別の方法で隠していますから

 ユニバンス王国北西部自治領・帝国領との最前線



「まだ雨期も終えていないのに頑張るね……帝国軍は」


 面倒臭そうに髪を掻き上げた巨躯の女性に自軍の兵たちは湧き上がる。


 彼女は連日のように攻め寄る帝国軍を相手に連戦連勝の女将軍だ。

 否応なしに士気は高まり続ける。


「ようやく本隊のご到着かい」


 ニタリと笑い彼女……トリスシアは金棒を手にした。


「帝国の女狐を追い立てて狩るとしようかね!」

「「おうっ!」」


 兵たちが拳を振り上げ声を発する。


「もし女狐を捕まえたらひと晩ぐらい玩具にして良いよ。ただし殺すのはダメだ」


 金棒を肩に担いでトリスシアは前進を始めた。


「殺す時は仲間たちの墓標の前でその頭を潰してやるんだからね」




 ユニバンス王国王都ユニバンス・ミルンヒッツァ家



「これは王妃様」

「本日はお招きいただきまして、夫であるシュニットに替わりお礼申し上げます」

「いえ。狭い屋敷ですが」


 王妃らしく振る舞いチビ姫が、ミルンヒッツァ家の当主であるグロームの手を借り屋敷の中へと入って行く。


 しばらく待ってから僕らも馬車を降りた。

 こっちは王族であるが上級貴族なので……あら珍しい。


「これはココノ様」

「アルグスタ様。そうイジメないで下さい」

「だって義理のお兄さんじゃないですか? ねえお義兄さま?」

「勘弁して下さい」


 根が真面目で"the文官"と言った感じのココノさんは、僕の言葉遊びに顔色を悪くする。


 本当に優秀なんだけど根が真面目過ぎるんだよね。

 だから陛下に仕事を押し付けられ、一日の半分以上は城内から姿を消してしまう人でもある。


「ノイエ様は本日も美しく」

「はい」

「……どうぞご案内します」


 世辞であろうが何であろうがノイエの返事は基本『はい』だ。

 まあノイエの美しさは間違いけれど。


 僕の腕に肘を絡ませノイエと共に屋敷に入る。

 先に入ったチビ姫は……テーブルを1つ占領してケーキを食べていた。


 良く分かっている。ケーキを前にしたチビ姫がとても弱いことを。


「アルグ様?」

「少し我慢ね」

「……はい」


 会場の1つに山と肉が積まれたテーブルがある。

 ノイエの視線はそれをロックオンしたまま外れない。


 良く分かっている。お肉を前にしたノイエがとても弱いことを。


「まずは軽く挨拶しよう」

「むう」

「そうしたらお肉を食べようね」

「はい」


 納得とは程遠い声でノイエがどうにか頷いた。




 挨拶回りをし、ノイエをお肉のテーブルに据え置くと……その手と口が止まらない。

 もふもふとお肉を口に運んで食べて行く。


 ただノイエの食欲は有名だから誰も何も言わない。


「アルグスタ様の奥方は……噂に勝る大食漢ですな」

「ええ。それを知ってのあれでしょう?」

「いいえ。余るかと思ったのですが……足りるか不安になりますな」


 こちらも挨拶回りを終えたのか、グロームさんが僕の横に来た。


「本日はお誘いいただきありがとうございます。それでご挨拶回りの方は?」

「どうにか終わりましたとも」

「そうですか。それで本日の本命である僕たちの元に?」

「はい」


 隠そうともし無いとか、食えないオッサンだな。

 だからこそウイルアムさんはこの人を誘ったのかもしれないが。


「共和国の一件は話す気が無いんですけど?」

「そうですか……それは残念ですな」

「ええ。僕らは共和国に行ってないので」

「そうですか」


 うんうんと頷いたグロームさんは、ニタリと嫌な笑みを浮かべた。


「でしたら自分もあの施設の……もう1つの施設のことを語らなくても良いと言うことですな?」

「そっちで交渉しますか?」

「はい。詳しく聞きたいので」

「そうですか」


 やはりと言う訳か……中の人たちが知らないネタで交渉して来た。


 この件に関してのホリーの判断は僕に一任だ。

 正直に言えば、ホリーたち中の人たちはもう1つの施設については余り知りたがっていない。

 自分たちと関わりの少なかった場所などどうでも良いのだ。


「余り知りたくないと言ったらどうします?」

