詳しく聞こうか?

「ねえアイルローゼ」

「何よ?」

「ファシーに魔法を教えたって本当なの?」

「それが?」

「ホリーが癇癪起して暴れ回ったらしいから」

「そう」


 最近は中枢を離れ独りの時を過ごすことが増えたアイルローゼは、不意に現れた学友に一瞬だけ目を向けた。

 相変わらずの反応に苦笑したミャンは、勝手に歩み寄り魔女の横に腰を下ろす。


「どんな気紛れよ?」

「だからただの気紛れよ」

「へ~」


 ニタリと笑う相手に、アイルローゼは鋭い視線を投げかけた。


 身の危険を感じたミャンは自分の膝を抱きしめる。


「聞いたよ。ミローテの妹なんでしょ?」

「……みたいね」

「そっか」


 ミャンは共に一緒に学院で過ごしたミローテの最後を詳しく知らない。


 魔女の弟子は罪を犯した師である魔女と一緒に居ることを望み……そして一緒に居たはずである魔女は、弟子の最後に関しては口を閉ざしたままだ。


 きっと言いたくないのだとミャンは痛いほど理解出来るから聞く気も湧かない。

 だから話を変える。当初の好奇心に従って。


「それでどんな魔法なの?」

「ただの操作系の魔法よ」

「で?」

「……始祖が作ったと言われている魔法の1つよ」

「何でそんな凶悪な魔法を知っているのよ」


 この魔女の知識量はとてつもない。

 何より恐ろしいのは、何処からその知識を仕入れたのか聞きたくなるほどの魔法を知っているのだ。


「読書は大切よ。古書を読むことは特に大切」

「古字なんて読めないわよ」

「なら勉強なさい」

「……で、どんな魔法?」


 誤魔化すのは難しいらしい。諦めてアイルローゼはため息をついた。


「"従魔"と呼ばれる物よ」

「何それ? 効果は?」

「動物に魔力を分け与えて強化し、魔物として使役する」

「で?」

「それだけよ」

「はい?」


 終えてしまった説明にミャンは相手に目を向ける。

 だが軽く肩を竦めるアイルローゼは渋々言葉を続けた。


「動物を使役するだけの魔法なの。ただ刻印の魔女が書き残した『使い魔』と言う概念を実行できる物なのよ」

「そうか。それで?」

「だからそれだけ」

「……」


 本当にそれだけらしいので、ミャンは自分が思ったことを口にする。


「三大魔女って変な魔法も作るのね?」

「ええ。意外と用途不明な魔法も多いのよ。あれに教えたのはそんな魔法よ」


 攻撃魔法ではトップクラスの『千切』を持つファシーが望んだのは、動物を使役する魔法だった。


 強い魔法よりも自分が扱いたい魔法を欲したからこそアイルローゼは気紛れを起こし教えたのだけれども。




「……ユーアは動物に嫌われる体質だったのよ」


 左目の会話を盗み聞きしていた刻印の魔女はクスリと笑う。


 だから彼女は必死に動物を使役する魔法を作ったのだ。

 ただあくまで使役であって……命じないと遊べない寂しい関係であったが。




「つまりあれは普通のリスなの?」

「は、い」


 コクンと頷いてファシーが僕に抱き付いて来る。

 基本ファシーは甘えん坊だと思っていたけど……あの馬鹿賢者の言葉を信じれば、ファシーは依存症の気があるらしい。

 愛情に飢えているから与えられると依存してしまうって感じかな?


「うりうり」

「う、ん」


 顎の下をくすぐってやると増々甘えて来る。


 うん。やはり可愛い。可愛ければ愛でるのは人の欲求だと僕は思うのです。

 何より依存など関係無い! ファシーは僕の為に頑張ってくれたのだからその頑張りに報いるのは当たり前のことだ!


「あのリスはファシーの魔力で強化されてるの?」

「は、い」


 ファシーの説明を纏めると、普通のリスに魔力を分け与えることでリスを強化するらしい。

 問題はリスを強化した所でリスであることだ。


 何に使えるの?


 木登り上手の印象しかない。まだムササビとかの方が……五十歩百歩か。


 ただノイエが嬉しそうにアホ毛を揺らしている。


 ハードロック系のヘッドバンキングを思わせる動きだが大丈夫か?


