魔法を教えたくないんだ
「お姉ちゃん」
「どうしたノイエ?」
「ご本」
「……」
相手が持つ物を見てカミューは返答に窮した。
はた目から見れば妹が姉に『ご本読んで』と懇願している様子にしか見えない。見えないのだが妹が持っている本が問題だ。
「ノイエ」
「はい」
「魔法の本は読み聞かせには向いて無いんだよ」
「……」
小さく首を傾げる少女が本当に可愛らしい。
カミューは頭を撫でてやりながらも次の言葉に困っていた。
基本ノイエは優しい少女だ。
だからこそ自分たちとは違い争う方法を覚えて欲しくない。
戦えるようになってしまえば……前線と言う地獄に連れて行かれるからだ。そこでもずっとこの可愛らしい存在を護れればいいが、戦場で何が起きるかなどカミューにも分からない。
だったら最初から行かないように仕向けた方がいい。
「その本はノイエにはまだ早い」
「……」
「もう少ししたら手が空くから誰か捕まえて面白い話でも聞かせて貰おう。良いな?」
「はい」
手にしていた魔法書を胸に抱いて、パタパタと駆けて行く少女の背を見送り……カミューは残っている夕飯の仕込みを再開した。
手伝ってくれる者も居るのだが、調理に使う刃物の数が圧倒的に足らない。その都合準備に回せる人員は圧倒的に少なく……食べる専門の人間ばかりが増えている。
「私は何でこんなことをしているんだろうな」
気づけば料理長と化している自分の状況を鑑みてカミューはそっと息を吐いた。
「お姉ちゃん」
「ん~」
駆けて来たのはこの場所に居る天使だ。
愛らしい笑みを浮かべるノイエは、木陰に居たシュシュの元で足を止める。
彼女は栗色の少女を膝枕し……優しくその背を撫でていた。
「ごめんね。今寝たんだ」
「はい」
自分のように幼く見える少女……ファシーを見たノイエは、彼女の睡眠の邪魔にならないように音量を押さえた声を出す。
「ご本読んで欲しい」
「……これまた難解な本を」
絵本では無く魔法書を持って来るとは思わなかった。
けれどこの場所には絵本の類は無い。つまり魔法書を絵本のように読まなければいけないのか?
自分の中でハードルを高くし過ぎたシュシュは敵前逃亡を決めた。
「ファシーが起きちゃうから他の人に頼めるかな?」
「はい」
頷いてノイエはまたパタパタと走っていく。
その振動で起きてしまったのか、ファシーが慌てて顔を上げた。
「ごめんなさい」
「大丈夫よ」
「でも……」
前髪で目を隠す少女は、怯えるように自分の両腕を摩る。
ファシーの腕にはプレートが埋まっていて、そのプレートには問題があるのか魔力を流すと暴発してしまうことがある。
気が弱く周りのことばかりを気にするファシーは、自分の失敗で問題を起こすことを極力嫌うのだ。もし膝枕をして貰っていて何かしてしまったら……その恐怖が彼女を縛り付ける。
「ごめんなさい。ありがとうございます」
ペコペコと頭を下げてファシーは逃げるように駆けて行く。
また何処か邪魔にならない隅っこでリスなどを相手に遊ぶのだろう。
《集団行動が出来ないのって良くないんだけどな》
恐れるばかりで完全に浮いてしまっているファシーの周りからの評価は良くない。
ここで暮らす自分たちがそう思っている以上……監視たちの評価はもっと悪いだろう。
《悪いことが起きなければ良いけど》
立ち上がり足についた砂を払って、シュシュはノイエが駆けて行った方に向かい歩き出した。
あの少女は行く先々で何かしらをやらかし、不思議と笑いを生み出す。
喧嘩の多いこの場所から殺伐とした空気が幾分和らいだのは少なくとも彼女のお陰だと言える。
「お姉ちゃん」
「ん?」
切り株に座りのんびりしていたミャンは本を抱いて走って来た少女に目を向けた。
年相応の身長で愛らしい少女だ。個人的な希望で言うともうあと数年したら全力で口説きたい。
それまで手懐けておくのも悪くないと気付き、ミャンは自分の顔に笑みを浮かべた。
「どうかしたの?」
「ご本」
「……これはご本じゃ無いわよ」
受け取った物は初級魔法の教本だ。
子供の頃にずっと読んだ記憶はあるが、ある一定まで修学が進むと突然それに気づく。
『あの本ってあんまり役に立たないな』
魔法使いであればほぼ全員が通るそんな人生の教訓のような本だ。
「これがどうしたの?」
「読んで欲しい」
「……」
確かに初歩的な本ではあるが、書かれているのは簡単な魔法語も多い。
何の知識もないノイエが読むには難しいが……少なくともこの本が読める者は魔法の知識があると言うことだ。
その選別を行うと言う意味で考えれば、この本ほど優れた物は無いのかもしれない。
「私には読めるけど貴女が分からないわ」
「どうして?」
「ノイエは魔法語が分からないでしょ?」
コクンと上下に動いた少女の首が、慌てて左右へと動く。
『出来ないことは恥ずかしいことじゃない。でもそれをすぐに認めるようなことはしない』
そう新しい姉に教わったからだ。
少しは足掻けとカミューとしては教えたかったのだが、ノイエは違う意味に捕らえていた。
『あっさり負けるのは格好悪い』だ。
「分かるから」
「なら自分で読みなさい」
そっと本を尽き返してくるミャンに……ノイエの瞳に涙が急速に補充されて行く。
《うっわ~。これは勝てないわ~》
一瞬頭を抱えたくなったが、ミャンは諦めてノイエを切り株に座っている自分の股の間に座らせた。
そっと背中から抱き寄せ、少女の耳元で呟く。
「ごめんねノイエ。私は人に魔法を教えたくないんだ」
「……どうして?」
目元を拭ったノイエが振り返りその愛らしい表情を向けて来る。
澄んだ瞳の前に……ミャンの重い口も動き出した。
~あとがき~
絵本代わりに魔法書を持ってノイエは走り回ります。
カミューからシュシュ、そしてミャンへと…気づきましたか?
詳しいことはまだ語らず
(c) 甲斐八雲
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