この国で最も安全な場所です

「さあ今度はこちらの質問と行きましょうか?」

「……」


 こちらの手札ばかり晒していたら負けてしまう。

 交渉事は余裕をもって行わないと、知らない内に自分の首が締まってしまうのだ。


 誰の言葉だか記憶に無いけど僕の中にそんな教えがあるのです。


「グローム様は何処であれを実行したかもしれない人物の名を知ったのですか?」

「……司祭と名乗る者が私の元へ来て宝玉を手渡しました。その時ですよ」


 告げるグロームさんは、ノイエのアホ毛の上に乗る宝玉を見つめる。


「あのような石と言うかガラス玉のような物ですが、ご存じで?」

「ええ。今貴方が見つめている物が宝玉です。何でも近衛団長が南部で手に入れた物が色々とあって自分の手元にやって来ました」

「……それが割れたら?」

「この国に居るドラゴンスレイヤー夫婦に倒せないドラゴンが姿を現せば、この国は滅亡するでしょうね」

「つまり監視込みと言う訳ですか」


 理解したらしい彼は若干顔色を悪くする。

 アホ毛の上でフワフワ揺れる宝玉の動きが怖くなったのだろう。


 けれどノイエは落とさない。バク転しようが何をしようがあの宝玉を落とさない。


「それでその司祭は貴方に何を?」

「……私に『あの日の出来事はユニバンスの高貴な人間が引き起こしたこと』と告げました。あの日の事件に関係した高貴な人物と言えば2人。1人は暗殺者の襲撃を受け、そしてもう1人は魔法使いとして有名でした」

「殺戮姫グローディアですか?」

「自分の口からは恐れ多く」


 十分に語っているだろうに。


 ただ話を聞く限り面白くない。

 もしその司祭が他国で同じようなことを言って回っているとしたら……噂話で片付けられる。


 けれど国内で言われるとかなり厄介だ。

 話を聞いた者たちはグローディアだと直ぐに思いつくだろう。


 何せ彼女はあの日家族を含め屋敷の中に居た人たち全てを殺したという罪で処刑されている。

 普通なら死ぬまで投獄が良いところなのに処刑となったのは……例の施設に送り込む人員として選ばれたのかもしれない。


 何より彼女は魔法使いだったから、それを面白く思わなかった貴族も居ただろう。

 王家が強くなることを基本貴族は歓迎しない。しろよと思うが、強い王家が相手では貴族たちは甘い蜜が吸えなくなるのだから仕方ない。


「……搦め手とか面倒な」

「それほど貴方たち夫婦を恐れているのでは?」

「否定できない自分が居ますよ」


 対ドラゴンに関しては僕ら夫婦は強すぎる。

 何よりそれは有名になり過ぎて……それを敵たちが恐れている。


「異世界のドラゴンまでも屠れる貴方たちを恐れる存在は多いかと」

「ですね。恐れてくれるのは良いんだけど、問題はそれで馬鹿貴族たちが騒ぎ出したら……面倒だな」

「ええ。それに運悪く現在この国は南部の査察をしているところです。貴族たちの不満は募るばかりかと」

「本当に厄介だな」


 ガシガシと頭を掻いても答えは出ないか。

 ここは持ち帰ってホリーと相談した方が良い。

 何かしらの対策を練る必要があるしな。


 何よりあの日の一件の犯人を別に作り出す必要がある。

 ああ丁度良いのが居たな……何かの機会で押し付けてやろう。


「それでアルグスタ様」

「ん?」

「彼女たちは何処に?」

「男性も居ますよ」

「……なら彼ら彼女らは?」

「だから隠してます」

「何処に?」


 再度の問いに僕はノイエの肩を叩く。


「この国で最も安全な場所です」

「……そうですか」


 事実を告げたんだけど誤魔化されたと思われたかな?


 でも余りノイエの中に居るとか言って回りたくないんだよね。

 グロームさんは口が硬そうで信頼できるとしても……秘密を知ればそれを暴こうと無茶する馬鹿たちが必ず現れるんだから。


「そうだ。忘れていました。グローム様」

「何か?」


 立ち上がり恭しく彼に一礼する。


「過去の貴方たちの行いのおかげで、僕は最高の仲間を……家族を得ることが出来ました。そのお礼を言いたかったので」

「家族か……」


 苦笑して彼は顎を撫でる。


「我らの蛮行ををそう言ってくれる者が現れるとは驚きです」


 ゆっくりと立ち上がり彼も恭しく頭を下げて来る。


「アルグスタ様。貴方の言葉で私は救われました。間違えた行為をしたとずっと心を痛めていましたが……」

「まあ行い自体は色々と言いたい部分もあるんですけどね。けれどあの場所を作り、あの日罪を犯した者たちを救ってくれた行為は純粋に感謝したいんです」

「……そうですか」

「だからもしいつか叔父様の元に出向いたら、アルグスタが感謝していたとお伝えください」

「あはは……分かりました。このグローム、必ずやお伝えしましょう」


 叔父様が天国か地獄のどちらかに行ったのか知らないけど、きっとグロームさんも同じ場所に行くと思う。

 叔父様の人を見る目は本物だったんだから。




「つまらないですね」


 ケーキを食べながらキャミリーは別室へと消えた者たちが戻るのを待っていた。


 キャミリーに挨拶に来る貴族たちは多く、決して彼女は暇ではない。

 大半の貴族は日々の自分の振る舞いを知り、内心で蔑み侮蔑の視線を向けながら挨拶に来る。


『ぜひ国王陛下に……』と手紙を渡して来る貴族の名と顔を覚え、キャミリーは頭の中でリストを作っていく。手紙の内容などある程度予想がつく。

 きっと南部で行われている調査が他の場所で行われないようにこう陳情だ。


 キャミリーとしてはそんな手紙を出して来る者は処罰の対象にしても良いと思っている。

 後ろめたいことが無ければ自己保身に走る必要なんて無いのだから。


「つまらないですね」


 フォークを咥えて上下に動かしながら、キャミリーは閉じられたままの扉を見つめる。


 あの3人……グロームは決してキャミリーを軽んじない。ちゃんと王妃として扱う。

 本能的に彼は何かしら感じているのだろう。だからこそ失敗しない。


 義弟であるアルグスタは全く読めない。

 天然な感じで自分と悪ふざけをしているが、時にその考えの深さや周到さに舌を巻く。


 一番恐ろしいのはノイエだ。

 何も考えていない表情から時折背筋をも凍らせる言葉を放つ。

 ドラゴン退治しか出来ないと言われている彼女でありながら、実際は不可能が存在しない。

 どんな仕事でも無表情でやってのけるのだ。


《私なんて可愛い存在だと思うのですけど》


 クスリと笑いキャミリーは立ち上がった。


「ノイエおねーちゃんです~」


 開いた扉から出て来た義妹に向かいキャミリー迷わず突進した。




~あとがき~


 どんな企みであれ思考であれ、アルグスタは純粋に感謝します。

 ことがあったからノイエの家族たちと出会えたんですからね




(C) 2021 甲斐八雲

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