敵は全員死ねばいい

「エウリンカが居る」

「ああ。久しぶりだな」


 食事の配給場所と化している鍋の前で器にスープを盛るのを手伝っていたシュシュが気づき歩いて来た。


「それがシュシュの言ってた変人?」

「だよ」


 一緒に来たミャンも頭の天辺から爪先までエウリンカを確認し、数歩後退して全身を確認する。

 思いっきり好みだ。体型としては悪くない。


「ちょっと私とあっちの茂みの方に」

「攫うな変態。話が先だ」

「も~! なら後でね~!」


 カミューに睨まれミャンは逃げて行く。

 その逃げ足の速さは流石だ。レニーラといい勝負だ。


「シュシュ」

「なに?」

「お前はこれを知っているのか?」


 立ちながら段々と瞼を閉じだし今にも寝てしまいそうなエウリンカの首根っこを掴み、カミューは強引に立たせる。

 この手の力技はカミーラの仕事のはずだが、彼女はさっさと朝食を取りに行ってしまった。


「知ってるけど……話して良いのかな?」

「心配するな。どうせ私たちは死人だ」

「そうだね。うん」


 納得してシュシュは自分が知ることを話す。


 シュシュが言うには、エウリンカは学院の地下に居て魔剣を作っていたらしい。

 そして彼女が何か良からぬことを企んだ時に制圧する要員として、シュシュは自分が学院に居たのだと告げて話を終えた。


「納得した。つまりあの魔女もそれの抑止に?」

「アイルローゼは王国が手放したくなかった一面の方が強いかな。最終的には隠されて魔道具を作っていたんだし」


 ノイエの食事を確保して来たグローディアが話に加わる。

 スープの皿を足の上に置いて幸せそうにスプーンを使い味わうノイエの笑みに一瞬場が緩んだ。


「で、そこの立ち寝は本当に魔剣を?」

「うん。作ってたよ」


 シュシュは自分が知る限りの知識を口にする。

 エウリンカは工房を必要とせず、自身の魔力と材料を混ぜ合わせることで魔剣を作り出す。


「正直嘘くさいわね」

「だよね」


 実際その目で魔剣を作り出すところを見たことのあるシュシュですら、エウリンカの魔法は嘘くさく思えてしまう。

 次元と言うか、魔法と言う根底の部分から彼女は異質なのだ。


「で、こんなに寝るの?」

「うん。エウリンカは1日の大半を寝ていると言うか……思考に費やしているんだって」

「思考?」


 立ち寝からしゃがみ寝に変化したエウリンカが……何かを考えているようには見えない。

 カミューが貰って来た皿を受け取り、シュシュもスープを飲み出す。


「言ってる意味が分からないんだけどエウリンカが言うには、全ての物は小さな部品の集合体で、その部品をどう分解して他の物を加えて形作るかを考えてるんだって」

「言ってる意味が分からないわね」

「ん~。だから一度アイルローゼに尋ねたら『家具と同じよ。全ての部品を組み合わせると椅子になる』とかそんな感じなんだって」


 スプーンですくった僅かな肉をノイエの口に運ぶ。

 幸せそうにお肉を食べるノイエを見つめ、シュシュはその表情を柔らかくした。


「つまりこれは全ての物を分解して組み直して魔剣を作ると言うの?」

「そんな感じの説明だったよ」


 しゃがみ込んだ姿勢から地面に横たわったエウリンカは、ぐっすりと寝ているようにしか見えない。

 シュシュの話が正しければ、今も頭の中では何かしらの計算が行われているはずだ。


「この首輪がある限り確認のしようは無いけど」

「そうね」


 告げてグローディアは自分の首に触れる。

 術式の魔女が作り出した魔力封じの首輪のお陰で魔法使いたちは魔法が使えない。


「本当にあの魔女は厄介な物を作ったわよね」


 呆れつつ自分の首を叩いたグローディアは、仲良く食事をしているカミューとノイエに視線を向けて……その目に静かな炎を宿した。

 あんなにも可愛い存在を独占する元暗殺者の存在が許せないのだ。


 はた目からそれを見つめるシュシュは『だったら一緒に構えばいいのに』と思いつつ自分のスープを完食するのだった。




「完成かね?」

「ええ」


 やる気のない声を出してアイルローゼは出来上がった魔道具を相手に投げ渡す。

 突然飛んで来た物を慌てて受け取った施設長は……出来たばかりのそれを両手で持って色々な角度から見つめ続けた。


「遠隔操作でも破裂させることの出来る首輪か」


 ゴクリと唾を飲んで施設長は視線を魔女に向ける。


 仕事を終えた彼女は自分からその首に首輪を巻いているところだ。

 仕草の1つが絵になる魔女に施設長は違った意味でまた唾を飲んだ。


「休んで良いかしら? この首輪をしていると魔力の回復が遅くなるから」

「ああ」


 立ち上がり部屋を出ようとする魔女は足を止め、軽く施設長に目を向けた。


「誰に使うのかは知らないけれど、一度は実験しなさい」

「……壊れてしまうだろう?」

「平気よ」


 口元に手の甲を当てて魔女はクスリと笑う。


「3回までは普通に使えるわ」

「そうか。なら実験をしよう」

「ええ」


 適当な返事をして彼女は部屋を出た。


 通路をゆっくりと歩き……そっとその足を自室では無い方へと向ける。

 辿り着いた場所は鉄格子の嵌った牢獄だ。その牢の中には身を丸くして褐色の異国の少女に見える彼女が寝ていた。


「……」


 一瞬声をかけようとして言葉を飲み込む。

 自分の仕事が遅かったせいでこの牢に捕らわれた相手に掛ける言葉が見つからないのだ。


《ごめんなさいね。リグ》


 優しげな目を寝ている少女に向け……アイルローゼは表情も変えずに胸の内で笑う。


《必ず救うから》


 そっと鉄格子から手を離し、術式の魔女は歩き出す。


《私を怒らせたことも後悔させるから》


 敵は決まっている。全員を殺す為の準備も進めている。

 自分が作った首輪に使われている術式には細工がしてある。どうせ確認などせずそのまま使われ大陸中に広まっていくだろう。

 その気になれば首輪をしたままでも魔法が使えることなど気づかずに。


 クスリと笑い魔女は歩く。


 敵は全員死ねばいい……それが今のアイルローゼの考えだった。




~あとがき~


 エウリンカについて色々と情報を集めるグロ―ディアとカミュー。

 というか抑止の為に学院に居たシュシュは彼女のことを知ってました。


 アイルローゼはリグを人質に取られ遠隔操作で破裂する首輪作りをしていました。

 けれど彼女がそんな手を使う相手に素直に従うとでも?

 着々と復讐の準備を進めております




(c) 甲斐八雲

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