そう顔を押し付けないでくれないか?

 暴力とは本当に悲しいものだ。


 軽く涙する僕にノイエが甘えてくる。

 やはりノイエは癒しだ。荒んだ僕の心を慰めてくれる。


「アルグ様」

「ん?」

「泣いてる?」

「……」


 その指摘に反論ができない。


 ノイエが褒めてくれるから調子に乗って馬鹿者のお尻を躾し過ぎた。

 結果として僕の両掌が死んでいるが、それ以上に躾けられた方も酷い。

 尻を上げるような態勢で蹲り半裸を晒してシクシクと泣いている。


 半裸なのは僕が悪いのではなく、彼女たちの服が基本ワンピースのような形状だからだ。

 ずっと尻を叩いていたら肩紐が外れて上半身を晒す格好になった。これは事故だ。


「……」


 何か言いたげなノイエの視線に、そっとベッドの脇に置かれているタオルを掴んで馬鹿者の背中にかけて晒されている胸なども隠しておく。


 いつものノイエなら『ダメ』とか言って目隠しなのにそれをしてこないのは……家族認定している人たちだけかな? ノイエ的には家族の裸は問題無いらしい。

 だったら物言いたげなノイエの視線は何なんだろうか?


「あ~大丈夫か?」

「……」


 床に伏せていた彼女がゆっくりと顔を上げる。


「ノイエに酷いことはしたが……これは本当に酷いだろう?」

「融かさないだけ優しいと思うが?」

「あれは痛みが一瞬なのだ。気付けば死んでいる」

「それもどうかと思うけど」


 お尻が痛いのか上半身を起こした彼女は、眉間に皺を寄せたままだ。


 曲げた足を左右に広げてペタンと座った彼女……エウリンカは、まあ間違いなく美人だろう。

 スタイルだって凄く良い。肩にかけたタオルでは隠せないほどに豊かな胸だ。

 巨乳だけど美乳で全体的に体のバランスが良いから胸だけが目立ったりしない。でも中身は残念を通り越して変人なんだよね。


「何かね?」

「う~ん」


 よく考えるとエウリンカはノイエを素材に魔剣を作ろうとしたわけだ。けどその罰はカミューから受けたと聞いている。

 で、現在実験で作られたアホ毛にも役目があって……宝玉置き場と化しているけど、前回エウリンカから聞いた限りではノイエの為の封印になっている。

 ノイエが壊れてしまわないように守るための封印だ。


「そうか。分かった」


 ようやく理解した。


「エウリンカ」

「何かね?」

「基本ノイエは家族に対して優しすぎるくらいに優しい」

「……」


 甘すぎるというか……まあ優しいんだと思う。


「そんなノイエがエウリンカを心配している。でも助けようとしないのは何かしらのわだかまりがあるんだと思う」

「わだかまり?」

「そう。だからそんなに痛がっているエウリンカに抱きつかないんだと思う」

「……」


 そっと僕は彼女の前に手を伸ばす。

 胸の前でギュッと肩に羽織るタオルを握りしめたエウリンカが僕の手を見つめ……恐る恐る右手を伸ばしてきた。


 掴んで相手を引っ張ると、僕の手を支えに彼女は立ち上がった。


「喧嘩の終わらせ方って知ってる?」

「……知ってるとも」


 息を吐いてエウリンカは眉間の皺を消した。


「済まなかった」


 そっと僕に頭を下げてくる。こらこら……この変人は。


「誰に謝ってるかな~」

「そうだな」


 体勢を正してエウリンカがノイエを見る。


「済まなかったノイエ。君には悪いことをした」

「……」


 僕に抱き着いていたノイエが手を放し、エウリンカの前に立つ。


「済まなかった」


 もう一度頭を下げるエウリンカの肩に手を置くと、スッとノイエが距離を詰める。


「お姉ちゃん」


 相手の背に手を回しギュッとノイエがエウリンカを抱きしめた。


「私を姉と呼ぶのか?」

「はい」

「そうか……」


 何故か苦笑してエウリンカもノイエを抱きしめ返す。

 ただその視線は僕を見つめる。


「ノイエが根っからの妹だと誰かが言っていたが……その理由が良く分かったよ」

「そうかな? 僕から見たら物凄く可愛いお嫁さんだけどね」

「君たち夫婦は本当に……敵わんね」


 ますます苦笑してエウリンカが甘えてくるノイエを……あの~ノイエさん? なぜにエウリンカの胸に顔を押し付けているのですか?


 ツッコむべきか悩んでいると、むず痒そうに顔をしかめたエウリンカがノイエの肩に手を置いた。


「そう顔を押し付けないでくれないか?」

「……」


 しかしノイエは離れない。

 必死に引きはがそうとしているエウリンカが救いを求めるような目を向けてくる。


 ただ落ち着いて考えると……物凄い絵面だな。


 ほぼ全裸と全裸の美人が抱き合っている。

 このま百合展開にならないのは片方がノイエだからだ。


「ノイエ苦しい!」

「……」


 抵抗するエウリンカの言葉などノイエの耳には届いていない。

 ギュッと彼女の胸に顔を押し付けている。


 もしや……ノイエさん? ずっとエウリンカの胸を狙ってたんですか? あの物言いたげな視線はエウリンカの胸に関してのことを言いたかったんですか?


 僕が心を砕いて物凄く良い話に、仲直りさせようと頑張ったというのに……君はその努力を根底からひっくり返すんですね? 驚きだよ!


「ノイエ。離れなさい」

「……いや」

「何故?」

「……枕」


 ほう。胸が枕だと?


「良く分からないけどそんな羨ましい枕は僕が許しません!」

「むっ?」


 その声にようやくノイエがエウリンカの胸から顔を離した。

 背中に回していた手も……片方だけ外す。


「アルグ様も」

「ちょっとノイエ? あむっ」

「ノイエっ!」


 エウリンカの悲鳴が聞こえた。


 伸びてきたノイエの腕が僕の首に回ると凄い力だ抱き寄せられた。

 ゴールはエウリンカの胸で……これは確かにいい枕だな。


「離れてっ! 離してくれっ!」


 僕とノイエに胸を枕代わりにされたエウリンカが悲鳴を上げ続ける。


 しかし僕から顔を離すことができない。ノイエの腕がピクリとも動かない。何より2人の身長に合わせているので若干前屈みの姿勢で辛いんだけどね。


「離れてくれ。離してくれ。頼むからっ!」


 ただ変人でも予想外の出来事で追い込まれると人間らしいリアクションを取るのだと僕は学んだ。




~あとがき~


 せっかく奇麗に纏めたのに…台無し展開w


 でも過去編を読んでいる人たちはノイエの行動が分かるかも?

 だってそこにいい枕があるのだから…枕があれば使うのですw




(C) 2021 甲斐八雲

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