追憶 ファシー 結

 わたしはお父さんや先生に引っ張られ、王都の魔法使いたちが多く暮らす区画を訪れることが増えた。


 栗色の髪で黒目のわたしの珍しいのか、魔法使いさんたちが先生に何かを訪ねその度に先生が嫌そうな顔をする。

 目深にフードを被るように言われたけれど、わたしは周りの目が怖くなって前髪を伸ばして自分の目を隠すようになった。見られるのが恥ずかしくてとても辛かった。


 わたしが魔法使いさんたちの区画に来るようになったのは、先生が仲間に逢う為だ。

 難しい話は分からないけれど先生やその仲間の人たちは『あの魔女ばかり活躍していたら私たちの価値が無くなってしまう!』と怒りながら激しく机を叩いて口喧嘩をする。

 魔女と言う存在が邪魔なのだとわたしにだって分かった。


 口喧嘩が終わると……彼らはみんなでわたしがお母さんから貰った本を広げ、綺麗な鉄の板を指さし話し合う。

 大人の話にわたしは必要ない。部屋の隅でじっと立ち、口喧嘩が起きないようにと願い続ける。


 ある日のことだ。

 綺麗な鉄の板に模様が刻まれた物を手にした先生が、わたしを軍医様の所へと連れて行く。


 ただどうして日が沈んでから尋ねるのかは分からない。

 裏口から入って先生は小さな袋を軍医様に手渡す。『内密に』と言っていたけれどその意味も分からない。


 わたしは椅子に座らせられ口に布を咥えるように言われた。

 椅子に体を縛られ、机に両腕を伸ばして置いてからまた縄で縛られる。


 何が起きるのか分からなかったけれど……軍医様が小さな刃物を手に取りわたしの腕に近寄る。ゾクッと背中に冷たい物が走ってすぐに、軍医様はわたしの腕に刃物を突き立てた。


 グリグリと傷口が広げられおかしな器具で腕の中を広げられる。わたしは声の限りに泣き叫ぶけれど何も出来ない。

 痛くて痛くていっぱい泣いて……わたしの両腕に鉄の板を押し込まれて傷が出来た。


 その日からしばらくわたしは高熱で苦しんだ。苦しんで苦しんでいっぱい泣いて……でもお母さんは来てくれない。

『大丈夫? 傍に居るから』と笑ってくれたお母さんはもう来てくれない。


 痛みと苦しさでいっぱい泣いて……わたしはどうにか助かった。




「どうしてちゃんと出来ないんだっ!」

「ひうっ」


 先生の声にわたしは頭を抱える。


 先生に言われた通りに腕に指を擦って魔法語を唱えた。

 でも魔法がちゃんと発動しない。5回に1度ぐらいしか魔法が出ない。でも出たら出たらで止められない。わたしの腕から激しい暴風が周囲を襲ってしまう。

 その度に先生に叱られ叩かれ……わたしは我慢する。ずっとずっと我慢する。


「良いか? 学院から魔女が居なくなった今、その魔法の成果で私たちは高い地位を得るのだ! 分かるかこの馬鹿者がっ!」

「ひうっ……ごめんなさい」


 頭を抱えてわたしは何度も謝る。謝って謝って……でも叩かれる。


 地面を転がりわたしは空を見た。


 空を飛ぶ鳥が羨ましかった。自由に羽ばたいて空を行けて。


「立てファシー」

「……はい」

「全くお前と言う愚図はっ」


 立ったら軽く蹴られた。倒れないように我慢して先に歩き出した先生を追う。

 王都郊外の荒地から移動して早朝の開門を待って門を潜る。城下街は新年のお祝いでみんなが楽しそうだった。


 わたしは周りの目が怖いから俯いて先生の後を付いて行く。

 最近はお父さんもわたしを訪ねてくれなくなった。お仕事でパーシャル砦とか言う場所に行ったらしい。良く分からないけれど。


 先生の後を歩いているといつもの道じゃ無いことに気づいた。

 たぶん先生の家がある下町じゃなくてもっと治安の悪い……わたしたちの前に男が立ちはだかった。


「おい。話が違うだろう?」

「女ではあるぞ?」

「女って……ガキじゃないか」


 先生が男の人と話しているけれど意味が分からない。

 だけど先生は男の人から小さな袋を受け取るとわたしの方へと歩いて来る。


「せっ先生?」


 慌てて先生を見ると、彼はつまらなそうな顔を向けて来た。


「自分の食い扶持ぐらい自分で稼げ」

「食い?」


 意味が分からない。わたしの食費はお父さんが、


「お前の親が戦場で死んじまったからな。だから体を売ってでも稼げ。客商売をしていても魔法は習える」

「……」


 頭の中が真っ白になった。


 またわたしは失った。わたしの知らない場所でまた失った。

 ずっとずっと我慢して良い子にしているのに……どうして全部消えてしまうの?


 ゾクッと背筋に冷たい物が走った。甘い声がわたしに囁いた。


『……』


 その声は甘くて甘くて、わたしは気持ち良く笑えた。


「ふはは……あはは……」


 みんながわたしを捨てるならもう我慢なんてしない。だってわたしは悪い子なんだ。

 だったらもう好き勝手にする。わたしに痛い思いを押し付ける存在には同じことをする。


『みんな死んじゃえばいいんだ』


 声を上げて笑っているとわたしの意識が途切れた。




「何だこのガキ? とつぜっ」


 全身を刃で斬られたようにバラバラになり男は地面に崩れ落ちた。


「なっ! ファシー?」


 慌てた老人は逃げ出そうとして彼女に背を向ける。

 背後から襲いかかった無数の刃で彼もバラバラとなって地面を汚す。


「あはは……あはっ……みんな死ねば良い。みんな死ねば良いっ!」


 魔力の刃を振りかざし彼女は無人の野を歩むが如く突き進んだ。

 唯一の救いは彼女が貧民街に近い場所で暴れたことだろう。もし街中であればその被害は甚大であったと言われている。


 魔力の刃を振るい、狂ったように笑って歩く彼女を目撃した者は皆……生きた心地がしなかった。

 生き残れたのは幸運であり、運が悪かった者から死んで行ったのだから。




 後に彼女は『血みどろファシー』と呼ばれ恐れられた。

 それは言うことを聞かない子供に『悪いことをしているとファシーが来て酷い目に遭うんだからね』と使われるほどにだ。




 魔力を切らし捕らえられたファシーは受け応え出来ないほどに精神を病み、しかしその罪の多さから処刑台へと上げられた。

 係りの者が彼女の首に縄を巻いても、その足元の板が無くなっても……ファシーは無反応だったという。




~あとがき~


 我慢し続けてきたファシーは全てを失う。

 そしてあの日…甘く囁く何かに心を揺す振られ、心に封じて来た気持ちを全て吐き出した。

 血みどろファシーと呼ばれるのはその時の様子が余りにも凄惨で酷過ぎたから。

 けれど本来の彼女はとても優しく臆病な女の子だったのです




(c) 甲斐八雲

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