魔法を使いたいです

「大丈夫?」

「ええ。心配は要らないから……」


 パーパシの返事にノイエが姉の顔を覗き込む。

 必死に動かそうとしているカミューの手に力は無い。


"お姉ちゃん"が気合と根性だけでその手を動かしているのは、流石のノイエにでも分かった。

 だから自分の手を重ねてカミューの手を頬に当てる。弱々しいがお姉ちゃんが撫でてくれた。


 ひと通りカミューに甘えてノイエは"薬の人"を見た。


「治る?」

「ええ。ただ珍しいというか……何したのよ?」


 深いため息が聞こえ気怠そうにカミュ―はパーパシの問いに口を開いた。


「知らない。たまに起こる」

「たまにって……」


 診察をしたパーパシは呆れながらカミューを見た。

 本人が自覚も無いのに魔力が空になるなど絶対にありえない。


「何か隠してるの?」

「こればかりは、本当に謎だな」


 うんしょうんしょとノイエがカミューの手を動かし頬を擦り付ける。

 至福の時間に脱力している元暗殺者から、パーパシは視線を逸らした。


「そうだ。ノイエを借りて行くわね」

「私から宝物を奪う気か?」

「誰かが出涸らしになっているから、今日のご飯はある意味で冒険よ?」

「苦情は作る人に言え」

「そうね」


 立ち上がってノイエを捕まえパーパシは歩き出す。


「もしかしたらノイエの帰りが遅いかもしれないけど、気にせずしっかり休みなさい」

「この人でなしがっ!」


 ジタバタと暴れるノイエを抱え、パーパシは軽く笑いながら建物を出た。




「お姉ちゃんっ!」

「ノイ、エっ」


 突撃して来た少女に抱き付かれ、ファシーはそのままひっくり返った。

 強かに頭を打ったであろうことは見ていた全員が理解している。けれどファシーは泣かない。我慢して抱き付いているノイエを抱きしめ返して優しく撫でる。


「ファシーの根性を見たわね」

「あの妹の前なら根性ぐらい見せるわよ」


 見学していたレニーラとホリーは、猫のようにファシーの頬に自分の頬を擦り付けているノイエを見つめ……その表情を崩し生温かな視線を向け続ける。


「で、ファシーの怪我が消えたって言うの?」

「語弊が凄いけど消えたというか元に戻った?」


 ノイエを連れてきたパーパシの言葉に答えるレニーラが首を傾げる。

 彼女もその傷を確認した1人だが、昨日切ったはずのファシーの両腕の傷が綺麗に消えているのだ。

 と言うか本当に昨日、あの細い腕を切ったのか疑いたくなるほどに。


「ちゃんと切ったわよ。プレートを引っ張り出すのも確認した。それを直して再度入れ直すのもこの目で見た」

「だったらファシーの腕を見てよ」


 パーパシは抱き合っている2人を押さえファシーの腕を掴んで確認する。

 感触からして肉の中にプレートを入っているのは間違いない。けれど昨日切って開いた傷跡は……前の傷跡しか残っていない。


「時間が戻った?」

「そんな魔法はこの世に無いわよ」


 思案していたらしいホリーが顔を上げる。


「今日、現時点で魔力を枯渇して倒れているのは?」

「私が知る限りシュシュとミャンとシューグリット。それとカミューよ」


 一応医者の卵の手伝いをしているパーパシの元には、その日の体調不良者が伝えられる。


 シュシュは昨日の手術で傷を封印するという離れ業を見せていた。

 ミャンとシューグリットはそんなシュシュの魔力を供給する係だった。

 この3人は納得がいく。


「なら犯人は1人ね」

「……カミュー?」

「だと思うわ」


 解いた謎には興味無いと言いたげにホリーは歩いて行く。

 そんな彼女をレニーラと見送ったパーパシは口を開いた。


「カミューは何も知らないそうよ」

「なら寝ぼけて治したのかな?」


 レニーラも興味を失ったのか、踊るような足取りで遠ざかっていく。

 1人残ったパーパシはまだ抱き合いじゃれている2人を見る。


《魔女が使った魔力封じを一時的に誤魔化す方法を……カミューは知らないはず》


 それなのにあのノイエの保護者は魔法を使ったと言うことになる。


《深く考えると疲れそうね》


 何より魔法使いでは無いパーパシは魔法に関する知識が全く無かった。

 故に早々に考えることを放棄して、じゃれあう2人の回収へと向かった。




「お姉ちゃ~ん!」


 テトテトと駆けて来る相手に、視線を向けアイルローゼは深く息を吐いた。

 昨日自分の魔法で半分腐ったはずなのに、今日になったら何事も無かったかのように動き回っている。たぶん祝福だろうとお姫様が言っていたが、そうなるとこの少女の持つ身体的優位点は計り知れない。


「お姉ちゃんっ!」

「ちょっと!」


 まさかそのまま飛び込んで来て抱き付いて来るとは思ってもいなかった。

 慌てて腕を伸ばして魔女はノイエを抱きしめた。


「ん~」

「何よ?」


 幸せそうに頬を擦り付けて来る少女にアイルローゼは深いため息を吐く。


 このノイエと言う生物は本当に何を考えているのか全く分からない。

 だからこそ見てて危なっかしくて……不安になる。


「貴女も女性なのだからもっと落ち着きなさい」

「落ち着く?」

「そうよ。そんな飛んだり跳ねたり誰の真似をしているの?」

「朱色のお姉ちゃん」


 バシッと指さすノイエが示す先には……クルクルと踊っている舞姫が居た。

 とりあえずアイルローゼはそんなお馬鹿な踊り子に、重力魔法を飛ばして動きを封じた。


「言葉遣いもそうよ。もう少し上品に……って誰を真似ているのかしら?」

「フワフワの人」


 またノイエの指が向けられたと同時にフワフワしていたシュシュが重力の塊を食らった。


「良いノイエ?」

「はい」

「本当に良い女は常に冷静に落ち着きを持って行動するのよ。私のように」

「はい」

「だから貴女もそうしなさい」


 そっと手を伸ばし抱き付いている少女の頬を撫でる。

 撫でられたノイエは自分からアイルローゼの手に頬を寄せる。


「強い女は物静かなものよ」

「分かった」


 ギュッと拳を作りふんふんと意気込んで頷く少女に一抹の不安を覚えるが、アイルローゼはため息をついて諦めた。

 きっとこの子は自由に気ままに生きるのだろう。


「お姉ちゃん」

「アイルローゼよ」

「あ……お姉ちゃん」


 何かを諦めた少女の様子に流石の魔女もカチンとくる。

 しかしノイエはそれに気づかず言葉を続けた。


「魔法を使いたいです」




~あとがき~


 出涸らしカミューは寝床で身動き取れず…何があったのでしょうねw

 瀕死だったはずのファシーは元気になりノイエと共にじゃれます。


 で、新たなるターゲットを発見した少女は魔女の元へ




(c) 甲斐八雲

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