな」

「おい待て? やはりエウリンカも変な物ばかり作るのか?」

「も?」

「クロストパージュの種馬オヤジがアイルローゼのプレートに関して似たようなことを言ってた」

「納得だ」


 納得するなよ。マジで。


「アイルローゼの方は知らないが、エウリンカが作る魔剣の形状は、半数が剣と呼ぶには難のある物ばかりだったとか。ただ前線に『魔剣使い』と呼ばれる兵が居て、それに押し付ければどうにかなったとも聞いた」

「……」


 良く分からないけれど、今度ノイエの中に居るであろう魔剣使いにお菓子を送りたくなった。

 頑張ったんだな……会ったことないけど。


 馬鹿兄貴が軽く剣を振ってみせる。


「これほど剣らしい剣は本当に珍しいと思うぞ?」

「何も言えないな」


 本当に何も言えないわ。魔女と呼ばれる人種は自由人なのか?


 自由人だな……代表があのへっぽこ賢者だけど。


「で、それを入れる鞘を作りたいんで職人を紹介したまえ」

「……構わんがお前暇なのか?」


 何か悪い予感が。


「忙しいぞ? こうして遠征の準備をしつつ仕事をしない人の尻を叩いてるし」

「つまり暇というわけか」

「人の話を聞け」


 と、何故か僕の首元に魔剣の剣先が。


「暇だよな?」


 うぉーい。こんな脅迫ズルかろう。



 馬鹿兄貴から一つ仕事を押し付けられることとなった。

 決して表に出せないような仕事を僕に押し付けるなと言いたい。




~あとがき~


 スィークの弟子となり健気に試練をクリアーしていくポーラはメイドたちに大人気なのです。

 もう妹を溺愛するかのような目でその成長を見守られています。


 で、やはりエウリンカも普通の物は作ってなかったのか。

 本当に色々と苦労したんだな…スハってw




(C) 2021 甲斐八雲

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