追憶 ファシー ①

 わたしは本当のお父さんを知らない。

 お母さんに聞くと『会えないのよ』と泣き出しそうな顔で言う。

 きっと聞いちゃいけないことなんだと分かったから、それから聞かないことにした。


 お母さんは行く先々で仕事を失いとても苦労ばかりしていた。

 一生懸命に働くお母さんがどうしてこんなにも苦労するのかわたしには分からない。分からないけれどお母さんはいつもわたしを抱きしめて優しくしてくれた。


『これはファシーが持っているの。良いわね?』


 6歳になった時、お母さんはそう言ってわたしに一冊の本をくれた。

 中身はとても難しくて分からなかった。分からなかったけど『大切な物』のような気がしてわたしはそれをずっと大切にした。寝る時も枕の傍に置いて大切にした。


 7歳の時にお母さんは新しいお父さんを紹介してくれた。

 新しいお父さんって意味が分からなかったけれど、お母さんが『ファシーは良い子に出来るわよね?』と言ったので元気に頷いた。


 わたしは良い子にしないとダメなのだ。


 新しいお父さんはとにかく厳しい人だ。食事の時間やお家の掃除だってちゃんとやらないと叩かれる。でもこれは躾でどこの家でもしていると聞いた。わたしが良く叩かれるのはわたしが良い子じゃ無いから。決められたことも出来ない子だからだ。


 新しいお父さんは王国軍の魔法使いだ。だからわたしもお母さんも王都の魔法使いたちが住む場所で暮らすことになった。住む場所は部屋が2つもある。これが普通のなのだと言われた。

 毎日お掃除をしたりお料理をしたり、でも失敗したらお父さんに怒られたりだ。


 お母さんは毎日お外に出てお仕事をしている。

 母さんはお仕事が好きだから働いているんだってお父さんが言ってた。


 ある日のことだ。わたしが大切にしている本をお父さんが見つけた。

『これは何だ!』と言われたからお母さんから貰ったと正直に話した。

 その日の夜……お父さんとお母さんが喧嘩をした。きっとお母さんが何か悪いことをしてしまったのだろう。ずっとずっと『ごめんなさい』と謝っていた。


 朝になってわたしはお父さんから魔法を教わることになった。

 見たことも無い文字を見せられ何を言っているのか分からない言葉を聞かされる。わたしは悪い子だから何も分からず、だからお父さんがずっとずっとわたしを叩いた。


 お母さんはずっとわたしを見て『ごめんなさい』と言っていた。

 お父さんが言うには私はとても出来の悪い子だ。だからお父さんの先生に預けられることになった。


 先生の所でいっぱい勉強をすれば魔法が使えるようになるらしい。そうしたらお父さんのように王国軍で働いてお金を沢山貰えるんだって。

 お金があればお母さんに美味しいお菓子を食べて貰える。だからわたしは喜んで先生の所に行くことにした。


 お父さんとお母さんは何故か毎晩喧嘩をしていたけど、わたしが先生の所に行く日……お母さんがギュッとわたしを抱きしめてくれた。


『ファシー。忘れないでね? 貴女は本当に良い子なんだって』


 泣きながら言うお母さんの様子にわたしも泣いた。

 お父さんに怒られるから我慢していたけど、やっぱりお母さんと一緒に居たかった。

 お母さんが大好きだから。


 でもわたしはお父さんに抱きかかえられてお母さんと別れた。

 その日からわたしはお母さんに逢えなくなった。ずっと、ずっと……。


 お爺ちゃん先生はとても厳しかった。

 お父さんよりももっと厳しかった。


 わたしは毎日体に痣を作りそれでも先生の教えを守った。

 本当はもう魔法なんて学びたくなかった。

 こんな難しい魔法語なんて覚えられない。魔法語なんてわたしには唱えられない。


 先生が留守にする時は、言いつけを破ってこっそり家を抜け出し、裏庭で暮らす動物たちと遊ぶようになった。


 鳥さんやリスさんと仲良くなってわたしは時間を忘れて彼らと遊ぶ。

 先生が帰宅しているのにも気づかずにだ。

 その度に全身に痣を作り、わたしは激痛に震えながら眠るのがいつものことになった。


 久しぶりにお父さんがわたしの様子を見に来た。

 数年振りにお母さんのことが聞けると喜んで駆け寄ると、思いっきり頬を打たれた。

『この出来損ないがっ!』と言われて蹴られた。


 わたしが全く魔法を使えないことに怒ったのだ。でも怒られるわたしが悪いから我慢した。いっぱい蹴られたけど我慢した。お母さんのことを聞くのも我慢した。

 夜に痛む頬を冷やそうと水瓶に水を汲みに行くとお父さんと先生の声がした。


『あれを娼館に押し込んでどうにか金を集めました』『主と言う奴は……妻であろう?』『良いんですよ。あの馬鹿なガキは魔力の量だけ桁違いだ。それにこの本の魔法を術式にして強制的に使わせれば……出来ますよね? 先生?』『もちろんじゃ。ただしあれが高く売れたら儂にも……分かっているな?』『ええ。わたしが7で先生が3で良いですよね?』『金額次第じゃよ』


 難しい話をしていたお金の話とか良く分からない。

 ただ最後の言葉だけは分かった。お金の話じゃ無かったから。


『それにあの娘の母親は、もう店で病気を貰って死んだそうですよ』


 死んだそうですよ……その意味は分かる。

 だからわたしは部屋に飛び込んでお父さんに聞いた。


「お母さんが死んだの? お父さんっ!」


 慌てたお父さんに蹴られて床を転がった。


「そうだよ。お前の母親は死んだ。俺しか親が居ないんだから言うことを聞け! 良いな?」

「……はい」


 お母さんが居ない。それだけでわたしは全てが、目の前が真っ暗になった。




~あとがき~


 ファシーが認知されていれば…少なからずもう少し明るい人生を歩めたはず。

 けれど彼女は我慢に我慢を重ねて生き続けて来たのです。


 心にどれほどの闇を抱えていたのかは計り知れずに




(c) 2020 甲斐八雲

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る