覚悟は決まっているのね?

「……暇だ」


 叔父様の葬儀が終わってから、急遽僕らはお城へと召喚された。


 自治領から来た早馬がもたらした報告に関する話し合いだ。

 たぶん話し合いだ。話し合いは行われている。


 ぶっちゃけ不毛だ。


 僕の参加が求められたのは事前会議と言われる物だ。

 陛下を含む主だった人間が集まり事前に会議の結論を決めてしまう物だ。


 なら会議では何を話すのか?


 決められたゴールに向かい話し合いで誘導するのだ。


 何かニュースでこんなの見たな。談合だっけ?


「つまらなそうな顔をするな」

「自分の顔を鏡で見ろ」

「鏡は無いが拳はあるぞ?」

「盾は無いけどノイエが居るよ」

「……お前は本当に卑怯だな」


 暴力で脅して来るのは卑怯じゃ無いのかと言いたい。


 僕の腕に抱き付いて話し合いの場を眺めているノイエは静かだ。

 静か過ぎて正直怖いけどね。


「でもあれってどうなんです?」

「俺に政治を聞くな」

「おい近衛団長?」

「何だ近衛の副長?」

「なら王弟よ」

「どうした弟よ」


 厄介な。立場が限りなく近いから何も言えん。


「で、大将軍代理?」

「おっとその地位を忘れてたよ」

「忘れんな」


 ガシガシと頭を掻いて馬鹿兄貴がメイドに何やら命じている。

 南部調査の報告書作りで忙しいらしい近衛団長様は、早くこの場を離れたいのだろう。


 それとも初子の顔でも見たいのか?


