徹底的にするが良い

「……」


 掛けるべき言葉を見つけられず、セシリーンはただ相手の様子を耳で聞く。


 身動き一つしていない。

 厳密に言えば頭を抱えて両肩を震わせているが。


 戻って来てから中枢の椅子……床から生える突起に座っている魔女が居る。


「ねえアイル?」


 覚悟を決めてセシリーンは口を開いた。


「……何も言わないで」

「分かったわ」


 心中を察して歌姫は口を閉じる。


 静かに時が流れ……座ったままで苦悩する魔女が口を開いた。


「……何か言って」

「えっあっうん」


 居た堪れなくなったのであろう魔女からの催促で、セシリーンは改めて口を開く。


「素直に甘えてしまえば良かったのだと思うのだけど?」

「……」

「そうすればここでそんな苦悩染みた様子で頭を抱えずに済んだと思うの」


 甘えていれば、たぶん苦悩はしていなかったはずだ。

 あのまま勢いに任せて……ただあの魔女がそのまま彼と肌を重ねる様子は想像出来ない。


 セシリーンの見立てでは、苦悩している魔女は誰よりも『乙女』なのだ。


「……笑わないで聞いてくれる?」

「えっ? ええ」


 ポツリと聞こえて来た弱々しい声にセシリーンは驚く。

 どうにか吐き出した様子のその声は、普段の魔女らしき雰囲気はない。


「……恥ずかしくなって気づいたらああしてたの」

「そうなのね」

「どうしてみんな……あんな風に振る舞えるのかしら?」

「それは個人差としか言いようがないけれど」


 自身も彼と肌を重ねた身であるセシリーンとしては返事に困る。


 恥ずかしさは正直無かった。

 目が見えないと言うこともあり、終始相手に全てを委ねるしかない。

 だから恥ずかしさよりも恐怖の方が若干強かったのだ。


「でもいずれアイルだってその恥ずかしさを乗り越えられる日が来ると思うわ」

「…………そうなのね」


『ははははは……』と気の抜けた笑い声を発し、アイルローゼはゆらりと立ち上がる。


「グローディアは?」

「ええ。案内するからそのまま出て行っていいわ」

「ありがとう」


 精神的に打ちのめされているせいか普段見せない雰囲気と様子で、アイルローゼは魔眼の中枢を出て行く。

 それを見えない目で見送ったセシリーンは……そっと胸の内で手を合わせた。


 深く深く息を吐いてセシリーンは静まり返る中枢で1人音を聞く。


 時折フラフラと歩いている魔女に行く先の指示を出していたが、どうやら王女様と合流した。

 話し合いの内容は『転移魔法』についてのようなので聞いていても分からない。


 だから意識をノイエの外へと向ける。


 屋敷に戻ったらしい彼は……頭を抱えて苦悩していた。

 ベッドの上らしい場所で本当に頭を抱えている。

 感じからするに、明日からの兄弟たちの追及を恐れている様子だ。


 同情はする。


 グローディアの発言からして色々と問題を押し付けられたのだろうと。


「私には手助けできない話だし」


 政治なんて難しいことは無理だ。

 自分が出来るのは歌のことと、生まれ持った祝福とちょっとした力ぐらいだ。

 それを使うのであれば協力は出来るのだけど……。


『た~すけて~。心優しいホリーおね~ちゃ~ん!』


 魂の叫びだった。

 もうそれにすがるしかないと言う感じで彼が叫んでいた。


 強い感情に突き動かされ……セシリーンはノイエの中に意識を向ける。

 確かホリーはファシーをイジメ続けていたはずだが。


 物凄い勢いで誰かが駆けて来た。

 勢い余って通り過ぎ……そして戻って来た。


「今アルグちゃんが私を呼んだ気がしたんだけど?」

「……助けてと呼んでいるわよ?」

「アルグちゃ~ん。待ってて! 今からお姉ちゃんが貴方を助けてあげるからね~!」


『とうっ!』と掛け声を発し、飛び込んで来たホリーは……そのまま中心のちょっとした椅子のような床から生えている突起に抱き付いた。


 迷いがない。床に飛び込む勢いでその身を投げうったのだ。


「待っててね~! お姉ちゃんが1,000年先まで貴方を愛してあげるから~!」