「そうですな……それは困ります」


 何よりあの施設で改造されたのであろうユーリカとその仲間たちは眠りについた。

 今更ほじくり返す必要は無いと思う。


「なら別の交渉をしましょう」

「別ですか」

「はい」


 スッとオッサンが僕の耳に口を寄せた。


「『あの日』を誰が引き起こしたのか? 何をしたのかと言う秘密でどうでしょう?」

「最高級の口説き文句ですね」


 そのネタはホリーですら推理してなかったけど。


「なら誰が何をしたと?」


 少し探りを入れてみる。


「そうですね……貴方の従姉が、でどうでしょう?」

「はいはい分かった。お手上げです」


 素直に手を上げ降伏する。


 別に僕とすればあの件が明るみになって困ることはない。

 問題は首謀者が王家のそれも王位継承権を持った王女であったという事実だ。

 これが明るみになれば王家は総叩きに遭う。困ったもんだね……あの従姉には。


「でしたら別室に」

「はいはい。ノイエ」

「……はい」


 お肉を両手に持つノイエがやって来る。


「お話し合いをするから移動するよ」

「……お肉」


 ノイエさん的には社交の場よりお肉らしい。


「でしたら全て運びましょう」

「アルグ様。行こう」

「はいはい」


 お肉が動けばノイエも動く。

 フラフラと移動していくお肉を追って移動するノイエの後ろを僕は歩き出した。




「それで何が聞きたいのですか?」


 別室でグロームさんと向かい合って座る。

 彼の後ろには執事が立ち、僕の横にはお肉を食べるノイエだ。


 一応4人だけのはずだ。セシリーンに確認が取れないから辛いところである。


「質問したいことは多いですが、まずは確認を。あの施設の生き残りはノイエ様1人と聞いていますが?」

「ええ。そうですね」


 突入した馬鹿兄貴の報告ではそうなっている。

 ノイエは……聞くだけ野暮だ。彼女は基本覚えていない。


「だがあの施設にはウイルアム様が厚く信頼していた部下が居ました。彼があの施設の末期の状態を見て黙っていたとは思えない。たぶん中の者たちを逃したのだと思うのです」

「ふむ」


 この言葉を聞く限り、グロームさんはノイエの中に居る仲間たちの存在を知らないらしい。


「つまり僕がその逃げ出した者たちを匿っていると?」

「そう考えるのが普通でしょう。実は我々の仲間には近衛に務める者も居ました。その者からの報告によるとあの施設にウイルアム様の部下は居なかった。言葉を続ければ、あの施設の存在を密告した者の特徴がその部下に酷似していたと聞きます」

「なるほど。面白い」

「ついでに後日あの施設を調べた所、隠し通路……抜け穴程度の物を発見しています」


 それは知らん。誰がそんな物を掘ったんだ?


 腕を組んでグロームのオッサンが強い視線を向けて来る。


「貴方があの施設に居た者たち……主だった者たちを匿っているはずなのです。そうでなければ共和国での一件は実行成し得ない」


 まあ間違っていない。


「残念ながら不可能ですよ。仮に匿っていると言うなら、その者たちはルーセフルト家が匿っていたことになる。そんな戦力を抱えた貴族が王家と争い敗れるものですか? 仮にもし匿っているのなら躍起に捜索する馬鹿兄貴の優秀な部下たちが見つけ出しているはずです」


 時間軸で考えるとノイエと出会う前から僕が中の人たちを匿っていることになる。

『僕と出会うまでずっと逃げ回っていた?』と言う可能性もあるけど、だったら別に僕の元に来る理由もない。そのまま逃げ続ければ良いんだから。

 なら滅んだ実家が……そんなことが出来るんなら滅んでないって。


「……本当に?」

「ええ」


 疑り覗き込む相手に僕は悠然と笑いかける。

 さてと。面倒臭いけど交渉の時間だ。


「だって別の方法で隠していますから」




~あとがき~


 オーガさんの前には遂に帝国軍の精鋭部隊である軍師たちが。


 チビ姫と会場であるミルンヒッツァ家に辿り着いたアルグスタたち。

 交渉と言う名の馬鹿試合の始まりです




(C) 2021 甲斐八雲

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