 心配するな。きっと母親に似た美人さんになるだろう。

 父親の要素が微塵も感じられずに喜ばしい限りだ。


「おいアルグ。ちょっと提案して来い」

「何をよ?」


 資料に目を通した馬鹿兄貴が唐突にふざけたことを。


「現在国軍はどれほど動員できる?」

「……たぶん4,000かな」


 一応その辺の数字は常に覚えている。

 何より今は雨期なので実家に戻る兵も多いから、数字を把握していないと緊急時に自分の首が締まるのだ。


「なら2,000人までなら動員できると兄貴に言えば良い」

「そうすると?」

「今日の話し合いが終わる」

「今日のかよ?」

「とりあえずな。仕事が山盛りなんだよ」


 お前の都合かよ。

 でも確かに不毛な会話なので僕は動くことにする。


 言われるがままに『現状2,000人までなら国軍を動かせます』と進言する。

 陛下は『分かった』と言って深く頷いた。


 席に戻りまたノイエを装備する。

 ただやはり静かだ。静かに話し合いを睨みつけている。

 誰が聞いているのかは知らないけれど面白くない話だよな。


「自治領ってユニバンス王国の領地じゃないの?」

「地図の上ではそうだな」

「ならどうして見捨てるようなことを前提に話をしているのかな?」

「……それが政治なんだろう?」


 話の冒頭から援助要請……特にドラゴンスレイヤーの派兵は却下となった。


 客人対応のモミジさんを派遣する訳にはいかないから、行けるとしたら僕かノイエだ。

 けれど両方、もしくは片方の派兵も却下となった。


 僕の知らない所で、危険対処マニュアル的な物が作られていて……どうやらそれに当てはめると今回の派兵は無しってことに該当するらしい。


「なら僕には政治とか無理そうだわ」

「俺もだよ」


 頭を掻く馬鹿兄貴の場合は、小難しい話を聞いているのが嫌なんだろう。

 でも僕は……少なくとも自治領の人たちを見捨てるような話には賛成できない。


 国軍を派兵してもドラゴンを相手に戦うのは無理だ。

 それでも建前って言うものもある。だからこその国軍の派兵なんだろう。


「面白く無いよね」


 そっとノイエの頭を撫でながら囁いてみる。


「ええ。全く」

「ノイエ?」


 ポツリと呟いた彼女は僕の呼びかけに顔を動かさない。

 ただジッと話し合いの様子を見つめていた。


 冷たい感じで睨みつけるように。




 戻って来た彼女に対し、床に腰かけていた歌姫はその見えない目を……閉じた瞼を向ける。


 相手は最近この中枢を見張るように来てい人物だ。

 平穏な時が流れているのにその平和を信じていない節もある。


「たぶん酷い顔をしていると思うわよ?」

「見えないなら憶測で声をかけないでくれるかしら?」

「なら今の貴女は笑顔なのかしら? 王女様」

「決まっているでしょう」


 クスリと笑う声が聞こえて来る。

 けれどそれ以上に感じるのは寒気すら生じる冷たい物だ。


「怒りで腸が煮えくり返りそうよ」

「でしょうね」


 軽く自分の肩を抱いてセシリーンは身震いする。


 何故そこまで王女が怒っているのかは分からない。

 ただ外で繰り広げられている会話は聞いてて面白い物では無かった。


「歌姫。アイルローゼは何処に居るの?」

「そこを出て左に進み……あとはその都度教えるわ」

「何でそんな面倒臭い場所に居るのかしらね?」

「1人で居たい時もあるのよ」

「そう」


 ツカツカと歩き王女……グローディアはノイエの中を進む。


 どうやらまだファシーを囲って騒いでいるのであろう主だった者たちは中枢に姿を現さない。

 人が来ないのをいいことにのんびりしているらしい魔女も静かだ。


 おかげで中枢に足を運び、ノイエにいつ謝ろうかと機会を伺っていたら……それを知ることとなった。


 愚かで馬鹿げた王家の悪しき風習をだ。


 許せなかった。許せるわけが無かった。

 自分とは違い"あの人"がお腹を痛めて産んだ息子が反対しないのだ。


 何も分かっていない。

 あの人は常日頃何と言っていたのかを……忘れたのだろうか?


 通りの良い声が常に耳に届き、その指示に従う。

 歌姫の耳もおかしいが、こうやって声を届ける能力も凄まじい。

 本人が言うには音の反響を調整すれば簡単らしいが。


「居たわ」

「……何かしら?」


 座っているアイルローゼは、足を抱き寄せ膝に顔を押し付けていた。


 ゆっくりと顔を上げた魔女は訪れた王女を見る。


「耳を塞いでなさい。歌姫」

「何よ?」

「こっちの話よ」


 と、告げてグローディアはアイルローゼの横に座る。


「ねえ共犯者」

「……何かしら?」

「私と一緒にもう一度咎人になってくれないかしら?」

「……どう言うことかしら?」


 静かで冷たい目を向けて来る魔女に、グローディアも冷たく笑う。


「貴女の存在が明るみになってからプレートを刻む依頼は増えている」

「それは最初から決まっていたことよ。私が刻めば良いだけのこと」

「ええそうね。でもいずれは破たんする。あの施設のように」

「……」


 キュッとアイルローゼは唇を噛み締める。何とも返事のしようのない言葉だった。


「何よりあの馬鹿なハーフレンは私の捜索を諦めない。きっとまだ私がノイエの中に居ることを疑っているでしょうね」

「それは……そうでしょうね」

「だからよ」


 小さく息を吐いてグローディアは背後に存在する壁に背を預ける。


「私が姿を現す」

「それは……本気なの?」

「ええ本気よ」


 どうやら本気らしい。

 それが痛いほどに伝わり……アイルローゼはため息を吐いた。


「覚悟は決まっているのね?」

「ええ」

「どうして?」

「決まっているわ」


 そう決まっている。


「私は王女なのよ。それにノイエの姉なのよ。王女であるお姉ちゃんが、妹に正しい姿を示せないでどうするの?」

「……そうね」


 正しい姿。姉としての意地とも言える。

 妹の前では格好の良い存在で居たい……そう願う者はノイエの中に多い。


「ならば私も覚悟を決めるしかないのね」

「ええそうよ」


 立ち上がったグロ―ディアは座っている魔女を見つめてから足を動かす。

 その場を離れながら……王女はポツリと呟いた。


「そもそも貴女に罪は無いのよ。全ては子供だった私の罪なんだから……だから全てを背負うわ」


 覚悟を決めてグローディアは普段自分が使っている場所へと向かった。




「そうよね」


 膝に肘を置いて頬杖を突いた女性はクスリと笑う。


 場所はノイエの右目だ。

 グローディアたちが暮らす左目とは違う場所に彼女は1人で暮らしている。


 意識を傾け見聞きしたことを思い出してそっと微笑む。


 本当にこの中に暮らす人たちは不器用な者が多い。

 なのにこうも心惹かれるのだから……見ていて面白い。


「でも子供の罪は子供が背負う物じゃないと思うのよ。その子供が背伸びをして一生懸命に命をかけた物なら特にね」


 だからこそ手を貸してあげたくもなる。

 何より彼女らはこれからともに強大な敵に立ち向かう"仲間"となりえる存在なのだから。


「それに見ている分には面白いのよね~」


 あの2人がしでかすであろうことを、あの馬鹿な旦那がどうするのかを……ちょっと期待したくもなる。

 同じ日本人として。


「さあ私を楽しませてみせなさいよね」


 心の内で『今回のご褒美は何にしようかな~』と思いながら、刻印の魔女はクスクスと笑い続けた。




~あとがき~


 不毛な会話を続ける人たちにアルグスタは不満気です。

 それ以上に不満そうなのはノイエ…グローディアでした。


 そして彼女は覚悟を決めます。

 あの日の全てを清算するために…何より自分に付き合った魔女を解放するために




(C) 2021 甲斐八雲

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