大好きお姉……

「……お預かりします」

「頼んだよ」


 近衛団長室に居る双子……パルとミル。

 姉であるパルに拾って来たエレイーナを預けた。

 一応馬鹿兄貴の部下だから返却先は間違っていないはずだ。


 代わりに団長宛の書類の山を受け取り、ポーラと二つに分けて僕の執務室へと運んで行く。


「っと、あぶなっ」

「アルグスタ様っ!」


 部屋に入ろうとしたら中からクレアが飛び出して来た。

 ドレス姿が愛らしく見える人妻って問題あるよな。


「何をそんなに急いでるの?」

「勉強会の時間なんです」

「あ~」


 姉であるフレアさんから引き継いだ教師の役目をクレアは果たしている。

 ただたまに生徒と同じ目線になり過ぎて脱線すると、我が家の可愛い義妹から報告を受けているが。


「ああ。ならポーラも参加か」

「はい」


 彼女が抱えている書類を受け取ると、ポーラは急いで筆記道具の準備をする。


「で、本日の内容は?」

「えっと主だった王都の出来事です」

「うむ。僕は過去を振り返らない男なので聞く必要は無いな」

「まあ今日の内容ならアルグスタ様は参加する必要は無いですけど」


 何か引っかかる言い方だが、ポーラの時間稼ぎは出来た。

 準備を終えたポーラがクレアと一緒に廊下を走って行く様子を眺め見送る。


「みんな元気です~」

「だな」


 隣りからの声に抱えている書類を近くに居たメイドさんに預け、そのままの動きで何故か腕を組んで偉そうにしているチビ姫を脇に抱える。


「何です~? って! またお尻です~!」

「躾です。これは躾なんです」

「誰への断わりです~!」


 パシパシとチビ姫のお尻を叩いて躾を終える。


「お前もあの2人を追いかけろよ?」

「う~。わたしは王妃だから慌てないのです~」

「だからって遅刻を正当化などさせん」

「あう~。またお尻を~です~」


 再度の躾で、しくしく泣きながらチビ姫も会場へと向かった。

 うむ。今日も良いことをした。平和って本当に良いわ。


 部屋に入り席に向かえば、先にメイドさんが運んでくれた書類が山になっていた。


「……この量なら夕方には終わるか」


 この世界に来てから文官さんたちの地位向上を進めたお陰で、書類仕事が多少楽になった。

 たぶん一年前と比べれば、半分くらいの量に圧縮されたはずだ。


 無駄が多かったんだよな。本当に。


《帰りはポーラと一緒に帰ってケーキでも持って行くかな》


 今日のノイエはベッドの上に座って宝玉を抱きしめて動かなかった。

 そろそろ誰かが出て来ても良い頃だから……まあ屋敷に居る分には問題にはならないはずだしな。


《でも不安だから早く帰らないとな》


 そんな訳で目の前の書類の山をやっつけてしまおう。




 ふっと空気の揺れを感じてノイエはそれを見た。

 ベットの中心に置かれている透明な玉から煙が立ち上り……そして姿を現す。


 小さかった。一緒に居る『いもうと』のあの子ぐらいに小さい。

 けれどノイエはその人物を知っていた。覚えていた。


「お姉……ちゃん?」


 前髪で顔を隠した存在が、ゆっくりと頭を動かす。


「ノイ、エ?」


 視線の先に居る存在を見つめ、ファシーは自分の小さな胸が押し潰されるような恐怖を得た。

 息が詰まり呼吸が止まる。


「お姉ちゃんっ!」


 ただ本当に胸が潰れて呼吸が止まりそうになっていただけだ。

 全力で移動して来たノイエの突進を正面から食らい押し倒されたのだ。


 ギュッと抱きしめられて……ファシーはようやく呼吸を再開した。


「ノイ、エ。苦し、い」

「はい。はい」

「……ノイ、エ?」

「はいっ」


 返事を返して来るがノイエはその手を緩めてくれない。

 全力で抱きしめて来て……本当に潰されてしまいそうだ。


 どうして?


 自分が感じていた恐怖よりもノイエの行動に不安を覚え、ファシーは抵抗せずにされるがままを選ぶ。

 息苦しくて胸が痛かったけれど……でもノイエの体温を感じられるのは純粋に嬉しかった。


「ノイ、エ?」

「……さい」

「な、に?」

「ごめんなさい」


 抑揚のない声は胸に押し付けられているノイエの口から聞こえて来た。


 どうして謝るの?


 ファシーは口を開こうとして、頭の中で何かが弾けるのを感じた。


「あっああ……」


 思い出した。

 ずっと忘れていた記憶が、消え失せていた記憶がファシーの頭の中に広がり覆い尽す。


 全身を震わせるファシーを、姉を……ノイエはまたギュッと抱きしめる。


「わた、しは……ノイ、エに」

「大丈夫。ごめんなさい」

「ちが、う。悪い、のは」

「私。悪いのは私」

「ちが、う。わた、しは……ノイ、エに」


 言ったのだ。あの日自分は目の前のノイエに向かいはっきりと。


 と、胸の圧迫が失せてファシーはそれを見た。

 涙で滲む視界にノイエの顔がいっぱいに映っていた。


「違う。お姉ちゃんは……悪くない」

「でも」

「悪くない」

「……」

「悪くない」


 久しぶりに見た。ノイエの我が儘を。


 こうなるとノイエは手のつけようが無いことをファシーは知っていた。

 どうにか出来たのはカミューぐらいだ。


「悪くない」


 また手が伸びて来て今度は首に抱き付かれる。

 ギュッと締められ……ファシーは頬に温かな感触を得た。


「好きな人にするって」

「好きな、人?」

「はい」


 もう一度ノイエの唇がファシーの頬に触れる。


「大好き。お姉ちゃん」

「で、も」

「大好き」

「……ノイ、エ?」

「大好き」


 言葉が続かない。

 ファシーは口を閉じてノイエがしたいようにするのを受け続ける。


 思い出した自分の記憶は……決して人に言える物ではないとファシーは理解していた。

 何よりノイエを苦しめた言葉だと分かった。

 それなのにノイエは、自分の可愛い妹は……こんなダメな姉を好きで居てくれるのだ。


 溢れる涙が止まらない。

 ファシーは幾重にも涙を落とし続ける。


「泣いてるの?」

「は、い」

「どうして?」

「ノイ、エが……優しい、から」


 変わっていない。

 ノイエはあの頃のままで優しくて元気で甘えん坊の我が儘なのだ。


 だから許してくれない。


 自分が謝ることを。

 自分の罪をノイエは謝らせてくれない。


 優しいからこそ……全てを許してくれているのだ。


「ノイ、エ」

「はい」

「大好き」

「……私も大好き」


 頬にノイエの唇を感じファシーは目を閉じる。


 こんなにも心が穏やかに感じたのは……いつ以来だか思い出せない。

 けれど今は幸せでいっぱいだった。


「大好きお姉……ファ」

「うん」

「大好き。ファ」

「うん」


 そっとファシーは彼女の顔に手を伸ばす。

 持ち上げて……妹の頬にキスをした。




~あとがき~


 アルグスタは真面目に仕事をしてるんですよ?

 何より一番真面目なのはポーラですけどねw


 ついにノイエの前に姿を現したファシーは…変わらないノイエを知る。

 優しくて我が儘で何より姉が大好きなのです




(C) 2021 甲斐八雲

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