「アルグ、スタ、様」

「なに?」

「あの子の、ごはん……」

「分かった。ちゃんとウチの子として可愛がるからね」

「は、い」


 泣きそうな表情をしてファシーが甘えて来る。


 無駄に広い屋敷だしリスをペットで飼うぐらい問題無いはずだ。

 何より使い魔っぽいから暴れたりはしないだろう。


「ノイエ」

「はい」

「その子の寝床を作ってあげて」

「はい」


 ベッドから降りたノイエがトコトコと歩いて行って……そのまま部屋を出て行った。

 何をしでかすのか待ってみよう。


 しばらくすると籠と布を持って戻って来た。


「流石ノイエだ。やれば出来る子だ」

「はい」


 あの籠は多分果物を入れていた物だろう。

 手にしている布は……明日の朝、メイドさんからの苦情を待つこととしよう。


 ノイエが籠に布を押し込んでリスの寝床を作る。


「リスさん」

「……」


 捕まえてリスを押し込もうとするノイエだが、彼女の手をスイスイとアホ毛に乗ったリスが避け続ける。

 本気を出せばノイエの速度が上だろうに……本当にノイエは優しいな。


 しばらく攻防が繰り広げられ、ピョンと飛んだリスが籠の中へと入った。


「……」


 とても切なそうな雰囲気を漂わせてノイエが両手で籠を持っている。

 掛ける言葉が見つからないよ。


「ほらノイエ。明日から餌あげて仲良くなれば良いんだよ」

「……はい」


 納得していない様子だが、ノイエは椅子の上に籠を置くとこっちに来る。

 僕が抱いているファシーを強奪すると、コロンと横になった。


「リスさん」

「……餌を、あげて」

「はい」


 ファシーが僕の言葉に便乗した気がする。


 明かりを消して僕も横になって目を閉じると……コロコロと転がってノイエが寄り添って来た。


「ほら寝るよ」

「むう」

「今夜は大人しく寝なさい」

「ファ?」

「……恥ずか、しい」


 何をしている?


 目を開いたらノイエがファシーの服を脱がせていた。


「こらノイエ」

「はい」

「ファシーで遊ばない」


 自分の小ささをコンプレックスにしているファシーなのだから、そういうアダルトなことは……何故にファシーさんは僕に抱き付いて来るのでしょうか?

 どうしてノイエさんも脱ぎだして、


「やっぱりなのかっ!」




「……うぅ」


 ファシーは戻るなり膝から崩れ落ちてポテッと前のめりに倒れ込んだ。


 色々と無理があった。肉体的にも精神的にもだ。

 大き過ぎて凄く辛かった。でもノイエを見てたら負けたくなくて頑張った。

 その結果……腰から下の力が全く入らない。本当に限界なのだ。


 身動き一つしないファシーの左右にそれは姿を現した。


「ホリーさんホリーさん」

「レニーラさんレニーラさん」


 怪しげな動きと言うか踊りを見せ、ホリーとレニーラはファシーの腕を取る。


「や、めて……」


 抵抗したいが全く力が入らない。

 確保された宇宙人のように、ファシーは2人の手により引き起こされる。


「さあファシー」

「ちょっとあっちで」

「「詳しく聞こうか?」」


 ズルズルと両足を引き摺られて行くファシーの様子に、セシリーンは自分の膝を抱いた。


 羨ましかった。


 ノイエに未完全とは言え名前を呼ばれるだなんて……羨ましいのだ。


「頑張ったご褒美なのかしらね?」


 そう考えると、本当にノイエは昔と変わらず天使なのかもしれない。


 クスリと笑いセシリーンはまたゆっくりと口を広げて音を発した。

 それは歌には程遠いただの声でしかなかった。




~あとがき~


 とある漫画を題材に始祖の魔女が作り出した魔法です。

 本来は使役して召喚までしたかったのですが無理でしたw


 魔力を与えることで通常の3倍程度の性能を発揮しますが、所詮リスなので…その力はお察しです。ただ使役の魔法なので常にファシーとは魔力によるバイパスが繋がっていて、リスの見聞きした情報はファシーに届きます。

 使い方によってはとても便利な魔法です。


 で、『ファ』と呼ばれた事実は…やはり争いのネタになったようで




(C) 2021 甲斐八雲

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る