作るから止めてくれ!

「何なのだね! 君たち夫婦は!」

「「……」」


 顔を真っ赤にして怒るエウリンカに、僕らはベッドの上で正座をしていた。


 毎日掃除されているからこの寝室の床が汚れていることはないし、何より床に敷かれている絨毯も定期的に交換されて洗濯されている。

 たぶんウチの洗濯頻度はどの貴族よりも……下手をしたら陛下よりも多いと思う。

 それは奇麗好きな日本人である僕の意向だ。仕方ない。

 だから床の上で正座でも良かったのだが、全裸のノイエを床の上で正座とか僕的に許せなかった。


「聞いているのかね!」

「聞いてはいるぞ? だが僕にノイエの行動に対して拒否する権限も意志もないことを理解しろと言いたい」

「少しは逆らいたまえ!」

「え~? 無理だよ~」


 そんなことができるなら僕は毎晩涸れ果てる恐怖に苛まれたりしない。

 できないからノイエに対して必死に懇願するのだ!


「お姉ちゃん」

「何だ? ノイエ?」

「もう一回」


 両手を伸ばして『抱きしめて』と言いたげなノイエにエウリンカが数歩後退する。

 ノイエの辞書に遠慮や自重は無いらしい。うん無いね。あったら僕は……以下略。


「ノイエは少し女性らしい慎みを持ちたまえ!」

「分かった。だからもう一回」

「分かってないだろう!」


 そうヒステリックに騒ぐな変人。

 ノイエは自分の欲求に対して物凄く忠実なだけだ。忠実過ぎて軽く引くけどね。


 ただ頭ごなしに怒鳴られたことで、ノイエがアホ毛をシュンと垂れ下らせて俯く。

 落ち着いて考えると……まあこれは自己責任だ。僕の与り知ることではない。


「……枕」

「自分の胸は枕ではない!」


 服を着直したエウリンカが、それでも片腕で胸をガードしながら顔を真っ赤にさせて怒り続ける。

 変人でも女性らしい恥じらいは持っているものらしい。


「で、エウリンカ」

「何かね?」


 吠えていた彼女が落ち着いたところで僕が改めて会話を切り出す。

 まだノイエが『枕……』と未練がましく呟いているがスルーだ。話が進まない。


「外に出てきたということはシュシュから話を聞いた?」

「ああ聞いたとも」


 胸の前で腕を組んで彼女は大きく頷き返す。

 たぶんその腕はガードなのだろう。ノイエがずっと胸を見つめたままだ。


「自分に魔剣を作って欲しいと?」

「だね」

「それも聞いた限りの話では……本気かね?」

「だね。自分、剣の腕前は全くなんで」


 そもそも剣なんて握ったこともない日本人だ。

 中学生時代に授業で剣道をしたけどあれは竹刀だしね。


 いきなり異世界に渡って剣を振り回せる日本人とかありえないと思う。

 経験の無いことに対して体はそんなに動けるわけがない。


「なので発想の転換です」

「うむ。聞いた話だと……その言葉が一番しっくりくるか」


 シュシュからの説明を受けたのであろうエウリンカが顎に手をやり……すぐに戻す。ノイエの視線に対して完全に怯えている。

 えさを前にしたノイエは基本止まらないしな。


「自分が振るうのではなくて剣に身を任せる……貴族としてそれで良いのかね?」

「身の安全を確保するためなら貴族の地位など忘れられることができるのが僕の良いところかと」

「良いところというか横着にしか思えないが……」


 言ってエウリンカはまた顎に手を伸ばし考え込む。


「形状は剣かね?」

「剣だね。というかお前は魔剣しか作れないんだろう?」

「その通りだ」


 あっさりと認めるな。何よりだったらその質問は間違いだろう?


「剣しか作れないのに槍みたいな物を作ってたよね?」

「槍?」


 おいおい。その『何を言っているお前は?』的な顔は止めろ。お前が作った魔剣の話だ。


「こんな長さの投擲専門の魔剣だ。作ったろう?」

「投擲……ああ。作ったな」


 ポンと手を打ち、どこかの馬鹿が自分の嘘を思い出してくれた様子だ。


「あれは冗談で作った魔剣だな」

「おい待て」

「何かね?」

「ここまで来てまだあれを魔剣と言うか?」


 絶対に槍だから。あれは誰が何といっても槍だから。


「何を言う? 刃の短い剣は実在する。短剣も知らないのか?」

「知ってるし」

「なら握りの部分が長い剣も存在する。主に大剣などで使われるが」

「それも理解している」

「だからその互いの特徴を掛け合わせたら出来たのがあれだ。投擲用にと考えていたから形状が槍に寄ってしまったがね」

「……」


 良い様に言い負かされた気がする。


 ただ剣と槍の違いって何なんだろう?