 顔から飛び込み顔面を強かに打ち付けたのであろうホリーは、鼻から出血している状況にもかかわらず、『うふうふ』と笑いながらノイエの体を使い始めた。


「……ホリー」


 終始全てを聞いていたセシリーンは静かに呟く。


「もう貴女の心は完全に病んでいると思うわ。手の施しようがないぐらいに」


 ただ少し思う。

 ホリーのあの前面に出過ぎている感情の少しが魔女に渡れば……一つのが問題解決する気がすると。


「難しいのね。本当に」




「難しいな」

「ああ」


 国王の執務室には2人の人物が居た。

 国王であるシュニットと王弟であるハーフレンだ。


 2人は額を突き合うほど前のめりに座り向かい合っていた。


「本当にグローディアはこの城に忍び込んだのではないのだな?」

「ああ。それは間違いない」


 議場を出た彼女を追った部下たちの報告から、彼女がすぐに行方知れずとなっていることが判明した。


 議場周辺を隈なく捜索したが、王家に伝わっている隠し通路以外の道は見つかっていない。

 何よりその通路の中に居た王妃とメイドがグローディアの姿を見ていないと言う。何故そんな場所に王妃が居たのかは……深く追及されなかったが。


「転移魔法が本物として問題が一気に増えたか」

「ああ」


 ほぼ同時に頭痛を覚え、シュニットとハーフレンは顔をしかめる。


「俺たちがアイルローゼを隠していたことが一気にバレた」

「だがそのおかげで貴族たちはグローディアのことを強く責められなくなっている」

「その両方を繋ぐ存在が『アルグスタ』だと……馬鹿な貴族たちも気づいただろうな」

「これでアルグスタを狙う貴族は減るか?」

「命を狙う馬鹿は減るだろうよ。代わりにその秘密を探ろうと躍起になる者たちが増えるな」


 密偵の長を兼ねる王弟は腕を組んで思考する。


「今まで以上に警護を厳重……は難しいな」

「人員を増やすとその中に紛れ込むか」

「そういうことだ」


 よって現状のまま少数精鋭で行くしかない。


「あの夫婦にウチの優秀な人員が取られてばかり居るんだが?」

「そう言うな」

「スィークの化け物も自分が鍛えたメイドを送り込んでいるしな」

「それは……頼もしいな」


 苦笑しながらシュニットは認める。


 メイド長が鍛えたメイドの大半は暗殺者だ。

 殺しを本業とする者を配置することで、不用意に近づく者を問答無用で狩り殺すのだ。


「あの2人以外の警護は?」

「チビメイドには化け物の秘蔵っ子が配されているってよ」

「秘蔵?」


 それは知らない話だった。

 だが知っているらしいハーフレンはガシガシと頭を掻く。


「スィークから暗殺術の全てを叩きこまれた孤児だ。何でも自分の後継にと考えていたほどの逸材らしい」


 弟の言葉にシュニットは苦笑する。恐ろしい用心棒を配しているらしい。

 孤児ということは母親であるラインリアが引き取った子供たちの1人だとシュニットも分かる。

 もしかしたら見知った者なのかもしれない。ハーフレンが移るまで自身があの屋敷の主人であった。


 前王妃が引き取った子供たちのこの国に対する忠誠心の高さは計り知れない。

 何より今まで一度として裏切り者を出したことが無い。

 唯一の例外は……王妃を狙う暗殺者と分かりながら引き取った娘のみだ。


「なら身の回りは安心か」

「まーな」


 だがそれはあくまで『外敵』からの備えだ。


 胸の前で組んだ指をバキバキと鳴らすハーフレンをシュニットは決して注意しない。

 自身も似た感情を抱いていたからだ。


「今度ばかりは容赦なくあの馬鹿を締め上げるぞ?」

「止めはせん。徹底的にするが良い」


 2人の兄の堪忍袋の緒が……どうやら今回ばかりは完全に切れてしまっていたらしい。




~あとがき~


 乙女なアイルローゼは燃え尽きて話し合いに。

 痴女…弟想いなホリーはアルグスタのために外へ。

 この2人は足して2で割ったぐらいが丁度良い気がする。


 で、やはりキレキレな兄2人は弟の呼び出しを決定しました




(C) 2021 甲斐八雲

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る