本当にハーレムを作る人っているんだ

 帰宅した夫を出迎えてくれないお嫁さんに、ちょっとだけ不満を言いたくなる。

 今朝もあんなに愛し合ったというのに。


「それでノイエは?」

「はい。奥様は本日ずっと寝室でお過ごしのご様子でした」


 出迎えてくれたメイドさんに買って来たケーキを手渡しながら……今、何と?


「一度も出てないの?」

「はい」

「食事は?」

「全く」

「……」


 飲まず食わずでノイエが自室にこもる理由は簡単だ。誰か出て来たな。


 チラッと隣に目配せすれば、我が家の出来るメイドの姿をした義妹が駆けて行く。

 食事の手配はポーラに一任して、僕はこのまま寝室に突入しよう。


「ただいまノイエ。ケーキ買って来たよ」


 入り口でメイドさんには控えて貰い、扉を開けて中に入れば……あれ? おや?


 今一度目を擦って確認する。ベッドの上を……っておい!


「こらこらノイエ。ファシー。何がどうしたらそうなるのか説明なさいっ!」


 これは教育的指導が必要だろう?


 何故かノイエとファシーがベッドの上で抱き合ってキスしてたのだから。




「つまり大好きだからキスをしたと?」

「はい」

「ファシーも?」

「は、い」


 ベッドの上でちょこんと座った2人に対し、腕を組んでベッドの横に立つ僕はうんうんと頭を上下に振る。


「判決。有罪」

「むっ」

「どう、して?」


 納得いかない2人が首を傾げてこっちを見る。


「あれです。女の子同士がキスとかはダメです。絵的には良いけど直視した僕の心にグッと来るものがありました。だからダメです」


 決して嫉妬の類では無い。


「でも……大好き」

「なら唇は禁止です」

「はい」


 そんな訳でお許しを得たノイエがファシーの頬にキスをする。


 何と言うかここまでノイエがファシーを溺愛と言うのか慕っているとは知らなかった。

 皆から聞いた話だと、ノイエはファシーに懐いていた動物たちと一緒に遊んでいたとかだったはず。


「2人は仲が良いんだね」

「はい」

「……は、い」


 迷わずに返事をするのはノイエで、若干戸惑いながら返事をするのがファシーだ。

 まあファシーの性格だと、ノイエほどの瞬発力で返事をするとかあり得ないか。


「にいさま。ごはんです」

「お~。ノイエに」

「はい」


 カートを押して寝室にやって来たポーラが、迷わずベッドの傍に来る。

 ただ人見知りなファシーはノイエに抱き付いて……そのままシーツの中に隠れた。何か見てて可愛らしい。


「きらわれました」

「違うよ。ファシーは恥ずかしがり屋なんだ」

「ふぁしー?」


 首を傾げてポーラが動きを止めた。顔色が白から蒼くなる。


「きょうのべんきょうかいでならいました。ちみどろ……って」


 そう言うわけかクレア君。確かに僕には必要のない授業だね。

 知らない間に、あの日のことに関しては第一人者扱いだしな。


 怯えるポーラを尻目に、カートの食事に手を伸ばしもふもふとノイエがお肉を食べる。

 僕はベッドに腰を下ろすと、シーツの下のファシーを撫でる。


「この子がそのファシーなんだ」

「……」

「でも噂や本に載っているように怖い人じゃないんだよ」

「ほんとうですか?」

「……うん」


 はっきりと頷けないのは、ファシーが他の人たちと違い壊されているからだ。

 だから実際ファシーは笑いながら人を殺しかねない可能性はある。

 いつかファシーを壊したユーリカの魔法をどうにかしなければいけない。


「ねえポーラ」

「はい」

「あれは何してる?」

「……しずかです」


 右目を閉じて確認した彼女がそう返事を寄こす。


「おーい。へっぽこ賢者。平成の次を知らない女。痛い中二病患者」

「良し殺すわ」


 右目に金色の五芒星を浮かべてポーラが毒を吐いた。


「一度壊れた精神って治せない物なの?」

「……そんなことで呼ばないでよね」


 やれやれと可愛らしく肩を竦め、三大魔女一人である刻印の魔女が口を開いた。


「ミックスジュースってあるでしょ? 貴方はあれの中に混ざっている一つ一つのジュースを分離する方法を知ってる?」

「知らない」

「はい。それが答え」


 簡単に言ってのけた。


「なら治らないと?」

「……催眠の類で上から無理やり上書きしているのなら治しようがあるんだけどね」


 手を伸ばしシーツを剥ぎ取ったポーラは、姿を晒して慌てるファシーに目を向ける。


「やっぱりね。その子は一度見たことがある」

「施設で?」

「ええ。けどひと目で無理だと分かったから……」


 言ってポーラはシーツを戻す。


「治しようは無いわ」

「そっか」


 伝説の魔女がそう明言するなら不可能なのだろう。


「でも必要無いでしょう?」

「何故に?」


 軽く何を言うの? この天然芸人は?


「あら? 気づいてないの?」


 言ってポーラがもう一度シーツを退ける。

 また慌てたファシーがノイエの腰に抱き付いた。


「その子……前ほど精神的に不安定じゃ無いわよ」

「そうなの?」

「ええ。私の目は何でも見通す千里眼だから」

「それって遠くを見るヤツだよね?」

「煩いわね。抉って引っ張り出して口の中に捻じ込むわよ?」

「何をっ!」


 言いようの無い恐怖に背筋が震えたわっ!


 ポンとベッドの上に飛び乗りポーラの姿をした魔女がプラプラと足を振る。


「人の精神って……実は死ぬまで変化し続けるのよ」

「そうなの?」

「ええ。精神年齢が子供とか言われても本当に子どものままの人は居ないでしょ? まあ精神病の類は例外だけどね。それだって多少なりに変化はする物よ」

「つまりファシーは?」

「ええ。壊れた時点でゼロ……と言うかマイナスに入ってたとしても、少しずつ成長と言うか変化をし続けて、今はある一定の水準で安定してるわ」


 そっか~。それなら安心かな?


「ただその安定の仕方に問題がある気もするけど」

「問題?」

「ええ」


 体を捩じったポーラがスッと僕を指さす。


「依存よ」

「……」

「貴方と言う存在に依存することで安定を得ている。良かったわね~。異世界名物のハーレムフラグを得て」

「ハーレムなら完成しつつありますけど?」

「ええ。お姉さんもビックリよ。本当にハーレムを作る人っているんだ」

「煩いわい」


 ケラケラと笑うポーラにイラッとする。

 愛らしい容姿をしているから余計に腹が立つ。


「その子はたぶん凄く愛に飢えているのよ」


 スッとポーラが立ち上がり、したり顔でそんなことを言って来る。


「だからいっぱい愛してあげれば、その子の心は安定し続けるわよ」

「つまり……」


 視線を向けると、食事を終えたノイエがファシーを捕まえてキスしていた。

 ただお肉を食べた後に口元を拭かないキスは……若干ファシーが笑顔だよ!




~あとがき~


『大好きお姉ちゃん』をし続けた結果、ファシーと口づけしていたのでしたw


 アルグスタに依存することでファシーの精神は安定しています。

 愛に飢えているファシーには、愛を注ぐほど落ち着くのです




(C) 2021 甲斐八雲

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