働きたくない
「たのも~!」
ノーノックからの扉開けで強行突入する。
場所は近衛の施設内にある魔法隊の部屋だ。
一応ポーラが弟子入りを考えている相手らしいので居場所を知っていた。
本当なら昨日と突撃をしようとしたのだが、義母さんが両手に花を止めなかったので日が沈んでしまった。
お陰で叔母様と色々と相談して準備の手配は完璧のはずだけど。
で、突撃した部屋は……おかしい? ニートの部屋が何故こんなに綺麗なのだ?
綺麗に整理された室内には、テーブルを囲んで魔法使いらしい男女が何やら道具を弄っていた。
乱入した僕に気づくと、全員が立ち上がり直立不動になる。
うむ。今の僕ってば実は近衛で一番偉い人だったりするのだよ。
「イーリナって誰?」
「……隊長でしたら向かいの部屋です」
年配の魔法使いさんが最もな返事をくれた。
「そっか。なら頑張って仕事してちょ」
「「はいっ」」
噂に聞く隊長さんは居なかったが隊員さんが真面目らしい。
実に素晴らしい。後でケーキの差し入れぐらいしよう。
扉を閉じて改めて振り返る。
……あれ? これってどう見ても倉庫でしょう?
部屋の外まで溢れている荷物を見て僕は迷わず倉庫と判断したのだ。
「たのも~!」
再度突撃したら……意外と綺麗だった。
だが納得のいかない景色が僕の目に飛び込んで来た。
「あっポーラ。そっちも掃除しておいて」
「はい」
事前にイーリナが逃げ出さないようにと派遣していたポーラがせっせと掃除している。
で、当の本人らしい人物は……何故かフードを被った姿で、万年床風のマットレスに横になり焼き菓子をポリポリと食べながら本を読んでいた。
典型的なニートスタイルだ。完璧だよイーリナ君。
「あっにいさま」
「にい?」
振り返りこっちを見たイーリナの脳天に、僕の全力ハリセンチョップがさく裂した。
「で、君に仕事だ」
せっせと掃除を続けるポーラはそのままにしておく。
どうやら廊下に出ていた荷物はポーラが運びだした物らしい。
真面目過ぎるメイド姿にお兄ちゃん涙が出て来るけれど、気づけばどこに出しても恥ずかしくないメイドになった。……なってしまった。
「近衛団長の代わりか」
「その通り」
「でも嫌だ。働きたくない」
迷いが無い。
フードで顔を隠したままで彼女はそう言うとまたマットレスにゴロンと転がった。
不思議なことにこの手のニートって太っている人が多い印象がするのだけど、彼女は痩せ型に見える。
食べても太らないとか言う女性の敵な生物の1人か?
「うむ。君がそう言うであろうことは想定済みだ」
某アニメの司令長官のように、テーブルに肘を突いて口元を隠す。ゲン〇ウポーズだ。
威厳だ。決して真似では無くて僕に足らない威厳を出そうと必死なのだ。
「給金分は働いている。それ以上は働かない」
悔しいことにこのイーリナは本当に給金分は確りと働いている。
それ以上は恐ろしいほどに働かないが。
ただ能力は本当に高いらしく、近衛に運び込まれる摘発を受けた魔道具の調査や解明などをしている。複雑すぎるのは学院送りらしいが、簡単な物なら自力で解明する。
アイルローゼの後を継いでと期待された逸材らしいが、彼女の専門は解読だ。作る方は得意では無いらしく次世代のアイルローゼ化は頓挫して終わったとか。
ここに来る前に調べた経歴からある程度相手の性格は把握している。
何よりフレアさんの助言もある。
「君は術式が刻まれたプレートの解読が好きだとか?」
「……」
「特にアイルローゼの作品に高い興味があるとか何とか?」
「……」
パタンと本を畳んで彼女がこっちに体を向けた。
ただ徹底してフードで顔を隠している。何でも顔を見られるのが嫌いだとか。
「知っていると思うけど、アイルローゼの作品はどれも高額で取り扱われている」
「知っているよ。物によっては芸術品として額に入れて飾られているんだろう?」
この世にもコレクターが居て先生のプレートを買い漁っているらしい。
確かに先生が刻んだプレートは他の物と違って見てて綺麗だと思う。
幼稚園児の作品の中にプロの作品が混ざっていて、それがトリックアートな感じの物なのだ。
別次元過ぎて確かに興奮する。
「だが僕は"あの"ドラグナイト家の当主だ。その意味は分かるだろう?」
「……」
「依頼に応じるのであれば、その芸術作品を探してこようじゃないか」
と言うか4日間を乗り越えたら皆を救い出せる。
そうすれば先生に土下座してでもプレートを刻ませれば良い。
プレート1枚でフレアさんクラスの魔法使いをゲットできるなら安い買い物だ。
僕の提案に立ち上がったイーリナがこっちに来た。
「良いのか? あれは売ればひと財産にもなるぞ?」
「構わん。こっちは大至急人材を集めないとダメなんだ」
厳密に言えば明日の朝にはドラゴンが湧く。
最悪まだ何日か猶予があると言えるが、この手の展開って漫画やアニメだと1日1人ずつ戦闘不能になるパターンだ。最悪こちらは5人程度集めたいのだけれどもね!
「本当にアイルローゼのプレートを?」
「現物が手元に無いから入手してから君に見せる。納得いかないのであればまた探そう」
本人に刻ませるから偽物は無い。だけどあの人は気分屋だからな~。
「プレートに刻まれている術式の指定は止めて欲しい。あの人の作品は入荷するだけでも困難だから」
「分かっている。あのプレートを解読できるなら……」
テーブルを跨いで反対側に来た彼女は両手を着いてこっちを見る。
微かに見えるその顔は……丸顔で可愛らしいな。フードを取れば男性にモテるだろうに。
「何をすれば良い?」
「4日の間、ドラゴンを倒すのを手伝ってくれ」
「……なら3枚」
おいおい。それはちょっと無茶じゃ無いですか?
「2枚だ」
プレート代金よりもあの気分屋が3枚とか無理。絶対に刻まないから。
「3枚」
「2枚」
どちらも譲らず睨み合っていると、ポーラがイーリナに近寄り彼女のローブの裾を引いた。
「いーりなさま。おねがいします」
うるうると涙目で訴えるポーラに、彼女は見て分かるほど狼狽えた。
何かしらの葛藤があったのか……しばらく沈黙したイーリナは深く息を吐いた。
「なら2枚だ」
「応じよう。頼んだ」
交渉成立だ。
~あとがき~
近衛魔法隊の隊員はとても真面目にお仕事しています。
で、隊長は給金分しか働きませんが何か?
そんなニートとの交渉は、純粋無垢なポーラの勝ちでした
(c) 甲斐八雲
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