 握る部分……柄の違いぐらいしか僕には分からない。


「だったら魔剣という名の弓とか作れないの?」

「君は馬鹿かね? 弓は弓だろう?」


 馬鹿に馬鹿と言われたよ。


「ほら? 弓で魔剣を撃つとか?」

「それは弓ではなくて矢であろう?」

「ああ確かに」

「それに一回の射撃で魔剣を消費するのはお勧めできない」

「どうして?」

「自分の魔剣は大量生産出来る物ではない」


 魔剣しか作れない魔法使いがそんなことを言い出したよ。


「作れるでしょう? エウリンカなら? 魔法なんだし?」

「ふむ。そこから説明が要るのか」


 何故か若干横移動するエウリンカに気づいて視線を移すと、ノイエがジリジリと彼女に近づいていた。

 話の腰を折るなって……本当にノイエは可愛くて仕方ないな。


 そっと手を伸ばしノイエの手を掴んでこれ以上彼女が前進しないようにする。


「で大量生産できない理由は?」

「あっああ」


 ノイエの接近が止まったことに安どした様子のエウリンカが、また胸の前で腕を組み直す。

 完全に防御姿勢だ。


「あの魔法の発動は、大半が魔力なのだが……こう一回使うと自分の中から何かが抜け出るんだ」

「何かって何よ?」

「分からない。けれどそれか抜けてしまうとどうも体がうまく動かせなくてね……回復するまでの期間を思考の時間に費やすのだ」

「なるほど」


 なんとなくで理解した。

 実はエウリンカの魔法は何かしらの対価を支払うのか?


「なら連発はできないと?」

「出来ないな。ノイエほどの魔力があっても日に数本と打てない。作れて5日に1本か」

「なるほどね」


 だからエウリンカは宝玉を使って出てきたのか。よく考えているんだな。


「ならやはり一点豪華主義で行こう」

「ふむ」

「僕の体を自動に動かす魔剣を作ってよ」

「……面白くない」

「はい?」


 今なんて言った? この変人は?


 僕が顔を向けるとエウリンカはため息でも吐き出しそうな顔をしていた。


「つまらないだろう? そんな魔剣?」

「なるほどなるほど」

「自分は魔剣を作るからには心の底から楽しめる物を作りたい!」


 両手を握りエウリンカが力説する。


「作った時の底知れぬ達成感と満足感が得られるような……そんな魔剣を自分は作りたいのだ!」


 理解した。つまりこの馬鹿は、作ったことで満足し、やる気を失うタイプだ。

 その回復に5日必要だと……なるほどなるほど。


「ノイエ」

「はい」


 だったら僕の言葉は決まっている。


「あの枕が泣いて『魔剣を作りますから』と言うまで枕になさい」

「何をっ!」


 悲鳴を上げるエウリンカが飛び掛かってきたノイエに押し倒される。


「あと枕は直が気持ち良いらしいぞ?」

「はい」

「ノイエっ! 服をっ!」


 エウリンカの服に手をかけノイエが彼女の胸を直枕にする。

 僕はその様子を感情を殺して見つめる。


 目の前で広がる異質な百合展開に惑わされていけない。


「で、エウリンカ? 何か言うことは?」

「卑怯だろう!」

「知るかそんな言葉。さてどうするのかね?」

「くっ!」


 それでも抵抗するエウリンカが凄いな。

 たださっきのことでエウリンカが変人でも女性だと僕は知っている。


「なら僕も一緒に」

「!」


 ベッドから降りようとする僕に対して彼女の顔色が変わる。

 青くなって……そして真っ赤になった。


「分かった。作る。作るから止めてくれ!」


 最初からそう言えば良いのです。




~あとがき~


 趣味の人であるエウリンカがそう簡単に頷かない。

 けれど相手の弱点を知ったアルグスタも容赦しない。


 ノイエの枕攻撃と恥辱で…変人もあっさりと降伏ですw




(C) 2021 甲斐八雲

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