出来ないことは言っちゃダメなんだぞ?
「りすさんです」
「そうだね」
突然生じた我が家のペットを抱いたポーラが、リスの頭に頬を寄せて擦り合わせている。
「ごはん」
両手に木の実を乗せたノイエが手を伸ばし、リスの顔の前に見せているがスルーされている。
「……」
「大丈夫ノイエ。きっとまだ慣れていないだけだから」
「はい」
どんよりとした空気を纏うノイエが、どうにか復活してリスに餌を与えようと頑張る。
こらこらポーラさん。そんな簡単にリスに餌を与えないで!
フラ~っと危ないオーラを漂わせてノイエがポーラの後ろに立とうとする。
慌てて手を伸ばしてノイエの暴挙を妨害した。
「リスの前でその気配はダメ。ゼッタイ」
「……はい」
怒れるアホ毛が沈静化した。
と言うか本能的に逆らってはいけない相手だと悟って欲しいんですけど……リスよ?
「にいさま。ねえさま」
「はい?」
「このこのなまえはなんですか?」
「「……」」
何となくノイエと顔を見合わす。
『名前?』と問いかけて来ているようなノイエの目に対し、僕はポンと彼女の肩を軽く叩いた。
「頑張れお姉ちゃん。ノイエが名前を決めるんだ」
たぶんファシーなら勝手に名前を付けても怒らないだろう。
「名前……」
クククと首を傾げたノイエの頭が元に戻って、アホ毛がピンッと立った。
「お肉」
「却下!」
「むっ」
「このリスは食べ物ではありません」
危険を感じたポーラがギュッとリスを抱きしめる。
リスもようやく身の危険を察したのか、ノイエに向かい『木の実頂戴』と言いたげに小さな手を伸ばしている。
「もう少し可愛い名前にしなさい」
「……手羽先」
「はい次」
「軟骨」
「可愛らしさから遠ざかっているぞ?」
「……卵」
「スタートに戻るな。何より何故鶏?」
「狂暴だから」
「リスは狂暴ではありません。たぶん」
見なさいノイエ。
本格的に命の危険を感じているリスさんがポーラの手を逃れてノイエに甘えようとしているぞ? つまり動物に対しては恐怖政治が正解なのか?
意外とナガトも苦労しているのかもしれないな。
だがあの駄馬に向ける慈悲は無い。次に何かしたら玉を取る。
「……タン」
「牛かい」
「……お肉食べたい」
「お腹が空いただけか」
どうやらノイエの脱線は空腹が理由らしい。
そもそもポーラが寝室に来たのも朝食の準備が出来たことを知らせに来たのだしな。
養女だとしてもドラグナイト家の一員なのに、もう立派なメイドさんだよ。
「とりあえずご飯にしよう」
「はい」
命乞いをするかのようにノイエの肩に乗ったリスが必死に顔を擦り付けている。
理由はどうあれ懐かれたことが嬉しいのか、ノイエのアホ毛が揺れ動いて止まらない。
リスに対して手に持っていた木の実を全部押し付けると、宝玉を持ったノイエと一緒に食堂へ向かう。
「お姉ちゃんの可愛さが倍増です~」
執務室にやって来たチビ姫がノイエを見つけるなり全力でダイブした。
片手を伸ばして顔面を掴んで……腰かけているソファーの隣に叩き落す。
対応はあれだけど多少ノイエの成長が伺えた気がする。
「にいさま?」
「うむ。床に投げ捨てなかったのは成長だと思うぞ?」
「……」
何かを察して声をかけて来たポーラだが、何故か僕の返事を聞いて沈黙した。
前のノイエならチビ姫を避けたり叩き落したりしていたはずだ。
そこからの成長が見えて僕は嬉しいよ。
膝の上でお腹を晒しているリスを撫でているノイエは幸せそうだ。
アホ毛の上の宝玉もフワフワと揺れているしね。
ただあのリス……朝から大量の餌を与えられて限界を迎えているっぽい。
今もお腹を晒しているのではなく満腹で動けない感じだ。頬袋なんてパンパンに膨れてるしな。
「リスです~。大きいです~。可愛いです~」
復活したチビ姫も合流してノイエと一緒にリスを撫で回す。
ぐににと唸りながら凶悪な表情をしたクレアは今にも持っているペンを折りそうな勢いだ。
『仕事が終わるまでリス遊び禁止』と告げただけであれだ。
異世界でも小動物は女性にモテるのね。
「唸らず手を動かしなさい」
「……はいっ」
親でも殺しそうな視線を向けるな。
唸り続けるクレアをスルーして、僕も仕事を続ける。
現在開店休業中のノイエ小隊からは日々の報告書ぐらいしか届かない。
副隊長のミシュが南部に出張しているから、主に仕事をしているのはルッテとモミジさんぐらいだ。
ルッテは王国からの指示で監視をしている都合、主に報告書を書いて来るのはモミジさんなんだけど……『三角な木馬はまだですか?』が最近の挨拶だ。何処の世界の挨拶だ?
『誠心誠意作成中です』の返事が僕からのお決まりだ。製造を頼んだ工房は現在前国王の車椅子を製作中で三角な木馬の製造は後回しになっている。
まだカラーリングで揉めているらしい。自分的には好きにしろと言いたいけど。
ただそろそろ雨期が終わる。
そうなればノイエ小隊も活動再開となり、僕の仕事量が跳ね上がる。
何より近衛の馬鹿兄貴がまだ帰って来ない。怠慢だ。去勢してしまえ。
「そうです~。おに~ちゃ~んです~」
「何だよチビ姫? 今日のケーキは夕方だぞ?」
「なら夕方にまた来るです~」
来るんかい。
にぱっと笑っているチビ姫的には決定事項の様子だ。
「明日のミルンヒッツァ家の集まりには行くんです~?」
「ああ。明日だったね」
ノイエの新作ドレスも完成している。今回は赤を基本にした情熱的なヤツだ。
「行くけど?」
「ならわたしも連れて行って欲しいです~」
「チビ姫も?」
「です~。シュニット様の代理です~」
「ふ~ん」
国王様をしているお兄さまも忙しいんだろう。
けど代わりにチビ姫って……ああ。一応ミルンヒッツァ家は親戚筋になるわけか。
馬鹿兄貴も参加しないし、王族の僕だけでは弱いと判断されたのかな?
「まあ良いけど……遊ぶなよ?」
「失礼です~。ちゃんと王妃らしく振る舞うです~」
「ほほう」
このチビ姫が王妃らしくだと?
「チビ姫よ」
「何です~?」
「出来ないことは言っちゃダメなんだぞ?」
「失礼です~!」
憤慨したチビ姫がソファーの上に立ち上がった。
「なら見せるです~! わたしが王妃らしく振る舞うとどれほど凄いのかを見ると良いです~!」
ほほう。自ら背水の陣を敷くわけか。
ならば優しい僕はこのチビ姉により強い試練を与えよう。
パンパンと手を叩いたら、前メイド長であるスィーク叔母様がやって来た。
「何かご用でしょうか?」
「ちょっとチビ姫の審査を手伝って」
「……はい」
ニタリと笑う叔母様に、チビ姫はその顔を蒼くした。
~あとがき~
リスは理解しました。
本能に従い逆らえ続ければどうなるのかをw
そんな訳でチビ姫が王妃らしく振る舞えるのかチェックです!
(C) 2021 甲斐八雲
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