閑話 1

「あ~。んっ……も~」

「何を朝からずっと唸ってる? 牛か?」

「煩いぞミシュ」

「へいへい」


 報告書の束を抱えて入って来たミシュは、その束を上司である人物の机の上に置いた。

 毎日のように届けられる紙は山のように有り、資料整理にと王都から呼び寄せた現場には、まだ実戦に投入できない見習いたちの精神修行と化している。


「で、何を……おい馬鹿上司?」

「煩いぞ」


 小柄なミシュは相手の肩に身を乗せ、彼が覗き込んでいる紙を眺めた。


 名前だ。所狭しと名前が連なっている。


「もう愛人か?」

「黙らないなら口を塞ぐぞ?」

「いや~ん。王弟様のぶっといあれで口を塞がれちゃう~」


 ブンと音を発して飛んで来た拳をミシュは音もなく回避する。


「本気で殴るな。馬鹿」

「逃げるな。食らえば静かになる」

「逃げるわ。全く……無駄な力を使ったじゃないのよ」


 怒った様子で近寄り今度は相手の背後から紙を見る。


 やはり名前だ。


「……それって最後に『レア』か『ア』の縛りでもあるの?」

「煩い黙れ」

「……」


 ミシュは察した。

 名前の最後が『レア』か『ア』で終わる名前を彼は求めているのだ。


 それは何故?


 決まっている。自分の"娘"の名前だからだ。


「って娘限定なんだ。まああの一族の呪いに似たあれは有名だけど」

「……だから頭が痛いんだ」


 ガシガシと頭を掻いて彼……ハーフレンは深く息を吐いた。


 彼の子供を孕んでいる女性は、女性が多く生まれるで有名なクロストパージュ家の出身だ。

 男子家系で有名な家に嫁いでも姉妹を大量生産するのだから『呪い』と呼ばれるほどに恐れられている。


「男なら悩まないって?」

「ああ。男なら歴代国王の名前を少し弄って名付ければ良い。それが王家の決まりだしな」


 確かに決まりである。が、


「フレアの息子って時点で世に出せないでしょう?」

「出ることになるかもしれんだろう? この南部調査で宝玉が使われれば、俺もお前も一瞬で死にかねないんだからな」


 手にしていた紙を放り投げ、ハーフレンは長い付き合いであるミシュに目を向ける。


「紅茶な」

「私はメイドじゃないぞ?」

「茶菓子は好きなのを選べ」

「良し任せろ!」


 いそいそと準備をし、淹れ方云々を無視した作法でミシュは紅茶を淹れた。


「本当に目利きは良いな? 高級菓子だけを選ぶ辺りは特に」

「ふっふっふっ……祝福持ちは常に飢えているから目ざといのだよ」

「そうか」


 バクバクと菓子を食べる馬鹿の様子を眺め……しばらくしてからハーフレンも菓子に手を伸ばした。


「食うんか?」

「食うさ。馬鹿が毒味をしてくれたしな」

「おまっ!」


 飲んで食ってを3回ほどしたミシュは今になってその事実に気づく。

 今居るところは南部であり、自分たちがやっていることは南部に属する貴族たちから恨みを買うことなのだ。

 お茶や菓子に毒を入れるなど普通に行われる可能性がある。


「まあ食べてしまった物は仕方ない」

「お前凄いな」

「出来たら逞しい男性の腹の上で死にたいけどね!」

「普通逆だろう? 色んな意味で」


 呆れつつハーフレンも紅茶を飲み干す。


「で、良い名前が見つからずに迷走中って感じ?」

「ああ。初めての子供だしな……変な名前は付けたくない」

「名前の最後にこだわらなきゃ良いのに」

「……女の場合はそれぐらいしか残してやれんしな」

「難儀だね~」


 男子なら念のために囲うことも出来る。王位継承権すら発生するのだから。


 ただ女子の場合は厄介だ。

 仮に娘1人の場合だと……他の王族から結婚相手を求める可能性が出て来る。


「アルグの所に息子が産まれたらそれを兄貴が引き取り、俺の娘を王妃にするとかな」

「生まれる前から買い手が決まってるとか凄いね」

「馬扱いするなよ」

「へいへい」


 紅茶を淹れ直し、ミシュは新たな菓子を開く。


「娘なら最悪嫁がせれば良い」

「有力候補はアルグスタ様とイールアム様の所?」

「そうなる」

「落ち着いて考えるとアルグスタ様の所に嫁ぐのが決定な娘だね」

「あそこに男が産まれればだがな」

「は~。王家とか王族とか厄介だわ~」


 バクバクと菓子を食いながらミシュは投げ捨てられている紙を拾う。

 ザッとそのリストを眺め……確認を終えた。


「ならばこのミシュ様が素晴らしい名前を授けよう!」

「一生売れ残る呪いの言葉なら要らないぞ?」

「後で殺す! 具体的には金輪際子孫が作れなくなる殺し方をする!」

「余所でやれ」


 ピラピラと手を振って寄こす彼に怒りつつも、ミシュは手にした羽ペンで名を綴る。


「うん。完璧」

「どれどれ」


 覗き込んだハーフレンはその名を見た。


『エクレア』


「意味は?」

「前にアルグスタ様がどうしても作りたいとか騒いでいたお菓子の名前」

「知らない名前だな」


 ただあの弟は異世界出身だ。つまり異世界の菓子なのだろう。


「でも悪く無いな」

「でしょ?」


 クスリと笑いミシュは紙を机の上に置いた。


「同僚からの出産祝いだ。あの馬鹿フレアにでも届けて頂戴」

「そうだな」


 苦笑しハーフレンは肩を竦める。


 ドタバタドタバタ……バンッ!


「ここに居たのか幼き君よ!」

「何処から湧いて出て来た!」


 警護厳重の王弟様の借り屋敷に姿を現したのは、ミシュを追い回す変態だ。

 名をマツバと言う。


『ひぃ~』と喉の奥から悲鳴を上げ、ミシュは窓に飛びつくと開けて外へと飛び出した。


「待ちたまえ! 幼き君よ!」


 マツバもまた迷わず窓の外へと飛び出して行った。


 そんな2人を見送ったハーフレンは、ゆっくりと立ち上がり窓を閉める。

『触るな振れるな頬ずるな~!』と遠くから馬鹿の声が聞こえた来たが彼は無視した。


「エクレアか……悪く無いな」


 何よりもしかしたら義理の父親となる者が言っていた名前だ。


「これに決めるかな」




 それからしばらくしてハーフレンの元に知らせが届く。

 王都で自身の初の子供となる娘が誕生した知らせだった。




~あとがき~


 タイトル付けると本編と分からなくなるんで『閑話』で。

 追憶編も終えたので、今度からストーリーの区切りにこんな風な話を挟んで行きます。


 何となく読んでみたい話とかあったらリクエストして下さい。

 100%希望に添えるか分かりませんが、出来る限り答えてみようかと。


 次回はポーラに関するちょっとした話の予定です!




(C) 2021 甲斐八雲

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