願いを叶えて欲しければ、こんな世界を救ってみなさいよね

 大陸北部・某所



「何事か!」


 誰の声かは分からないが、どうにか難を逃れた者たちが崩れた石の下から這い出て来る。

 竜の力を持つ者ならば崩れて来た石ぐらいで死んだりはしない。ただ竜の力を持たない者は別だ。


「手の空いてる者は死体を片付けろ!」


 命じて彼は急いで走り出した。


 この場所には大切な……自分の命と比べようのない高貴なお方が居る。


 崩れて通行できない通路を迂回しながらも彼はその場所に辿り着いた。


「おおっ!」


 歓喜の声が口から溢れる。

 ずっと眠っていた皇がゆっくりと羽を動かし、そして長き首も動かしていた。


「我が皇よ!」


 両膝を石の床に着いて、彼は皇に対し首を垂れる。


「長き眠りよりついぞお目覚めに!」


『小うるさいハエである』


「はっ?」


 首が動き頭が、視線が向けられたと同時に床に伏していた男は消滅した。


『いささか衰えておるな』


 皇と呼ばれた存在はそう声を発すると動きを止めた。


『まだこの体に馴染んでおらんか……まあ良い』


 停止しまた眠りにつく。


 体を動かせることは確認できた。

 ならば後は力を取り戻し……何をすれば良い?


 ハタとそのことに気づいた皇の脳裏に声が響く。


《全てを破壊すれば良いの。この大陸を、この世界を》


『破壊せよと?』


《そうよ。全てを消し去りなさい》


『良かろう』


 するべきことが分からぬ皇はその声に応じた。

 全てを破壊してから次にするべきことを見つければ良いのだと思ったからだ。


《なら今は休みなさい》


『そうしよう』


 完全に意識を閉じて王はまた眠りにつく。


《くくく……あはは……》


 女性の声は眠る王の頭の中で響く。


《全てを破壊しなさい。そして私がこの世界を作り替えるから》


 それは彼女の宿願でもある。


《今度こそ邪魔はさせないわ……イーマ》




 大陸中央・某所



 その声を聴き、彼女は手を止めた。

 乱暴に毟るように食らっていた肉付きの骨を地面へと投げ捨てる。


《今のは何かしら? とても嫌な感じがしたけど》


 ゆっくりと起き上がり乱暴に身に纏っているローブを脱ぎ捨てる。


 胸から上は人の形をしていた。たぶん人の肉体なのだろう。

 だが胸から下は……木々が、枝が絡まり合うような形をして人体に似た構造を作り出している。


 彼女……マリスアンは人間とは違う別の物へと変化していた。


「私の中のドラゴンの血が騒いでいる。これが王の呼びかけ?」


 体内で同化したドラゴンの記憶から得た知識を照らし彼女は答えを導く。


「私を支配しようだなんて、何て酷い存在かしらね?」


 クスリと笑い彼女は置かれている"食料"に手を伸ばす。

 どれもこれもが最近まで山賊として活動していた人間の腕や足だ。


「見てなさい。異世界の皇とあの忌々しきドラゴンスレイヤー」


 残忍な笑みをその顔に浮かべ、マリスアンは掴んだ肉を口元へと運ぶ。


「私が全て食らってあげる。王もあの小娘も……」


 がぶりと食らいついて一気に肉を引き千切る。

 ポタポタと生肉から血液がしたたり落ち……それをペロリと彼女は舐めた。


「全てをね」


 笑いそして肉を食らう。


 惨劇の場所と化した山賊たちのねぐらの隅で、鼻の曲がった男は膝を抱いて震えていた。

 逃れられない恐怖に絶望しながらも生きることに執着し続けた結果がこれだ。


《誰かもう助けてくれ~!》


 心の中で叫び続ける彼の目の前でマリスアンは食事を続ける。

 人を食らう化け物と化した魔物にしか見えない姿で。




 ……・……



《皇が目覚めて始祖が動いた》


 椅子に座りそれは全てを見つめる。


《大陸中には皇を支持する馬鹿共がのさばり暗躍を続けている》


 結果この世界はどんどん悪くなっている。

 このままでは現状の維持など不可能だ。


《頼みの綱は刻印の魔女。だけどあの気分屋がちゃんと仕事をするとは……》


 思えない。関係としたら約半年ぐらいの期間であるが、付き合った過去を思い出し絶望しか見いだせない。


《残るはやはり》


 頼りたくなどない。けれど頼るしかない。


 自分が仲間たちを騙し奪った能力の全てを引き継いだ大切な存在。

 こんなふざけた場所の管理者となり、日々世界を正そうと蠢く存在に歯向かいながら……それでも時間の許す限りずっと見つめて来た。


 見つめていたからそれが出来た。


 まさか王国が異世界から結婚相手の中身を呼び寄せるとは思いもしなかった。

 だから全力で邪魔をした。邪魔をしなければあの食人鬼オーガのような本性を持つ男の魂が呼び出されていたはずだ。


 そんなことになればあの子は日々の暴力を受け入れ普通に暮らす。

 また心の中に絶望を溜め込んで……死ねない体で地獄のような日々を過ごす羽目になる。


《でもあの子は笑っている》


 表情を変えられなくなったけれど、あの少女は今日も楽しそうに"笑って"いる。


 彼女が人の名前を覚えるのには特徴がある。

 自分が心の奥底から信じて甘えられ……絶望を抱いていない人だ。

 その部分では彼は合格した。


《絶望を知らず、絶望を跳ね返す……ただ前を見て前進し続けられる存在》


 ユニバンス王国が実施した召喚の術式に干渉し、召喚対象に求める事柄を変更した。


《何より家族を愛して大切にする人》


 そんな馬鹿げた条件の存在が居るとは思わなかった。

 誰だって挫けて絶望を覚えるものだ。


 けれど彼の精神は鈍感すぎる。

 何より転んでも復活するのが早過ぎる。

 足元を見ずに常に前を見て前進だけはし続ける。


《ノイエには相応しい相手よね》


 クスリと笑い膝を抱えるように座り直す。


《だけどあの子の祝福はしばらく今のままだから。終わるまでは変更なんてしないから》


 分かっているあの子が心の底から子供を望んでいることを。家族を望んでいることを。

 だけれども……まだまだ戦場に向かうあの子には今の祝福を変えることは出来ない。


《私がこの場から消えてなくなるのが先か、それともあの子たちが世界を救うのが先か……どっちかしらね?》


 笑いその存在は別の方へと目を向ける。

 常にノイエだけを見つめている暇はない。


 それなりにやることは多いから……カミューはため息をついて仕事へと戻った。


「願いを叶えて欲しければ、こんな世界を救ってみなさいよね」


 軽口を溢しながら。




~あとがき~


 折り返しと言うことでエピローグチックな感じになってます。

 でも続きます。明日から普通に続きますからw


 ノイエの本来の旦那さん候補は外見は紳士に見えるサディストでした。何より自傷行為も良しとしているので…条件はクリアーしてしまったのです。

 だからカミューが横やりを入れて条件を変更しました。


 たぶんノイエにとっては最高の相手なのでは?


 一応作者的には折り返しと思ってますが…ゴールまでの距離は謎です。

 予定より短くなることは無いでしょう。つまり伸びることはあり得るのです…




(c) 甲斐八雲

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